お誕生日会
仲間内でもクラスでも学校でも、いつでもどこでも中心人物になる、そんなカリスマ性のある男。
子供のころからずっとそうだったのに、最近めっきり乙女になってしまった。
「やっぱり直接は止めとこうかな」
講義室の前で、誕生日会の招待状を手にウロウロソワソワする玲也は、リーダーとしての威厳は全く感じられない。だけど、俺らはそんな玲也に失望するような付き合いではない。
「ファイト!玲也ならできるよ!」
俺を含む友人たちに励まされ、玲也は深呼吸。そしてまた講義室を覗いた。
視線の先には、玲也の片思いの相手がいる。どこからどう見ても平凡な男が、ぼんやりと講義の始まりを待っている。玲也はなぜあのようななんでもない男に惚れたのか、それは玲也以外分からない。
しかし、俺らのリーダーが惚れてしまったものはしゃーない。協力したいのだ。
だから、励ましたり応援したりしてるのだが。
「…やっぱり、郵便で送ろうかな」
玲也は溜め息を吐き、招待状の手渡しを諦めた。すると、友人のひとりが親切に申し出る。
「俺が渡してこようか?」
親切な申し出なのに、玲也はものすごい面相でにらみつけた。
「それは止めろ。俺の由比くんに話しかけんな」
付き合ってもないくせに、独占欲がスゴイ。それなのに、尋常じゃないヘタレだ。
「アパートのポストに直接投函したら、『なんで家まで来てんだ。気持ち悪い』って思われるかもしれないよな。やっぱり郵便にしよう」
ゼミの住所録があるわけでもないのに郵便で送るのか。それはそれで警戒されるんじゃなかろうか。まあ、玲也が満足げに頷いてるからいいか。個人情報保護が叫ばれるこの時代だけど、住所はすでに調べ済みだ。
それから数日後。
投函したはいいのだが、由比くんの反応が全くなかった。
「由比くん、招待状見ただろうか」
玲也がブツブツうるさかった。日を増すごとに、うるさくなった。
「聞いて来ようか?」とでも気を利かせようものなら、「由比くんと話す気か?」って凄まれた。面倒だな。
なので、俺は友人と一芝居。由比くんの近くで、でかい声で話した。
「そういや、一人暮らしだとあんまりポスト開けないよな。大事な手紙届いてるのに気付かなかったよ」
「あー。分かるー。俺もそれあったー」
由比くんが俺らの話を聞いて、何かを察してくれるのを祈るばかり。
次の日のこと。
いつもどおり玲也を中心に俺らが座ってると、そこに由比くんがテクテク近づいてきた。手には玲也の誕生日パーティーの招待状。
「これ、俺に送ってくれた?俺で間違いないの?」
「…ああ」
玲也、もう少し愛想よくすればいいのに…。
「誕生日に船上パーティーなんて、すごいね。何を着て行けばいい?」
「…なんでも」
玲也、もう少し、もう少し愛想よく…。という俺らの願いが玲也に届く前に、由比くんは「そっか。ありがとー」と言い残し去って行った。
喜びの気持ちを込めて肘で軽く玲也を小突くと、玲也はニヤニヤ笑っていた。お前が嬉しそうで何よりだ。あとはもっと愛想よくすれば…。そうすれば、仲良くなれると思うんだが。
誕生日パーティー当日。
由比くんに気持ちがバレないようにと、さほど親しくもない知り合いをたくさん誘っていた。木を隠すなら森の中、だそうだ。
何で隠すんだ?バレたほうがいいんじゃないか?
とにかくそういうことで、乗船客は多い。
俺らは玲也にそれぞれ指令を与えられていた。由比くんが退屈しないように、適度に気遣いする係。由比くんが万が一体調不良になったら、すぐさま医務室に連れて行く係。などなど。
俺は由比くんが乗船したあと、玲也の元に連れていく係だ。
先に受付を済ませ、船の中で由比くんを待つがなかなか来ない。まだかなーと思ってるとき、大学の隣のゼミのやつらが俺に寄ってきた。由比くんを誘うカモフラージュのやつらだ。
「まさか誘われるなんて思ってなかったよ」
「すごいいい思い出になりそう!」
などと、興奮気味に話しかけられた。
「それはあとで玲也に言ってよ」と、適当にあしらいつつ由比くんを待ってたら…。
そいつらがとんでもない情報をもたらした。
「そういえば、さっき由比も来てたけど…」
「来てたんだ?」
「受付で、追い返されてた。服装がどうのこうのって。そんな変な服じゃなかったけど、ネクタイしてなかったからかな?」
くそ!受付の見えるとこで待ってればよかった!
俺は慌てて受付に話を聞きに行くと、やはり由比くんはドレスコードに引っ掛かって船を下りたそうだ。
通路を逆走して船から下り、由比くんを探して走る。
駅か?駅に向かったのか?人生で一番スピード出てるんじゃないかってレベルで走ったが、駅までの道に由比くんはいなかった。どこだ?もう電車に乗って帰ってしまったのか?
そうこうしているうちに、船の出航の時間になった。
しまった。連絡入れるの忘れてた。俺も船に乗れなかった。玲也にぶっとばされる。今頃怒り狂ってるかもしれない…。俺はともかく、由比くんが船に乗ってない。
あー、くそっ!
頭を掻きむしりながら埠頭を歩いてると、ベンチにのほほんと座ってる人物。
「ゆ、由比くん?」
由比くんを発見した。埠頭のベンチで、テイクアウトのハンバーガー食べてた。
玲也の友達である俺の姿に、由比くんはビックリしてた。
「あれ?船上パーティーは?遅刻しちゃったの?」
「そんな感じ。由比くんは?」
「ドレスコードに引っ掛かったみたい。成人式のスーツ着てこればよかったな」
由比くんは自分の着てる服を指でつまんで引っ張った。もちろん、変な服じゃない。ただ惜しむらくは、ネクタイしてなかったことか。
「…玲也、服のこと何にも言わなかったもんな。玲也が悪いよ」
「ううん。そんなことないって。でも、わざわざ誘ってもらったのに、申し訳なかったな」
胸が痛い…。由比くん、すまん。
「パーティーってどんな料理出たんだろ。そんなこと考えたらお腹空いてさ。せっかくここまで来たから、海見てハンバーガー食べてた」
由比くんの纏う雰囲気。
穏やかのんびり。玲也はもしかして、こんなとこを好きになったんだろうか?
「あ、ごめん。着信が…」
チラリと画面を見ると、玲也だった。怖い。漏れ聞こえる声を由比くんに聞かれるわけにはいかない。
由比くんからかなり離れたとこで電話に出ると、案の定玲也の怒鳴り声。
かくかくしかじかと理由を説明すると、玲也は電話切るころには半泣きの声だった。好きな人を誘ったのに、追い返してしまった形になったわけだから…。泣きたくもなるよな。由比くんに対しては乙女だもんな、玲也は。
電話のあと、もう少し由比くんのフォローしようとベンチに戻ったが、そこにすでに由比くんの姿は無し。
帰ってしまったのか。なんだか不思議な人だ、由比くんは。
次の日。
「由比くんに謝らないと」
玲也はげっそりした顔で大学に現れた。パーティーから一日しか経ってないのに、まるで何日も泣いて暮らしたような顔。
そんな玲也を囲んで座ってたら、由比くんがテクテク近づいてきた。そして、玲也に小さな包みを差し出す。
「これ、プレゼント。誘ってくれたのに、行けなくてごめんね」
由比くんは『服装は何でもって言ってたじゃないか!』などと文句を言うでもなく、へしょっと申し訳なさそうにしてた。
いけ、玲也!謝れ、玲也!
「あ、ああ。いや、構わない。ありがとう」
もっと言うことあるだろ…。と、思ったが、お礼を言えただけマシ?
はあ…。心の中で溜め息を吐いて、ちらっと由比くんを見た。由比くんと目が合ってしまった。しかも微笑まれてしまった。
あれかな。船に乗れなかった仲間意識かな。
と、考えていたら。
玲也が俺に向けられた由比くんの微笑みをバッチリ見てて、ものすごい目で睨まれた。
俺は決して悪くない。うん、悪くない。…ドキッともしてない。全然してないから。
平凡攻め短編集 のず @nozu12nao
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