カフェオレを一杯

@ramia294

第1話

 通勤電車には、乗り換えが、付きもの。

 大きな駅の隣のホーム。

 階段の上り下り。


 大きな駅の幾つものホーム。

 僕の知る、使うホームは、2本だけ。

 時には、別のホーム。

 大きな駅。

 探検したくなりました。


 いつもとは、違う方向に歩き。

 違うホームを歩きます。

 滑り込む列車。

 俯き、スマホに、心奪われる人々。

 たくさんの人生を運ぶ列車とたくさんの心を奪うスマホ。


 窓の外を見る女性。

 目が合いました。

 たくさんの視線が下を…。

 彼女の視線は、まっすぐ前へ。


 思わず口元が、緩む僕。

 気づく彼女。

 微笑む彼女。

 笑顔と笑顔。

 列車の窓越しに、向かいあって、笑顔の花が、咲きました。


 僕は、彼女の車両に乗り込みます。

 もちろん、切符は、持っていません。

 こんなにたくさんの人々。

 誰も僕たちに気づきません。


「おはようございます」


 と、僕。


「おはようございます」


 と、彼女。


 これで、僕たちは、初対面では、なくなりました。

 揺れる足元。

 走り出す列車。


 窓の外へ、真剣なまなざし。

 長いまつげ。

 と、赤い唇。

 

「民家が、こんなにたくさん」


 何故か高い建物が、ここには、ありません。

 都会の。

 生活の。

 温もり。

 

「もうすぐ、高い建物が、出てくるよ」


 中心部には、高い建物。

 都会の。

 仕事の。

 プライド。


 窓の外。

 遠くの景色が、見えなくなりました。


 川が…。

 大きな川を列車は、渡ります。

 突然、開けた景色。

 微笑む彼女。

 高鳴る鼓動。

 静まれ僕のハート。


 海が見えてきました。

 少し、淋しそうな秋の海。

 海が、恋しいのは、人々の賑わい?

 それとも、熱い、真夏のお日様?


 列車は、終点へ。この駅のホームは、地下にありました。

 地下のホームからまぶしい地上へ。

 3つの出口の北出口。

 階段を上がると良い香り。

 僕たちは、コーヒーショップへ。


 彼女は、大学生。

 遠くの町から、僕の町の女子大へ。

 僕は、3丁目。

 彼女は、4丁目。

 お隣の町の住人。

 ただいま、学生時代を過ごした街に、お世話になりましたと挨拶回り。

 来春卒業の彼女。

 ついでに、見知らぬ街を冒険中。

 都会の様子も見学中。

 小さな冒険旅行。


 二度目のデートで、僕たちは恋人に。


 何処までも青い秋の空が、遠慮がちな灰色に。

 今年の雪は、気が早く、町が白い世界に変わります。

 雪が、空から少しずつ寒さをカバンに詰めて、地上に舞い降ります。

 カバンを開き、ていねいに、寒さを積み上げていく雪。

 几帳面な雪の皆さん。

 寒さは、足元から。

 

 冬の寒さは、歓迎します。

 僕たちは、お互いの温もり持ち寄りました。

 火照った頬に、心地良い北風。

 小さな温もり。

 寄り添う距離が近くなります。

 もっと寒くなれば良いのにと願う僕。


 もっと寒くなれば、ふたりの絡めた腕が、溶け合い、きっと永遠に離れなくなる。

 離れたくないのに…。

 ひとりの夜。

 見上げる星。

 凍てつく時。 


『雪さん。僕のカバンもお貸ししましょうか』


 寒がりの僕。

 今年は、雪の皆さん、応援します。


 それでも…。

 時は、止まらない。


 はじめて触れる唇。


 それでも…。

 時は、止まらない。


 卒業すると、君はふるさとに。


 恋する喜びの時間は、跳ぶように過ぎていき。

 春は、すぐそこ。

 雪は、その冷たさを再びカバンに詰めて、海へ旅立ちます。


 花の季節に、帰っていく彼女。

 ふるさとへの桜の花の乗車券。

 引き止める言葉を口にする事に、躊躇う僕。

 彼女の幸せは、何処にあるのか、迷う僕。

 遠く離れてしまう君の幸せは、どこ?


 それでも…。

 時は、止まらない。 


 彼女の帰る日。 

 春の雪。

 冬の寒さをかき集め、小さなカバンに詰めこみます。

 はじめて会った駅。

 滑り込む小豆色の列車。

 コート姿の乗客達。

 暖房の座席。

 春風を恋しがる様に、開く列車のドア。

 流れ込む、冷気。

 立ち上がる君。

 こすれた薄手のダウジャケットが、カサッと鳴った。


 あの音は、サヨナラの言葉?

 

 転がる小さなタイヤ。 

 君のカバンの小さなタイヤが、コロコロと笑う。

 一瞬、音が消え、列車に滑り込む君。


 列車の中の君。

 列車の外の僕。

 あの時と同じ。

 旅立つ君。

 見送る僕。

 あの時から、時間が経ちました。


 正解は、何?

 この恋の結末の正解は、何だろう?

 君のいちばんの幸せは、何だろう?

 ホームの古びた時計は、冷静に時を刻み。


 俯く彼女と小豆色の列車を僕の前から、さらっていった。


 線路に、背中を向ける僕。

 心に穴が。

 本当に、穴が空いた様だ。

 何だろう?

 この頼りない感覚は?

 もしかすると心に穴でなく、身体が半分なくなった?

 焦る僕。


 悲しいのでも無く。

 淋しいのでも無く。

 ただ…。

 あるべき物が無い。


 滑り込む列車の窓。

 振り向く僕。

 列車の窓に映してみる。

 僕の身体が、ありました。

 でも、僕の顔が映りません。

 悲しそうに、していると思っていたのに、顔が、映りません。

 もう少し近づいて、僕の顔を見てみましょう。


 そのまま、列車に乗り込んでしまいました。

 休日の列車。

 まばらな人影。

 立つ僕の隣に、君の姿は無く。

 一人きりの僕。

 このまま、心の穴を埋める旅に、出かけましょう。


 どうすれば良い?


 ドアが開くたび、冷たい風が、僕の思考を凍てつかします。

 過ぎていく時間。


 列車は終点へ。

 北口出口。

 あの時のコーヒーショップ。

 温もりを求めて、熱いカフェオレを。

 熱いカフェオレを一口。

 僕の身体は、温まりません。


 僕の前に、誰かが、立ちました。

 店員さん?

 お得意さんへのサービスですか?

 僕は、二度目のお客さんですが…。


 薄手のダウンジャケットがカサリ。

 見上げる僕。

 泣き顔の彼女。


「どうしても、このまま帰れなかったの」


 彼女もこのお店に。


 その時、僕は気づきました。

 僕の心の穴。

 埋める方法。


「これから、このまま、長い時間。僕と一緒に過ごしませんか?」


 心の穴には、カフェオレを。

 おすすめです。


      おわり

 

 


 

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