自殺の前に
ドン・ブレイザー
自殺の前に
「なんでこんなことになったんだろう」
ある日の午後、俺は自宅のマンションの屋上にいた。
俺はある会社の会社員だったが、とんでもないミスをしでかしてしまい、会社に多大な損害を与えてしまった。上司たちに詰め寄られている途中、俺は「トイレに行かせてください」と嘘をつき、そのまま会社から逃げ出してしまったのだった。
良い天気だった。真っ青な空には雲一つない。今の自分の心情とはまるで正反対だった。
「死ぬにはいい日だな」
そう、俺は今日ここで死のうと思っている。 正直これ以上生きているのは辛い。ああ、なんでこんなことに。けど、全部自分が悪いのだから仕方ないか。
遺書はもう書いた。
『自分は会社に多大な損害を与えてしまいました。責任を取るために死にます。申し訳ありませんでした』
そういう内容だった。見返してみて、自分でも物足りないというか、淡白だよなぁとは思う。用意した便箋は空白が多い。けどこれ以上考えてもいい文句は出てこないし、考えるのも面倒くさい。
「後はこの屋上から飛び降りるだけか」
もう思っていた矢先、俺の携帯電話が鳴りはじめた。上司達からの電話は、さっきから何度も鳴っている。だが、今回の電話の主は、違った。同僚からだった。
その同僚は、俺と同年度の入社だったが、数年前に部署が変わり、経理部で働いていたはずだ。最近では疎遠になっていた。そんな彼から何事だろうと思って、一応は電話に出てみた。
「もしもし」
「俺だ!わかるか?」
わかるも何も電話番号を登録しているのだから、誰からの電話かなんて丸わかりなのだけど、一応「ああ」とだけ言っておいた。
「おお!そうか覚えていてくれて何よりだ。ところで、今大変なんだって?」
やはり、そういう話か、と思ったがまあ仕方ない。多分俺の上司になんとか連絡をとってくれとか頼まれたんだろうな。でも、最後にこの同僚と話すのも悪くないかもしれない。
「ああ、よく知ってるな。俺はもうダメだよ」
そう弱音を吐く俺に、彼は真剣な声で言う。
「まさかお前、短気を起こす気じゃないだろうな?」
そのまさか、だ。今から死のうとしているのだから。俺は正直に言う。
「ああ、その通りだよ。俺はもう死ぬことにした。遺書も書いたしな」
こんなことを言って、彼はなんて言うだろう、と少し気になった。しかし、彼は至って冷静に答えた。
「死ぬのか……うん、そうなのか」
期待していた反応じゃないな、とは思った。正直言うともっと驚いて欲しかったのだ。
「ああ、死ぬよ」
だけど、自分も冷静に返事をする。すると、同僚から予想外の答えが返ってきた。
「自殺するのか。うん。じゃあさ、死ぬ前に俺の頼みを一つ聞いてくれるか?」
今から死のうとしている人間に対して「頼み」なんて一体なんだろうか。気になったので、一応その頼みとは何かを聞いてみることにした。
「頼みって、一体何だよ?」
彼は笑いながら答えた。
「実はさ、俺この間横領しちゃってさ、かなりの大金を。ちゃんと返すつもりだったんだけど、どうも返せなくなって……だからさ、お前の書いたその遺書に『経理部から多額の横領をしたこともここで謝罪をしておきます』と付け足しておいて欲しいんだよ、うん。これなら俺の罪は無くなるし、代わりにお前が罪を被ることにはなるけど、どうせ死ぬんだし、そんなこと関係ないだろ?」
終わり
自殺の前に ドン・ブレイザー @dbg102
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます