第13話 1日どれだけできそうですか?

 ジュリエーヌさんを治療した翌日。起き抜けに、『個人情報表示』の画面をぼうっと眺めていたんだ。


「あれ? なんだ? 24にーよんって……、え?」


 回復属性のレベルが24になっていた。16進数で24って、10進数なら36。32から36とか、昨日一日でどんだけ上がってんだよ? 驚くと同時に、嬉しさがこみ上げてくるのはきっと、俺がゲーマーだからなんだろうな。


 だがここはゲームの世界じゃなく現実だ。あまりにもその、目の前の現実から、かけ離れた考え方は危険すぎる。忘れちゃいけないのは、手持ちの金が着実に減っている。


 王城では運良く、手切れ金のようなあぶく銭を手に入れただけで次はないんだ。宿代は仕方ないとして、定期収入が入るようになるまでは、他はなるべく節約するしかない。


 俺はインベントリを開けて、串焼きと水をタップした。すると右手にはほかほか、焼きたての串焼き。左手には、冷えた水が入った素焼きの筒が現れた。


「すげ、あれから二日経ってるってのに、買ったときのまんま――あぐあぐ、ん。うまうま。水も冷たい。うますぎる……」


 塩と香辛料だけ振って焼かれた串焼き。豚肉みたいな食感で、獣臭がそれほどでもなく、噛めば噛むほど旨味が染み出る、良い肉使ってるよな。筋もきちんと処理されてるから、噛めなくて無理矢理飲み込むようなこともないし。これが一本200円程度なら納得だろうね。実際はもっと安いかもしれないけど。


 結局俺は、朝から串焼き5本食って満足した。ビーフジャーキーみたいな干し肉はうまそうだったけど、まだいいか。毎日飲み歩いたりしたら、すぐに金欠になっちまうし。どこかで酒も買っておかないとだめだな。


「おはようございます。昨日はお楽しみでしたね」


 朝っぱらからマイペースなセテアスさん。苦笑しつつ手をひらひらと振り、鍵を預けておく。


「はいはい。お約束お約束。おはよう。ちょっとギルド行ってきますね」

「はい、いってらっしゃいませ」


 昨日の昼前は日が上がってたけど暑くなかった。今朝は少し曇りがちで、それなりに涼しく感じる。季節が秋なのか、春なのかわからないけど、ここより更に南があるということは、そんなに暑い地域じゃないのかもしれないな。


 こっちに無理矢理連れてこられたばかりだから、情報が足りなすぎる。しばらくはこの城下に滞在するんだろうから、色々知っていかなきゃ駄目だろう。そんな風にぼうっと考えながら歩いて、あっさりと赤レンガのモザイク壁が見えてきた。


 冒険者ギルドが、こっちの世界にあるのは驚いたね。まるで漫画やラノベのまんまだったから。もしかしたら、あっちの世界からこうして移り住んだ人が、広めたのかもしれないけどね。


 雨風強いときはどうだかわからないけど、ここの入り口は開け放たれてる。人が入ってくるのが、丸見えなんだろうね。


 だからほら、俺の姿を視認したジュリエーヌさん。まるで花が開いたかのような笑顔で俺を迎えてくれる。まぁ、感謝くらいはされるだろうけど、リア充じゃない俺はフラグなんて立ててないだろうから。勘違いイクナイ、絶対。


 あれ? 隣のリリウラージェさんに何やら耳打ちしてる。あ、裏へ行った、……と思ったらこっちへ出てきちゃったよ。何? 俺に手招きしてる。あの方向って確か、個室だっけ?


 俺はそのままジュリエーヌさんが向かった個室へ。入り口が開いてて、ドアの前で待ってるんだよ。


「おはようございます。タツマさん」

「お、おはようございます」


 入れというんですね、わかります。そう思って俺は登録したときと同じ部屋へ。『カチャリ』という鍵の音。これで誰にも聞かれることがない状況が確保された。


 俺は同じ椅子に座った。すると向かいに座ったジュリエーヌさんが、俺に向けて両手を伸ばしてきたんだ。


「昨夜、お風呂に入ったときもそうでした。手の指先も、足の指先も。まったく痛みがなかったんです」

「うんうん。それはよかった」

「それで早速相談なんですが」

「うん。良い仕事あったのかな?」


 昨日、夕食の時に、『悪素毒治療の報酬は、ギルドの仕事でいいのがあったら紹介してもらう』、それでいいからとお願いしてたんだ。一時的なお金をもらうよりも、定期的な収入がある方が俺としても助かるからね。


「あの、私みたいな治療、一日どれだけできそうですか?」

「それって、どういう意味かな?」


 迎えてくれた笑顔とは、反比例するような内容の話を、ジュリエーヌさんはぽつぽつと話してくれた。治療の終わった彼女にとって、悪素毒はもう過ぎたこと、というわけではない。


 症状の程度の違いはあっても、このギルドに勤める人の、ほぼ全員が悪素毒の被害に遭っている。離れて暮らす、彼女の両親、妹さんもそうらしい。


「……そうだね。ジュリエーヌさんと同じ状態なら、四人が限界かな?」

「四人も、ですか?」

「昨日は試しに、少々無理目なこともしてたけど、多分それくらはいけると思うよ」

「それなら、こちらの支配人にぜひ会っていただけませんか?」

「あぁ、そういうことね。うん、昨日ジュリエーヌさんに話した懸念材料を、理解してくれる人なら、会ってもいいよ」

「はい。今から一緒に来てもらえますか?」


 そう言って、俺の手を更に強く握ってくるんだ。メサージャさんのときもそうだったけど、こうして女性の手を握る機会が来るなんて、夢みたいなものだよね。


 これくらいの役得があるなら、悪くないな、この異世界ってやつは。そう思って俺がうんうんと頷くと、片手で俺の手握ったまま、部屋をでて行くんだ。これじゃ、手をつないだまま、部屋を出て人前に姿をさらすことになるんだけど?


「あの、このままはさすがに」

「あ、す、すみません」


 そう言って手を放すと頰に手をやって、うつむくジュリエーヌさん可愛いわ。見ると耳まで真っ赤になってる。大事なことだから二度なんだけど、やっば、まじ可愛い……。


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