【flavor-香響-】

 死ぬつもりなの?

 細い声が木霊する。


 「そんなつもりはないのだけれど」ビルの縁でそうこたえる。うそだねと声が返ってくる。その声は絶対的な主観を伴っていて客観を覆すファクターは中々混入されない。とても純粋で堅牢で、ある種の表裏を元手に買い付けしたモノだ。


 時々、本当に時々、その声を愛しいと思える日が来るだろう。その声には、きっと人一倍の想いがこもっているのだから。


 「声」そう呟く。声、と言ってもそれは【flavor-香響-】でしかないのに。脳とか脊椎反射とか、そんな領域から突き抜ける響きを伴う周波数をAI型カスタムUIとウィギ言語が変換して教えてくれる産物でしかない。それを分かった上で、その声とやり取りする。


 死ぬつもりなの?そう声が残っている。どうなんだろう...それ以上の言葉を行使することを拒んだ。全くと言っていいほど、そのフレーヴァ―・テキストは印象に残り過ぎて死にたくなる。当たり前か、だって事実そのもので、表面的で形骸化された戯言なんだから。


 「声は聞こえたかね?」別の実体を持った肉声がした。その声に対して聞こえましたと丁寧に答える。手に持ったハードカバーになにか描くと、それを電子化してそれぞれに収納した。眼鏡を外して少し目頭を押さえる。それなりに力を使う作業で、深層無意識を明瞭化する施術はある種拡張現実に近い。


 その発現率と効果に実績はあるが、数値化するのは危惧されている。白衣がひるがえると「お疲れ様、施術は済んだ。経過観察後に必要な薬と手引きを渡す」と言われ上体を起こし礼を言ってその部屋を出た。


 藍色を基調とした【bese-基地-】。研究棟、青の別邸。

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