第3話 俺はどうなるんでしたっけ?

 男性からタブレットもどきを受け取って、そこに表示されたものを見ながら、女性は俺に質問するんだ。


「はい。えっと、タツマ・ソウトメさんでよろしいですか?」


 早乙女辰馬そうとめたつま、それが俺の名前だけどさ、どうなってんだかね、個人情報。ダダ漏れじゃないの。


「はい。タツマと呼んでください」

「ありがとうございます。先ほどは驚きのあまり、名乗ることを失念しておりました。申し訳ございません。私は、事務官のネリーザと申します。今日より勇者様付の担当事務官となりましたので、あらためてよろしくお願いいたします」


 三人に向き直って、ネリーザさんは会釈をした。勇者様と呼ばれて慣れてないんだろうね。自分を指差して『ワタシ?』みたいにしてるし。


「それで、俺はこの先、どうすればいいんでしょう? その、王様に謁見する必要もないわけですよね?」

「ご説明をと思いましたが、その前にこれをお納めください」


 ネリーザさんは、手提げ袋を俺にくれるんだ。麻かなにかの植物性みたいだね。うん、涼しそうな手触りだ。袋の中を覗くと、下着? シャツ? ズボン? なんでまた?


「俺はこれに着替えるってことです?」

「いえ、その。タツマさんがこちらへ召喚ばれたときにですね――」

「タツマおじさんね、すっぽんぽんだったんだよねー」

「へ?」


 説明してくれるのは、俺をゆすって起こしてくれた麻夜ちゃん。


「そのカゴの中、ビリビリに破けたスーツが入ってたから、気になっちゃって、そーっとね、そーっと。あ、『あそこ』は見ないように努力はしたのね」

「うわ、ちょ。『努力はした』ってどういうこと?」


 俺の身体にかけてある、薄手の上掛け布団の中をまさぐってみると、まじですっぽんぽん。パンツ穿いてない。やばくね? あぁああああ、ネリーザさん見たんじゃね? もしかして。顔真っ赤だし。

 みんな、気を利かせてくれて後ろ向いてる。今のうちと俺は、もらった下着をなんとかかんとか足を通して、シャツを着て、あ、サイズぴったり。ズボンも穿いて。


「あ、もう大丈夫ですよ? っていうか、もしや」

「はい。ご立派でしたっ」


 麻夜ちゃん、舌をぺろっと出して、ウィンクして敬礼してるし。まじか? みちゃったんか? 俺のマグナム、……ごめんなさい。そんなに大きくありません。しょぼーん。


 改めて、自分の服装を見ると、ネリーザさんに同行してる、この男性と同じなんだな。多分支給品? いやでも、なんでまた?


「いつやぶけたんだろう? あの『スーパーヒーロー着地』しちゃったときかな?」

「すっぽんぽんで三点着地ですか? ぷぷぷぷ」


 三転着地のこと知ってるんだ? どこまで深いんだこの子? それに笑ってるし。ま、いいんだけどさ。


「みんなはバスのシート、……んっと魔法陣みたいな中にいたけど、俺はその円から弾かれてて、真上から落ちたんだよね。あ、あのとき踏んじゃった人、大丈夫?」

「はい。事務長官殿ですか? 命に別状はありません。今、回復魔法を使って治療中です」


 あぁ、ネリーザさんの上役なんだ。それにこっちでも『命に別状はない』だなんて表現するんだね。でもそれって、『とりあえず死んでない』って意味じゃなかった?


「タツマさんは、我々が巻き込んでしまった方です。気に病むことはありません」


 ネリーザさん、下向いちゃってるよ。かなりまずい状態なんじゃ? 俺に責任はないとはいえ、あの『ぐちゃ』って感触がね……。


「それならいいんですが。あ、そうそう。俺はどうなるんでしたっけ?」


 俺はカゴに入った、一張羅のなれの果てを見て、しょんぼりしちゃったよ。これさ、去年の冬のボーナスすずめのなみだで買ったばかりなんだよなー。おつとめごくろうさまでした。きみのことは、わすれないよっ。


「ネリーザさん、これを」


 同じ事務官、多分部下? の男性(名前は教えてもらってないんだよね)さんが、ネリーザさんに何やら、手のひらに乗るサイズの布袋を手渡したんだ。


「はい。ありがとうございます。我々ではここまでしかできません。タツマさん、これをお納めください」

「あ、はい」

「手切れ金じゃない?」

「あのねぇ、それを言うなら慰謝料でしょう?」

「いやそれって、一時金だと思うんだけど」

「「あ、そっか」」


 綺麗にハモる、双子の姉妹。うん、なにやら明るく振る舞っていられるみたいだから。おじさん、心配しないよ? おじさんの今後のことのが心配だし。


「これは?」


 受け取った布袋には、何やらじゃらっと感触がある。


「はい。金貨9枚、銀貨10枚入っています」

「異世界通貨き――」


 あ、また麻夜ちゃん、もごもごさせられてるよ。


「これってどれくらいの価値なんでしょう?」

「そうですね。私の二月分のお給金より少し少ないくらいでしょうか?」

「なるほど」

「これで生活の基盤を、なんとか建てていただけたらと思っています。城下には、ギルドもございます。『空間属性』お持ちのタツマさんであれば、そちらでお仕事を探されたなら良いかと思います。……ところで」

「はい」

「タツマさんはその、あちらに残された方は?」

「あー。気にしなくてもいいです。俺、ひとりっ子ですし、父も母も、かなり前に他界してます。嫁さんも彼女もいません、……俺ぼっちでしたから」


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