第27話 そこから話さなきゃ駄目?

 ぽつりぽつりと、ロザリアさんが見聞きした情報のすべてを、思い出すようにして話してくれるんだ。その依頼主というのは、ダイオラーデンのある貴族。依頼を受けたときに立ち会ったのは、その家の執事だということ。


 依頼としての情報の出所として、信用に値すると感じた理由は、執事が立ち会った場所。その貴族が所有する、屋敷のある敷地の外れにあった、小さな離れで説明を受けたそうなんだ。


 俺がギルドに逃げ込んだという情報は、依頼主の耳にも入っていたらしい。別に隠れてたわけじゃないし、王城勤めの事務官ネリーザさんも、空間属性を持つ俺なら、ギルドにいけば仕事があるって教えてくれたんだ。事務官らしき男性が一人いたから、あの嫌みったらしいヤツ。


 忘れもしないよ。『俺が勇者じゃなかったということを念押ししようとしてた』くらいに嫌みったらしいヤツだったから。そのときにあった会話の記録も残されていたんだろう。だから俺がギルドに出入りしていたとして、それを知ってる人がいてもおかしくはないと思う。


 俺にかけられていた『殺人の容疑』。あれはおそらく、俺がこちらへ来るときに『三点着地』で下敷きにしちゃったあの年配の男性。あのとき俺は意識を失ったから確認できなかったけど、聞いた感じでは治療中みたいな感じだったんだよ。


「ネリーザさんは、俺、悪くないって言って――あ、そっか。あのときはまだ生きてたのか……」

「ネリーザってどこの女だ?」


 あれ? ちょっと怒ってますか? なんでそこ? そりゃそうか。話してくれるようになったところで、違う女性の名前を引き合いに出したらまずいか。


 ネリーザさんって名前は、こっちの世界じゃ女性の名前だってすぐにわかるような、一般的なものなのかもしれない。だからリア充じゃない俺は、こんな気遣いもできないんだよな……。


「え? いや、あの王城にいた……あ、そこから話さなきゃ駄目?」

「あぁすまなかった。あたいはあんたを『一応』、信じることにした。だから隠し事はなるべく、その、だな」

「うん。俺はあの国に初めて来たときにね、『事故で、崖の上から落ちた』んだ。そのとき、下にいた人を巻き込んでしまった。そこにいたのがおそらく、あの国の重鎮のひとりだったのかもしれないんだ」


 うん。一部は誤魔化しだけど、あながち間違ってはいないと思う。


「そうか」

「俺は落ちたショックで気を失って、目を覚ましたときに説明をしてくれたのが、ネリーザさんっていう、あの国の女性事務官さんなんだ」

「そう、だったんだな。疑って悪かった」

「う、うん。それでさ、あの国にも、普通に回復属性の魔法を使える人がいるって聞いてたから、事故のことは心配しなくていいって言われてさ、俺は怪我がそれほどでもなかったから、早く出られたんだ」

「そうか。勘違いして悪かった。あたいはな、罪人つみびとのみを暗殺する始末人をしていたんだ。それは、家族を助けるために、沢山の金が必要だったから」


 なるほど。ロザリアさんが言う罪人とはおそらく犯罪者のこと。暗殺する始末人というのも、賞金稼ぎバウンティハンターのようなことをしてたんだろう。それなら、西部劇みたいに、賞金首には『デッドオアアライブ』な懸賞がかけられたとしても納得がいく。


「でもな、あたいがあの子たちのために求めていた『それ』は、あまりに高価すぎて手が届かなかった。あたいにもあの子たちにももう、時間がなかったんだよ。そんなときだった。無理な望みでなければ、求める報酬を支払うという『急ぎ』の依頼があったんだ。だからあたいは受けたんだ――」


 それがあの依頼だったというわけか。依頼主は、『殺人の容疑』をかけてまで、俺を始末したい。それが『生死を問わずデッドオアアライブ』というのは、『殺しても構わない』というレベルで、俺がこの世に存在して欲しくない。それだけの意味を持ってたんだろうな。


 依頼には、二つの条件があった。一つは『ダイオラーデン国内で事を起こさない』ということ。もう一つは、始末をする場合、国外で盗賊を装って事を起こすこと。どれだけ恨まれてるんだよ、俺は。


 依頼主からは、冒険者ギルドと事を構えたくないような感じの説明があったそうだ。なるほど、ダイオラーデンあちら支配人リズレイリアさんが言うとおり、国家間のような争いごとになるってわけか。疑いをかけられるとまずい。そういうことなんだろうな。


「けどな、一足遅くて、あの二人があんな場所でタツマを……。あのままでは、依頼自体が不意になっちまう。だから、あんたに死なれたら困ると思った。それしか考えられなかった。あたいは湖に飛び込んで対岸へ連れて行き、そこでなんとか引き上げたんだ。幸いタツマは、息を吹き返してくれた。タツマはあたいが殺さないと意味がない、だからあの場は助けて逃がしたんだ。逃亡先を教えたのは、タツマを追いかけるため。あたいだけが、タツマの居場所を知っているようにするため。もちろん、あの二人はタツマを逃がしたあとに始末したさ」


 そんなことがあったんだ……。


「それでな、タツマ。あんたにしか頼めないことが……」

「いいよ。協力する」

「あたいの集落を――え? ど、どうして?」


 俺が理由を聞かずに二つ返事で応じたことに、驚いたんだろうな。


「……あのときさ、俺を助けてくれたじゃない? その、あんなことをしてまで……」

「あれはキスじゃなくて、タツマが息をしてないから慌ててその……」


 いや俺、恥ずかしくてキスだなんて言ってないんだけど。そういう意味だったけどさ。ありゃぁ、下向いちゃったよ。悪いこと言ったかも。


「集落のこと、もう少し詳しく教えてくれるかな?」

「あぁ。それならこの指を見てくれ」


 ロザリアさんは手のひらを上にして、指をそろえて両手を見せるんだ。俺はいつもギルドに来る人のように両手ですくい上げるようにして、手を取ったんだよね。


「指先から、二つ目の関節まで――あ、あれ?」


 ロザリアさんの手の甲は、日サロに通っているような黒ギャルみたいに褐色だけど、手のひらは俺たちと同じようにほんのり白く血色がよい感じ。あーなるほど、俺に見せたかったのは多分悪素毒。悪いことしちゃったかな? 俺、治しちゃったんだよな、たぶんだけど……。


「ごめん。それ、俺だわ。ロザリアさん二回目に毒飲んだじゃない? 蘇生した後に残ってたらいやだなと思ってね」


 うわぁ、怒ってるんだか泣きそうなんだか。半分泣きそうな目で俺を睨んでるよ。それでいて、ものすごく複雑そうな表情してる。


「……う」


 ロザリアさん、また俯いたと思ったら、ぽつぽつと大粒の滴が彼女の手を握る俺の親指にも落ちてくる。


「――うぁああああっ」


 声にならない嗚咽を漏らしながら、肩を震わせて泣き始めちゃった……。リア充な経験ないし、女の子と交際した経験もありゃしないから、俺は何をどうしたらいいのかわからい。だからロザリアさんの手をずっと握ってた。


 ややあって、ロザリアさんは泣き止んだ。俺は買い置きのタオルをインベントリから取り出して、渡したんだ。目元を拭ってあげるなんて、そんな達人レベルのスキルは持ち合わせてないから無理。


「あ、あぃがと……」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る