第12話 そのっ、見える、見えちゃうから。

「じゃ、始めますか。『デトキシ解毒』」


 んー、一回ではほんの少し、黒ずみが縮んだようにしか見えない。解毒だけが効くのか、回復魔法自体が効くのか。それとも、繰り返しで効果が違うのか。もう一度試さないとね。


「『リカバー回復呪文』、『デトキシ』。……さっきより、ちょっと動いたかな? あのときもそうだったけど、やっぱり相乗効果があるのかな? それとも、んー……」


 ぶつぶつ言いながら検証作業を続ける。あ、作業じゃないか、治療だ。


「あ、ちょっと待ってくださいね」


 俺は思い出した。昨日、冷えた飲み物をインベントリに入れてたのをね。インベントリ開けて、1本だけあった飲み物を取り出す。


「おー、冷えてる。なるほどねー」

「これが、『空間属性魔法』なんですね……」

「見たの初めて?」

「はい。普通は人前で見せる人、いませんからね。少し、驚きました」

「ちょっと待ってね。確かグラスがここに」


 この部屋はそれなりの料金だから、グラスなどの備えもしっかりしてるんだ。お、あったあった。二つ、たまたま? いや、セテアスさんのことだ。気を遣って用意してくれたのかもだわ。


 グラスに注いで、俺も一口飲んで。大丈夫をアピール。ジュリエーヌさんの前にもグラスを置いて注いで、っと。


「喉渇いたらどうぞ」

「はい、ありがとうございます、……あ、冷たいですね」

「便利だわ。すっかり忘れてたけど、冷えたままなのは助かるよね」


 これなら、串焼きなんかも大丈夫っぽいな。


「そうなんですね。ありがとうございます。あとでいただきますね」

「それで、痛みは感じる?」

「いえ、全く感じません」

「それなら再開しますか。『デトキシ』」


 数ミリだな。メサージャさんより症状が進んでるから、こりゃ時間かかりそうだ。


「んじゃ今度は、『ミドル・リカバー中級回復呪文』。……お、やっぱり相乗効果か? それなら『デトキシ』、で、続けて『ハイ・リカバー上級回復呪文』。おぉ、結構効果あるかもだわ」

「黒ずみが……」

「うん。小さくなっていくね。言ったでしょ? 治るからって」

「はいっ」


 ハイ・リカバー、やばいな。魔素をごっそり持って行かれる。デトキシと、ミドルを繰り返す方がいいかもだわ。


 小一時間ほど繰り返して、魔素残量がヤバいくらいになったとき、ジュリエーヌさんの指先に黒ずみが見えなくなってきていた。


「――ふぅ。あ、お願いなんだけど」

「は、はい」

「風呂場に行ってさ、指先をお湯で温めてみてほしいんだ」

「はい。確認してみます」


 お風呂場に入っていくジュリエーヌさん。


 ややあって戻ってくると、彼女の表情は明るかった。おそらく、湯で温めて血行がよくなり、それでも痛みが出なかったとみて間違いはないはずだ。


「タツマさん」

「うんうん。その笑顔だけで、十分効果があったってわかるよ」

「はい。痛く、ありませんでした」


 笑みを浮かべながら、涙流してるんだもんな。皆まで聞かなくてもわかるってば。


 今回、じっくり治療にあたってみて、なんとなくだけどわかったことがある。『デトキシ』と『リカバー』、または魔素が許す限りの上位回復呪文を繰り返すことで、効率よく悪素毒を散らすことができるようだ。


 俺は物語にあるような『鑑定』のような能力を持っていない。だから完治しているかどうかを知るためには、湯で温めるなどして痛みが出るかどうか、それを確かめるくらいしかないということ。


 治療を始めたのが、『個人情報表示』での時間で午後八時過ぎ。今はもう、十時を過ぎてしまっている。ジュリエーヌさんの笑顔を見て力が抜けたのか、『ぐぎゅるる』という感じの間抜けな音が、俺の腹から聞こえてくるんだ。


「ありゃ? そういや何も食ってなかったっけ」

「そうですね。私も夕食はまだですから」

「そしたらさ、宿で食事まだできるか聞いてみよっか?」

「えぇ、できるならいいですね」

「……あ、忘れてた」

「どうかしたんです?」

「足の指も確認してもらわないと」

「……忘れていました。私、足もかなり、酷かったんです」


 ジュリエーヌさんは椅子に座り、右膝を抱え込むようにするんだけど。


「ちょ、ジュリエーヌさん。そのっ、見える、見えちゃうから――」

「ご、ごめんなさい」


 俺は慌てて背中を向けた。そりゃ見たいけどさ、そういうわけにはいかないからな。リア充期間の乏しい俺は、慣れてないから反射的にこうなっちまう。


 全く知らない女性ひとなら、見てしまったかもしれないけど。それなりにスケベだからな、俺もね。でも、気まずくなるのは勘弁だから、これが正解だと思うんだ。


「どう?」

「はい、大丈夫です。爪の裏側にあった黒ずみも消えてますから」

「それは何よりだよ。一安心ってところだね」

「えぇ、明日からしばらくは、あの痛みを……」

「さ、飯にしよう――って、振り向いても大丈夫、かな?」

「大丈夫です」


 あのあと、ジュリエーヌさんと夕食をとり、治療報酬の代わりとして、明日良い仕事を探してくれるよう頼んだんだよ。そんなことでいいのかと聞かれたんだけど、俺は『串焼き5本分しかもらってないから』と説明したんだ。『セテアスさんに聞いたらわかるよ』と言って納得してもらったんだ。


 俺は、この国の王でもなければ勇者でもない。神殿の神官でもなければ医師でもない。たまたま手に入れたこの能力で、自己満足に浸ってるだけ。荒稼ぎだってできるのはわかってしまった、けれど恨まれて追われるのも、ゴメンだからね。


 ひとりふたりの手助けをしたからといって、悪素毒が消える訳じゃない。転移してきたあのとき俺は、思ったじゃないか? 『良い状況下の異世界転移』なのか? それとも『悪い状況下の異世界転移』なのか? と。


 今のところ俺にとって、良いわけじゃないけど、悪いわけでもない。もし悪い状況下になったとして、最悪の場合を考えて、飲食できるようにインベントリに買い込んだものが保存してある。もし、この国から逃げることになったとしても、しばらくの間は生きて行けそうだからな。


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