第35話 無理しなくてもいいんだけど。
「こんなところにいたのか――ですね?」
この無理矢理な言葉使いはロザリアさん。うわ、危なかった。色々とロザリアさんに聞かれたまずそうな話をしてたから。ほら、コーベックさんたちも、苦笑してるし。
振り向くと、ここへ来たときに着ていた、漆黒の皮装備と外套じゃない、女性的な服装。コーベックさんの奥さん、ブリギッテさんが着るような、女性的なエプロンドレスみたいなシルエット。漆黒の生地なのは同じなんだけどね。でも、よく似合ってると思うよ。
こう、明るいところで改めて見ると。髪は艶のある漆黒で長く、肩よりも20センチほど長い。それで自然に少し巻いてる感じで、前髪は眉より長くて表情が少しわかりにくい。
眉は太すぎず細すぎず。手入れをこまめにしている感じじゃないけど、優しい感じがするんだ。黒褐色の肌だからか、相変わらずの目の美しさが際立ってる。
「どう? 準備できた?」
「あぁ、いや、えぇ。すぐにでも出られる、……この場合どう言えば」
「『すぐにでも出立は可能でございます』でしょうか?」
ブリギッテさんが、うまく説明してくれる。すると、『いいことを教えてくれた』みたいな明るい表情で、『そう、それだ』って言うんだよ。どや顔でね。
「あははは」
馬車に乗って俺たちが進めば、あとからついてくる事になってる。あの馬たちも、しっかりとした足取りで進めるまで回復したみたいだから、とりあえず懸念することはないかな?
「ロザリアさん」
「なんだ――ですか?」
いつも通りの口調を、慌てて直してるような感じ。なんだろう? まるで普段ぶっきらぼうけど、受験で面接があるから急に言葉使いを気にするようになった学生みたいだね。
「無理しなくてもいいんだけど」
「そういうわけにはいかない、……ません」
「亡くなった人たちのお墓。移動させられなくてごめん」
「父と母には悪いが、今生きている子たちだけでも、こうして元気にしてもらえた。それだけで十分だ、です」
「いつかさ、悪素毒の被害が解消されてさ、戻ってくることができたら、いいね」
「あぁ、そうだな、……ですね、じゃない、でございますね」
何と戦ってるんだ? ロザリアさん。急にどうしちゃったんだろう?
「じゃ、出ようか?」
「あぁ」
ロザリアさんは、左手を上げる。右手で手綱を操作して、ゆっくりと馬車を出す。俺たちは、ノールウッドの集落を後にした。
俺たちの馬車と違って、後ろからついてくる馬車は一頭引きだから無理はさせられない。もちろん、ロザリアさんの家族もそうだ。定期的に休んでもらわないと、壊れちゃうからね。俺は相変わらず、『
休憩のたびに、ノールウッドから連れてきた馬に『リカバー』をかけて様子を見てるけど、時間が経つにつれて力強くなってるような気がするんだ。
「甘味でも買っておけばよかったな……」
お茶を飲みながら、俺はぼそっと呟いた。
「大丈夫ですよ。小さな子たちは、ソウトメ様からいただいた干し肉を、ナイフで細く割いたものをあげています。やめられなくて、注意するのが大変だと言ってました」
俺の相手をコーベックさんとブリギッテさんに任せて、ロザリアさんは皆の様子を見に行ってる。
「そう、ならいいけど」
「実は、姫様」
もう、言い直すことやめたんだ。みんなからきっと『姫様』って呼ばれるようになって、年長者というのもあるから言葉使いを改めようとしてるのかもしれないね。
「はい?」
「甘いもの、大好きなんです」
「ほほー」
「それはもう、三度のご飯以上に大好きなんです」
「ほほー」
「先代様が、隣国へ買い出しに行くと、必ず買ってくる甘味があったんですね」
隣国、ワッターヒルズは自由貿易都市だから、国じゃない。ということは、魔界の国のことなんだろうな。
「それで?」
「はい。食べ過ぎて、夕食――こほん」
食べ過ぎて晩ご飯を食べられなくなったって? あれ?
「ん?」
「ソウトメ殿、そろそろ出発しないか? いや、しませんか?」
あぁ、ロザリアさんが来たわけだ。あっぶねー。ブリギッテさんが、ギリギリセーフみたいに両肩をすくませて苦笑してるし。ほんと、この人も案外チャレンジャーなんだから。
「そうだね。そろそろ出ようか」
往路と違って復路は、急ぐ必要はないから安全を最優先にしたんだ。休憩するごとに、馬たちには回復をしてきたから、疲れはそれほどじゃないはず。往路でもそうしてきたからね。
夜になって、1日目の野営。このあたりはまだ、街道が見えない。だから獣の警戒もしなきゃないんだ。その点、ノールウッドの皆さんは、狩猟もしていただけあって、問題はなさそう。
ただ、夕食がちょっとなんだよね。相変わらずの、串焼きとパンだからさ。あのときの俺、もう少しなんか、なかったのか? 急いでワッターヒルズを出たから、準備もままならかかったのは否めないけど、……って言い訳ばっかだな。反省。
「2日目だけど、飽きないかな?」
俺とロザリアさんは、ワッターヒルズを出て5日目になる。毎日串焼きとパン。保存食としては上等なんだろうけど、さすがに俺は飽きてきた。贅沢になったなと、つくづく思うよ。
「あたいの集落の子は、3日くらい我慢できないわけがない、……ありません」
「だといいけど。とにかくさ、あっちに着いたら、美味しいものを腹一杯食べてもらおうと思ってる。もちろん、小さな子たちにはとびきり甘いものもね」
「あま――喜ぶと思うよ、ます」
お、釣れたっぽい? うんうん。ブリギッテさんに聞いてたとおりだね。甘いもの好きなのは間違いなさそう。
▼
「やっと見えてきた」
「あぁ、懐かしく感じるのは、不思議なものだな、……ですね」
ワッターヒルズ前にある川を越えたあたりで、馬車を止める。
「コーベックさん」
「はい」
「ここでちょっと待っててくれるかな? 俺、色々と手続きしてくるから」
「わかりました」
「ロザリアさん、一緒に来てくれる?」
「いいのか? ですか?」
ロザリアさんの着替えなんかは、コーベックさんの馬車に積んでもらってる。今の彼女の姿は、黒森人の集落、ノールウッドの女性なんだよね。
「大丈夫でしょ。どこから見ても、黒森人の女性だから」
「だといいんだが、……ですが」
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