第36話 それってロザリアさんのこと?

 こちら側は、俺が初めてここへ来たときとは反対側。ギルドへ抜けるには、こっちが近いんだよね。


 俺の姿を見た人が声をかけてくれる。


『聖人様、こんにちは』

『ソウトメ様、ごきげんよう』


 いや、聖人様はやめてほしい……。かといって知らんぷりするわけにもいかないから、仕方なく俺は手を振るだけにしておく。


「聖人様って、どういう意味なんだ――ですか?」

「いや、その、まぁ。なんでだろうね? 俺も困ってるんだよ」


 そんな風に、声をかけられては、苦笑しつつ。なんとかかんとか、ギルドへたどり着いた。


「お疲れさんな、二人とも」


 俺は馬たちに両手で抱きついて、『リカバー』をかける。この子らは、頭がいい。俺たちがその場を離れても、動こうとしないで待っててくれるんだ。おそらく、そういう訓練を受けてるんだろうね。


「ロザリアさん、こっち」

「……あぁ」


 ギルドの建物に入ると、いつもどおり、クメイリアーナさんが笑顔で迎えてくれたんだ、……けど。あれれ? 怪訝けげんそうな表情になってるよ。


「お帰りなさいませ。ソウトメ様。あら? ……そちらの女性は、どなたでしょうか?」

「あ、はい。クメイさん。こちらは、俺が保護した集落の族長さんなんです」


 すると、クメイリアーナさんは笑顔に戻ったんだ。何だったんだろう?


「あら、そうだったんですね。失礼いたしました。私は冒険者ギルド本部、受付主任をさせていただいております。狼人族おおかみびとぞくのクメイリアーナと申します。どうぞ、お見知りおきを。総支配人は在室です。どうぞ、お入りください」


 クメイリアーナさんって、犬人じゃなく狼人、いわゆる人狼だったんだ。


「ありがとう」


 俺は受付の左側。いつもの扉を開けて入っていく。左を見ると、目を伏せて会釈するロザリアさん。俺たちはそのまま通路を通って、突き当たりの扉をたたく。


「プライヴィアさん」

『あぁ、無事戻ったんだね。入っていいよ』

「失礼します」


 中に入ると、プライヴィアさんは椅子から立ち上がって、目を細くして見下ろしてくる。


「ほほぉ。黒森人族か、珍しいね」

「ご存じなんです?」

「そりゃね。長く生きてるから」


 プライヴィアさんは机の裏から歩いてくる。彼女のイメージからはかけ離れたかんじの、ふわりとした踝丈のスカートをひるがえして、軽く足を組んでソファに座り直す。あぁ、しっぽを隠すのは、これくらい余裕のあるもののほうがいいんだろうか? さておき、座ったあと、俺たちに促すように手を差し伸べてくれる。


「どうぞ、座ってくれるかな? 詳しい話を、聞こうじゃないか?」

「すみません」

「ありがとうございます」

「それで、彼女が保護した集落の族長さんで」

「初めまして。あたくしは、黒森人族、ノールウッドの族長、ロザリエール・ノールウッドと申します。この度は、ソウトメ様および、ギルドの方々に助けられました。本当にありがたく思っております」


 おぉ、流ちょうな言葉使い。さっきまでとは別人に思えるくらいだよ。


「これはご丁寧に。私はここの総支配人をしてる、プライヴィア・ゼダンゾークというものだよ。……しかし、黒髪の黒森人族ねぇ。ロザリエールさん」

「なんでございましょう?」

「『漆黒のロザリア』という二つ名を、ご存じだったりしないかい?」


 うわ、ロザリアさんから殺気を感じる。あのときと同じだ。もしかしたら、ロザリアさんの二つ名? プライヴィアさん、知ってるの? 同時に、プライヴィアさんの口元から、犬歯のような八重歯が見えるほど、右側の口角を持ち上げてにやっと笑うんだ。背筋がぞっとする。正直、おっかないわ……。


「『その者』は先日、二度死にました。そのため、この世には存在いたしません。ソウトメ様に、危害を加えるようなことは絶対にございません。どうぞ、ご安心くださいまし」

「『二度死んだ』、なるほどねぇ。確かに彼の『あれ』は厄介な代物。私も見せられて、驚いたものだよ。あの龍族が本気で龍炎ブレスを吐いたとして、消し炭となっても消滅させられるかどうか? 叶うなら、立ち会わせてみたいものだね」

「えぇ、そうでございますね」


 龍族って、ドラゴンのこと? ブレスって『ドラゴンブレス』? いや、そんなのくらったら、回避判定しくじったら即死じゃないですか、やだですよ。それにそんな怪物の相手が務まるだなんて、誰のことですか? それ?


「……あの、そろそろいいですか?」

「あぁ、すまなかったね。興が乗ってしまったから、つい、ね」

「それでですね、ロザリエールさんのほかに、30人いるんですが」

「あぁ、準備はできてるよ。宿場街にあった宿を買い上げてね、掃除までは終わってるんだ」

「か、買い上げて?」

「安いものだよ。ソウトメ殿が、族長になるわけじゃないんだよね? それでもソウトメ殿が責任を持つんだ。種族をまるごと、眷属にするようなものじゃないのかな?」

「はい。そうでございます」


 俺より先に、ロザリアさんが答えちゃったよ。


「眷属って、そんな物騒な。俺は後見人みたいなものですよね?」

「眷属はまぁ、言い方は悪いかもしれないけどね。宿屋の並びに、売りに出ていものがあったんだ。聖人様――いや、ソウトメ殿は、それだけのことをしてくれた。違うかい?」

「――で、ございますね」

「クメイくん、聞いてるんだろう?」

『――ひゃいっ!』


 あ、またクメイリアーナさん。何やってんだか?


「おそらく集落の方々はどこかで待ってもらってるはず。長い時間待たせてしまっては悪いから、あの宿に案内してくれるかな?」

『か、かしこまりましたっ』

「あははは」

「ソウトメ殿は立場上、色々と危うい。『殺害するのは不可能に近い』とはいえ、何かがあってからでは遅いんだよね。頼みましたよ? ロザリエールさん」

「はい。承りました」


 虎人族って怖いんだね。初めてみたよ……。それにしたって、プライヴィアさんに一歩も引かないロザリアさんも、大概だと思うけどね。ほんと、姫様って呼ばれてたくらいだから、ノールウッドの王女さま、または公女様という感じなんだろうな。


 馬車まで戻るとなぜか、馬たちが喜んでるような気がした。御者席にはクメイリアーナさんが座って、俺たちは馬車の中へ。


「クメイさん、みんなこっちの、川沿いに待ってもらってるから」

「わかりました、向かいますね」


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