第2部 大騒動はやはり俺が中心?

第54話 懐かしの治療室。

 俺とロザリエールさんは、支配人のリズレイリアさんのいた支配人室を出て、冒険者ギルドのホールへあと一歩のところ。扉を開けたらすぐに、俺たちは二手に分かれる予定。だからあえて、ここで声をかけておくことにしたんだ。


「ロザリエールさん」

「はい。なんでございましょう?」


 俺は後ろを振り向いて、ロザリエールさんの顔を見る。軽く小首を傾げ、俺の質問を待ってくれてる。彼女の表情を見る限り、焦りや迷いは見えない感じだ。支配人室で交わしたわずかな会話でも、自分がこれから何をすべきか、十分に理解してるんだろうね。


「さっきお願いした調査なんだけどね」

「はい」

「進み具合が良くても悪くても、夕方には一度、こっちへ戻って欲しいんだ。いいかな?」

「かしこまりました」

「俺はこのまま、ここの人たちの治療に入るから、あとはお願いね」

「はい」


 ホールへ抜ける扉をくぐったあとすぐに、俺とロザリエールさんは二手に分かれた。俺はこのままギルドの職員さんたちを治療する。ロザリエールさんは、例の魔道具が本当に動いていないのかなどの調査に入ってもらうことになっている。


 ロザリエールさんは俺を向いて、スカートの裾を両手で持ち上げるようにすると一礼してくれる。彼女の瞳が『無理はしないでください』という優しい輝きがあった。彼女は、回れ右をしてそのまま、まっすぐギルドの外へ歩いて出て行く。


 俺はその場で左へ向いた。ホールの中には数人の冒険者と思われる男女。カウンター前に列を作って並んではいないようだ。受付をするというよりも、ここにいる人たちは、俺が出てくるのを皆待っている感じだった。その証拠に、俺が支配人室から続く通路のドアを抜けた途端、ここにいる人たちの視線を感じたからなんだよね。


 不思議なことに、ホールから出て行ったロザリエールさんには、誰も気にしていないような感じがした。彼女の服装は漆黒のメイド服。地味なように思えるが、こう他の人の服装と比べてしまえば、漆黒というのはかなり派手だ。


 あれだけ目立つと思われる彼女が出て行くのに、誰も視線で追わなかった。おそらく彼女は、気配を消すまではいかなくとも、薄くする何らかの手法や技を会得しているんだろうね。元々狩りが得意だって、言ってたからね。


 ちなみに、ここにいる冒険者さんたちは、俺のことを知ってる。何せ、この人たちにも色々と調査を協力してもらったからね。もちろん、彼らも治療したよ。けど今はどうなんだろう? 


 ざっと見た感じ、みんな手袋をしている人ばかり。そりゃそうだよ。それこそ服やズボンにでも、こすれただけで痛いはずなんだから。だからこそ、ここはちょっとだけ『我慢したらだめよ』的な意味で、ジュエリーヌさんおともだちに目立ってもらいますか。


 俺は誰も並んでない受付カウンターを目指して歩く。ジュリエーヌさんの前に当たり前のように並ぶ。さっきまでずぶずぶに流れていた涙も止まって、笑顔が出せてるみたいだね。けど、きょとんとした表情になってるよ。まるで『どうかしたんですか?』の様な感じ。


 あれ? 左に並ぶのは、ジュリエーヌさんの相棒、リリウラージェさんじゃない、俺は知らない女性だ。そうそう、このギルドの制服には、胸元に名札ネームプレートがつけてあるんだ。それをちらっと見ると、エトエリーゼさんって名前みたいだね。けど、どこかで見た覚えのある女の子だな? まぁいいや。


「さて」

「はい?」

「手袋」

「へ?」

「外してくれるかな?」

「痛いからそうしてるんでしょう?」

「あの、……そのっ」

支配人リズレイリアさんから聞いてるんだよね。最初は、『制服変わったのかな?』って思ったんだけど、あまりにも不自然じゃない? だってさ、冒険者の皆さんもみんな、手袋してるんだもんね」


 くるりと見回すと、両手を腰の後ろに隠すような仕草をする人が沢山いるよ。もちろん、ジュリエーヌさんのとなり、エトエリーゼさんもそう。


「はい、ごめんなさい。お察しのとおりです、痛いです」


 おずおずと手袋を外して、手のひらを上にすると、俺に両手を差し出してくるジュリエーヌさん。俺はカウンター越しに両手をそっと支える。


 指の腹から爪の間あたりを見ると、ありゃありゃ。リズレイリアさんほどじゃないにしても、黒いのが見えるってばさ。お風呂入ったり、お酒飲んだりしたら、これはうずくだろうよ?


 俺がこの町にずっといられなかったのは、俺だけのせいじゃないと言いたいけれど。それでも俺の注意のなさと、鍛錬の足りなさ、早く『リザレクト』を手に入れていたら、こんなことにもならなかったんだろうな、って反省したこともあったよ。ま、うだうだ言っても始まらない。目の前にいる、困ってる人の手助けになれるよう、頑張るしかないんだから。


「お酒飲んだら」

「はい」

「うずくでしょう?」

「はい……」


 背後から『うげ』とか、『あぁ』とか小声が聞こえるんだよ。隣りにいる彼女もうんうん頷いてるし。


「あの部屋、使っても大丈夫?」


 『あの部屋』っていうのは、俺がここで治療をしてたときに使ってた、この受付の横手にある治療室と呼ばれてた小部屋のこと。


「は、はい。大丈夫です」

「それじゃそこで待ってるから、おいでなさいな。……ところで」

「はい?」

「彼女は?」

「あ、そうでした。先日から、リリウラージェちゃんの代わりに受付に入りました。ほら、自己紹介して」

「すみません。私、エトエリーゼと申します。ある意味始めまして、ではないんですけどね。以前治療していただいてますし、それにあの……」

「なんていうか、ごめんね。俺ってあちこち抜けてるみたいで、人様の顔を覚えるのが苦手というかなんというか。だからさ……」

「いえ、タツマさんにありがとうがもう一度言えたので、今はとりあえず十分です」

「うん。とにかく、君もジュリエーヌさんの次に来るように、いいね?」

「はいっ」


 ぐるりと方向転換。回れ右をして、背後にいる冒険者さんたちを見回す。


「そうそう。そこのお兄さん」

「はい?」

「あんたもだよね? 違和感あるでしょう? その手袋。革手袋じゃなく布だもの。皮じゃ普段使いできないもんね」


 剣などの補助的な手袋なら皮一択。布じゃすぐすり切れるからさ。違和感があるんだよ。


「……はい。すみません。お察しの通りです」

「いいって。二人の後に並んでね。ほら、そこの彼女も手を隠さない。冒険者なんだから堂々としなさいって。それにまた、動いてもらうんだし。次に並んでよ?」


 彼と同じパーティなのかな? しれっと手を隠すんだよね。別に悪いことしてるわけじゃないのに。彼女もまた、布手袋をしてるんだ。周りの冒険者たちも後ろに並ぶべく、治療室へ移動を始めてる。どうせ全員見るつもりだったんだから、遠慮いらないんだってば。


「痛いのを我慢したって始まんないから。はい、並んだ並んだ」


 皆、恥ずかしそうに小声で『はい』とか、『すみません』とか言ってる。


「忘れてた。俺、ここに所属じゃなく、本部の所属なんだ。ギルドから報酬もらってるからさ、例の銅貨10枚くしやきごほんぶんはギルドに治めてね? 俺が直接もらったら、二重取りになっちゃうからね」

『はいっ』


 冒険者たちはきちんと稼いでるから、俺がいたから怪我の心配もなかったから。だから銅貨10枚はもらってたんだ。悪素毒おそどく治療のついでに、怪我も治しちゃうからなんだよね。


 しっかり稼いでる彼らにとって、銅貨10枚はたいした金額じゃない。なにせ、串焼き5本分だからね。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る