オードリー・ビスク

 「いいね...実にいい..」青年がフードを被りながらクルクルと作業椅子にもたれながら回っていた。


 目の前には着せ替え人形がガラスに反射する光を集めてうなだれている。スタンドに繋がれて口を微かに開けていた。まるで今から寓話や異かいのシン理を語りはじめるかのような精気を醸している。


 「君の名前はオードリー...オードリー・ビスクだ」鼻歌を歌いながら、木造りの部屋でそう言った。


 オードリーと言われた人形は、それ以上を求めたりはしないし鼻歌を歌わないし引き出しを開けたりもしない。けれど青年には目論見があって、なにかを求めたり、鼻歌を歌って引き出しを開けてくれるよう力を注ぎ、具現化する事を望んだ。


 「魔法は異端たれ。そして紡ぐのだ。そのいとが途切れぬように。幾重にも幾重にも。たとえ誰かの幸せの意に反する結末が見えても」青年は静かにハミングして、【coal tar-魔素-】を糸のように編みふっくらとした白と黑が眩く絡まる毛糸を作った。


 それはとてもとても軽い身なりで、フッとオードリーの胸に入っていった。オードリーの物言わない体が急激に痙攣し背骨を反りながら、ガラスの眼球が回転して唐突に焦点が合った。スタンドにうな垂れるとフード越しの青年と眼があった。


 「いやぁ...オードリー。僕の大切なドール」彼はそう言うと、口を気難しく上げた。このうえない達成感と、至上の絶望が心に去来したからだ。


オードリーはその光沢感を伴った指先から手の関節を幾つも鳴らしながら青年の頬に手を置いた。その口元はとてもとても美しく、命を奪われることさえ厭わない狂気を感じさせる。


 「オードリー、本当に」


 鈍く砕ける音が響いてオードリーは紅い水滴をその眼球から流した。

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