第18話

「いってきまーす」

 昨夜の雨のせいかおかげか、朝露がきらめいている。

 今日はわたしが一番早くて、詩乃と達哉を待つことになった。

 とててっと詩乃が走ってくる。

「わ、未来ちゃん早いねぇ。達哉くん待とうか」

「あいつはまた五分遅刻かっ」

 決めた集合時刻から連日遅れる達哉もいることだし、いっそのこと集合時刻を五分遅らせちゃおうかな。うーん、そうしたらさらに五分遅れてくるような気もする……。

「残念だったね未来、今日の僕は時間ぴったりだ!」

 無駄にキメ顔の達哉は気にしない。

「はいはい。行くよー」

「冷たくない?」

「達哉くん、今日、社会のプリント提出だけどやった?」

「・・・・・・えっ・・・・・・?」

 達哉がフリーズ。ちなみにわたしも忘れてた。はは……。

「が、学校着いてからやるよ……」

「わたしも……」

「答えは写させてあげないからね!」

 もちろんでございます、詩乃様。

 達哉と固い絆で結ばれそうになっていると、詩乃がポンっと手を叩く。

「そういえば、西川くんもブラックナイト観始めたらしいよー!ぜひぜひマンガも布教したいっ」

「何っ、西川が?まさか、詩乃に近づこうと・・・・・・」

「あ、わたしが薦めたからだ」

 全然知らなかった。まさか観てくれたとは。語りたい!

 でも、西川の名前を聞いたその時、わたしは思わずサブバッグの中の天使のペンに触れたくなってしまった。

 わたしは今日・・・・・・天使のペンを返さなきゃいけない。

 だって、皇子台中学校にいた二つの魔法石は、両方とも未完成だけど封印できたから。

 わたしの役目は終わったようなものだ、と悩みながらも昨日、結論を出したの。

 なんだかんだでわたしの相棒のように思っていた。天使のペンを。だから手放すのが少し寂しい。

 天使のペンを持っていたのは一ヶ月にも満たない短い時間だったはずなのに、もっとずっと昔からこの手の中にあったような気がしてしまっていた。

 翔の藍の魔法石への感情は、これに近かったのかもしれないね。


 放課後まで待った。

 待っていたのはチャンスでも、西川でもない。わたしの心の準備が終わるのを待っていた。

 もう天使のペンに触れることもないかもな、と思うとなんだか悲しくって、だけど何も考えずに天使のペンで描きまくるのもダメでは……とうだうだしていた。

 結局、学校では何も描かなかった。

 西川をあの少人数教室に呼び出して、わたしは天使のペンを差し出す。

「ありがとう、わたしを見つけてくれて。これは返すね」

「・・・・・・」

 西川は一言もしゃべらない。

 わたしはドキッとした。

「あのさ」

 天使のペンを西川に差し出したまま、そっと顔を上げた。

「悪い、言ってなかったっけ」

 ん・・・・・・?

 軽くあせったような、困ったような西川の態度はあまりにも予想外。

 ちょ、ちょっとちょっと西川、なんでそんなに拍子抜けした顔してるんですか?なんかこう、いい雰囲気で返せると思っていたんですけども。

「魔法石って、七つあるんだよ」

 わたしは呆然とするどころじゃない。

 比喩じゃなく口をあんぐりと開けたままのわたしを、西川は申し訳なさそうに見た。

「虹色の魔法石、なんだ。虹の色と同じで七色ある。ここには二つしかなかったみたいだが。てっきり、七つ全部封印してくれるものだと・・・・・・」

「あっ、そうなの?」

「そう」

「へー、うん・・・・・・」

 てん、てん、てん。

 って!西川ぁ!なんでそんな大事なことを言わないんだっ!

 まあ・・・・・・思い返してみると、藍さんが「リーダー」「一番最初に」とか言っていたリ、虹さまって名前だったり、確かに大前提として、魔法石は二つだけじゃなかった、のか?

 果てしない勘違い、早とちりをしていた、ということ……?

 西川は混乱して頭を抱えるわたしをちらっと見て、おずおずと尋ねてきた。

「夏野、もしかして、もう天使のペンを使う気はないのか?」

「使いたいよ!だけどせっかく心を決めたのに!」

「じゃあ・・・・・・」

 西川がごまかし笑い。それでもう許す気になった。

「天使のペンを、これからも夏野に使ってほしい」

「当然!」

 やり遂げてみせるよ、必ず。

 二つも虹が架かった青空を背景に、天使のペンを掲げた。

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ラクガキ天使 紬こと菜 @england

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