第25話 また淡々と怒られた。
「私名義の小さな屋敷なんだが、受け取ってもらえるかな?」
「はい?」
そりゃ最初は耳を疑ったってばよ。
仕事場に出勤するなり、冒険者ギルド総支配人のプライヴィアさんが俺に、家をくれるなんて話になったんだ。
「父が作らせた屋敷でね、私がまだ独身だったときまで住んでいたんだ。ただ、部屋が四つしかないものだから、さすがに住むには少々厳しくなってね、長年放置していたんだよ。ソウトメ殿に使ってもらおうと思って、掃除をさせていたところなんだ」
「そ、そうなんですね」
「もちろん風呂には、湯を沸かし、循環させる魔道具が備わっている。どうだろう?」
「いいんですか?」
俺は風呂という言葉につい食指が動いた。あの風呂はいい。常に新しいお湯が待ってるんだ。好きなときに入れるなんて、幸せ以外何物でもないだろう?
「あぁ、ギルドで宿を借り続けるのは、金銭面で言えばけっして難しいことじゃない。朝昼晩の食事と、適度な飲酒。休みの前晩の、ゆったりとした飲酒。悪素毒と怪我の治療に対する報酬は、
「そうですね」
「ソウトメ殿、君はね、元手がかかっていないからといって納得するんだろうけれど、事実、安すぎるんだよ。本来なら、総支配人の――いや、貴族としての私よりも多く、報酬を受け取るべきなんだ。だからといって、ただ、ソウトメ殿に金銭で支払うのは何か違う。それでこう、考えたんだよ。それなら、お金ではない何かを受け取ってもらおう、とね。話に聞くと、ソウトメ殿は風呂がお好きだというではないかい? それならあの屋敷がちょうど良い感じだ。最悪受け取ってもらえないにしても、使っていてくれるだけでいいんだ。どうかな?」
「プライヴィアさんが構わないなら、俺、お世話になろうと思います」
俺の頭には、風呂のことしかなかったんだ。あの宿のような風呂が、備え付けられてる屋敷。十分に魅力的じゃないか? ギルドで宿代を払い続けるよりは、予算的に楽になるというのなら、俺はそれでかまわないと思うし。
「それはよかった。昨日から掃除をさせていたんだ。受け取ってもらえなかったらどうしうようかと思ってたんだよね」
俺が受け取ることを前提に進めてるとか、どれだけ俺が風呂に食いつくと思ってたんだろう?
その日の夕方から早速住めるとのことで、楽しみにしていたんだ。現地に行ってみると、ギルドから歩いて数分。まるで閑静な住宅地という感じの場所にあったんだ。きっと、この界隈は、ワッターヒルズのお偉いさんも住んでるんだろうね。
小さな庭があって、まるで土地付き一戸建て住宅。俺よりやや大柄なプライヴィアさんが住んでいただけあって、天井も高く、キッチンも風呂場も広くて使いやすい。広々とした
部屋数が四つしかないとか言ってたけど、一つの部屋が今まで借りてた、宿の部屋の四倍くらいあるんだよ。掃除が大変だなと思ったら、しばらくの間はギルドで依頼を出して、掃除を請け負ってもらうことにするんだって。
何より一番良いのが、底は二段になっていて、足下が若干低くなってる。大きな楕円状になった湯船で、手を広げても、両側につかない広さがある。肩まで深く浸かって、足を伸ばしても向こうまで届かない。とんでもなく贅沢な湯船なんだよ。常にお湯が循環していて、いつも綺麗なのに入れるのは宿と同じ。
「風呂、最高だ……。もしかしたらこの様式って、ワッターヒルズでは珍しくないのかもしれないね。とにかく、冬が近いから暖まるわ」
▼
朝夕の冷え込みが激しくなってきたことで、あぁ冬なんだなと実感する。俺がこのワッターヒルズに移ってきて、もうそれなりに経つ。相変わらず、6日治療に専念して1日休む。軽い晩酌と、自分専用の風呂が待っているから、精神的な疲れも大丈夫だね。
毎日のように、効率の良い魔素量増加の鍛錬として、『
このワッターヒルズは、魔界と人界の間にあるからか、各所から交易に来る商人が集う場所になっていた。そのおかげもあって、『マナ茶』という魔素の回復を助けるお茶があることを知った。
もちろん、ギルドの経費で飲み放題。一日に何杯飲むかわからないくらい飲んでる。それでも、マナ茶と『
例の手配書問題、解決方法の対策として、俺が考えた方法。
だからかな? いい加減慣れてきて、いつもの崖まで歩くのが面倒くさくなってきた。『走馬灯』って、どれくらいの時間が必要なんだろう? 地面に落ちるまでが一瞬すぎて、再現するのが難しいような気がしてきたんだよ。
昨日、そのことを冒険者ギルド総支配人のプライヴィアさんに『手法は秘密ですが、死なない方法をみつけました』と報告したところ『何をふざけているんだい?』と、また淡々と怒られたんだよね。
なかなか信じてくれないもんだからさ、仕方ないから例の崖まで連れて行って、彼女の前で『死んでみせた』んだ。そしたらさ『私の前で二度とやるな』とまた怒られた。信じてくれないからやってみせただけなのに、理不尽だよ。
仕事が終わって、
そう思いながら、とぼとぼと坂を上ってたんだけど、崖の天辺にたどり着いたとき。
「迷わず、こっちへ来てくれたんだな?」
聞き覚えのある声が、背後からするんだ。聞き間違をするわけがない。この声の主は、褐色の肌を持つ、瞳の綺麗な『
「そりゃそうだよ。君が教えてくれたから、俺は信じてここへ――」
右の顎の下あたりに違和感があったんだ。外が肌寒いからだろうか? どこからか吹き出し、腕に垂れてきてた何かの、生暖かさを感じる。同時に視界が暗転して、俺は仰向けに倒れたことまでは覚えてる。
瞬間的に途切れた俺の意識は、すぐに戻ったはずだ。鍛錬前だったこともあり、出しっぱなしだった『個人情報表示』画面には、『俺の生命力が一割しか残っていなかった』んだ。そのことから、おそらく俺は即死したんだろう。彼女が俺に
辺りに照明はないから、彼女は気づくこともできなかったんだろうね。俺の首から噴き出したはずの血が、時を巻き戻すかのように元へ戻ってるだなんて、これっぽっちも思わなかっただろうさ。
後頭部はチクチク草が刺さってる。ゴロゴロとした小石もあたるような感じ。きっと仰向けに倒れたんだろうね。
「あたいにはこうする以外、……方法がなかったんだ。許してくれ」
彼女の声が俺の顔の上から聞こえる。たぶんだけど、俺の顔をのぞき込んでくれてるんだろう。
彼女の申し訳なさそうな声と、俺の頰を手のひらで撫でてくれてる感触。薄く目を開けた。彼女の瞳は相変わらず美しくて、そんな彼女は悲しそうな、今にも泣きそうな表情をしてるんだ。事実、涙が貯まっていて、今にも溢れだしそうになってるんだ。
いくら鈍い俺でも、このままじゃ駄目だって思った。
「……何があなたを、苦しめているんだろう?」
「え゛?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます