第26話 俺は諦めないよ。
俺は彼女の頰を手で撫でたんだ。彼女は、固まってた。そりゃそうだ、自分が殺したはずの俺が、生きてるんだから。
「な、なぜ、生きてる? あたいは、しくじったの、か?」
「いや、見事な手際だったと思うよ。一度死んだのは確認できたから」
俺にナイフ向けてるけど、手が震えてる。
「駄目だと思うけど、やってみる? 首でも、胸でも、それ、刺してみて。何度でも生き返ってみせるからさ?」
俺は『さぁどうぞ』という感じに手を広げて迎え入れる仕草をしてみた。すると彼女は、力なくナイフを落とすんだ。
「よかった。痛いのは痛いんだよ。間違いなく生き返るんだけどね」
「お、お前はいったい……」
「色々あったんだ。あれから頑張ったんだよね。」
「…………」
「説明しても、わかってもらえないだろうから、省かせてもらうけど――そんなことより、『こうする以外、方法がなかった』ってどういうことなの? 何か、困ってることがあるの?」
「もう、だ、駄目、なんだ」
「どうして?」
「あんたの始末を請け負ったけど、あたいには無理だった。……それに」
始末って、……あぁ、そういうことなんだ。
「それに?」
「あたいはあんたを……、いや、なんでもない。忘れてくれ」
彼女は、俺の目元を袖か何かで強くこすりつける。怪我でないからか、一瞬視界がさだまらなくなる。瞬きを数回できるかの、そんなわずかな時間。いつの間にか俺から身を離し、数歩後へ下がっていたんだ。
「ごめんな。馬鹿なあたいを許してくれ――」
俺に対してなのか、それとも、この場にいない誰かに対しての謝罪なのか。
何のためらいもなく彼女は、自らの首筋を手にした刃物で掻き斬った。
「だからちょっとま――」
「ぁたぃにはもぅ、こぅするしか方法がなぃん――だ……」
彼女の首辺りから、何かが噴き出すと同時に、仰向けに倒れてしまった。普通の人より丈夫なはずの俺を、一撃で殺すことができる彼女だ。おそらくもう、絶命しているんだろう。……やれやれ。
俺は身体を起こすと、彼女の傍らに歩み寄った。その場に膝をつき、首元に指をあてる。やっぱり脈は感じられない。口角をやや引き上げた、安堵の表情を残して亡くなっている彼女を見て、ひとつため息をついたんだ。
「――ふぅ。……あんときもそうだったけど、何ーで待ってくれないんかねぇ」
俺は彼女の頰に両の手のひらで包み込むように触れた。目元を親指で拭うと、血ではないものが滲んでいたのがわかった。
悔しかった。もっと早くこの、『奥の手』を手に入れていたなら。『俺を追い詰めようとしている誰か』に、諦めさせることだってできたはずだから。
誰だか知らんけど、ちょっとだけ腹がたったよ。
「『リザレクト』」
俺が触れてる彼女の頰を起点に、薄く身体全体を青白い炎にも似た光が一瞬包み込む。一瞬だったが、彼女の首辺りから噴き出した全てのものが、時間を巻き戻すように身体へ戻っていくのが確認できた。
ゆっくりと彼女の瞼が開く。左右に瞳が動いて、最後に俺を見るようにして止まった。
「……あれ? あたい、死んだはず」
「俺が『蘇生』したんだよ」
「蘇生、……そんなことができるのか? いや、だとしても、あたいはもう――」
彼女は懐から『何か』を取り出すと、それを口に含み、即座に飲み込んだ。
「――かふっ」
右側の唇の縁から、血のようなものが流れ落ちた。同時に彼女の顔は、力なく一瞬傾く。首筋を触ると脈が取れない。飲み込んだ『何か』はおそらく即効性の猛毒か何かだろう。思い切りがいいというかなんというか。
「だから――ってまじですか……、あーったく、仕方ないなぁ。残ってたら嫌だから、『
さっきと同じように、彼女の瞼が重そうに開くと、目元を手の甲で拭ったんだ。そのとき偶然見えた、彼女の指と手のひらの色が違っていた。第二関節どころか手のひら近くまで、黒ずみに浸食されているだなんて。痛かっただろうに? どれだけ我慢強いんだよ。
「まじか。それならこう、『
俺は再度指先を見た。うん、黒ずみは消えてる。とりあえず、これでいっか。
「お願いだ。死なせてくれ……」
「嫌だね」
「あたいがしくじったら、何もかも終わるんだ。あの子たち、あたいの家族はもう長くはもたない。だからあたいはあんたを、あたいの利益のためだけに殺すことに決めたんだ。……けれど、あたいには無理みたいだ。あたいの都合で殺そうとしたあんたにも、近い将来死んでいくあの子たちにも申し訳が立たない。あんたとあの子たちには、こうして詫びるくらいしかできないんだ。だからお願いだ、死なせてほしい……」
「俺、嫌だって言ったよね? そんな逃げるような死に方は許さない。君は、ううん、あなたは俺を助けてくれた。そんなあなたがこんなにも思い詰めてる。でもさ、あなたが死んじゃったら、残された人はどうなるのさ? 苦しんで死んでいくのがわかってるなら、そんなことさせたいの? 俺なら嫌だよ」
「だってもう、あたいには……」
懐からまた何か、取り出そうとしてるんだ。意地っ張りというかなんというかまぁ……。
「また毒か何か? 好きなだけ死んだらいいよ。ネタ切れになるまで、俺はあなたを生き返らせ続ける。……だからさ、話をしようよ? 俺も一緒に考えるからさ」
数十秒? 数分? 少しは考えてくれたんだと思う。俺を見た彼女の目は、呆れるような感じで、優しい目をしてた。
「……わかったよ。死なせてくれないなら仕方ないからな」
そう、諦めるように彼女は、自虐的な笑みを口元に浮かべるんだ。
▼
俺は彼女を屋敷に連れて帰った。今彼女は、風呂に入ってもらっってる。外は冷えてたから。とりあえず、落ち着いてほしかったというのもあるけど。いやこれ、ドキドキのシチュエーションだと思わないか? だってほら、綺麗な女性がさ、俺んちで風呂に入ってるんだよ? まさに伝説の『これどんなエロゲ?』状態だよ。
あ、ドアが開いた。服は俺のスペアを着てもらった。もちろん、一度も袖を通してない新品だよ? 当たり前だって、それが礼儀ってもんでしょうが?
やっぱり瞳が綺麗だね。まるで夜明け前の空みたいな、深く暗い青? 瑠璃色って言うんだっけか? 髪は俺と同じ黒髪なんだ? おぉ。それに、なんだろう? こうして明るいところで改めて見ると、彼女の素肌はその昔、某センター街辺りを闊歩していた、日サロに通って褐色になったギャルのような? あれ? 耳が長い。もしかして、エルフ? まじか? まじなのか? 『くっころ』なのか? うん、変な妄想するのはやめておこう。
「風呂、ありがたかった。久しぶりに、ゆっくり湯に浸かれて嬉しい」
「え? まさかここにたどり着いた俺みたいに、七日も風呂――」
「バカ言うな、あたいだってこれでも女だ、水浴びくらいしてたよ……」
「ですよね。馬鹿なことを聞いてごめんなさい」
「わ、わかってくれたらいいんだ」
俺は椅子に座るように
どこぞの国のお貴族様なプライヴィアさんが住んでたからか、この
彼女は、両手で手のひらを温めるようにして、お茶を飲んでくれてる。喉が鳴ってるから、警戒されてるわけじゃないと思うんだ。
幸いこの屋敷は、四つの部屋も、浴室も、厨房も、トイレも、全部離れている。『知らない男の部屋で~』とはならないから、少しはリラックスしてくれたらいいなと思ってたんだ。
「あたいの名は、ロザリエール・ノールウッド。ロザリアと呼んでくれ。こう見えても一応、族長だ」
ロザリアさんって言うんだ。綺麗な名前だな。家名があるって、プライヴィアさんみたいに、それだけのことを背負ってるんだろう。族長ってことは、集落、村、町、小国の王みたいなものでしょう?
「俺は」
「知ってるよ。て、手配書にあったからな。タツマさん」
「そっか。そうだったっけ。それであのさ」
「あぁ、あたいが知る限りの情報提供は約束しよう。まずは依頼主だが――」
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