第5話
『ピロン』
朝の5時30分
スマホの音が鳴り響く。
重い気持ちを起こし、玄関から外に出る。
「おはよう」
冬の冷たい空気の中、石橋君が微笑んだ。
マラソンコースは石橋君が私を拾い、田川君、夕美ちゃん、小野君が合流するコースになっていた。
特に何を話する訳でも無く、ゆっくりと私のペースで走る。
田川君が合流して、夕美ちゃんと小野君が合流すると一気に賑やかになる。
マラソン大会になる頃に、異変が起こった。
「あれ?」
いつものように制服のスカートを履いて、ゆるゆるになっているのに気付く。
腰スカート状態になってしまい、ひとまず安全ピンで止めた。
「繭花、痩せた?」
夕美ちゃんに言われて驚く。
「分かる?」
「分かるよ!」
お昼休みに話していると
「何なに?楽しい話?」
石橋君が机からひょっこり顔を出して来た。
「繭花が痩せたね~って話」
夕美ちゃんがそう言うと、石橋君は微笑んで
「そりゃ~、毎日走っていればね」
て微笑んだ。
「えっ!私は全然、痩せないよ!」
夕美ちゃんの言葉に
「お前は走りながらなんかしら食ってるから、プラマイゼロだろ」
って笑っている。
でも、元がデブだから5kg減った所でデブがぽっちゃりになったくらいだ。
「俺はぽっちゃりした繭花ちゃんも可愛いと思うけど、少しでも自信に繋がったら嬉しいな」
そう微笑んだ石橋君の言葉が胸に突き刺さる。
「からかわないで!」
思わず叫んでしまい、石橋君が驚いた顔で私を見上げた。
この頃の私は卑屈になっていて、人の褒め言葉を素直に受け取れなかった。
(そんな事を言って、自分は細くてスタイルの良い女の子とばっかりと付き合ってるくせに!)
私は席を立ち上がり、教室を飛び出した。
いつだったか……夕美ちゃんが、石橋君を蝶のようだと言っていた事がある。
美しい花から花へ、ヒラヒラと移り変わる。
決して誰かのモノにはならない。
私はそんな石橋君を見上げ、ムシャムシャと桑の葉を食べている蚕の幼虫だ。
色白だけど、ブクブク太って醜い姿をしている。
成虫になったとしても、蝶にはなれない。
蛾にしかなれない、醜い蚕。
「石塚の名前って可愛いね」
あの日、石橋君に言われて嬉しかった。
でも、名前が可愛いだけだ。
ずっと、本気にはならないと歯止めを掛けていた。
どんなに好きになっても、手に届かない人。
止まらない涙と、痛む胸を押さえて蹲る。
恋愛小説の中のヒロインは、みんな幸せになれる。
だけど、脇役はひっそり涙を流すだけ。
どうあがいても、私はヒロインにはなれないから。
私はこの日から、石橋君と距離を置くようになった。
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