家路に向かう言の魔法
少年が扉の先に出ると肺から出た空気が気泡の様に膜に包まれて、仄暗い空間に格納される。うまく空を泳げない魚みたいに、宇宙に馴染まない地球みたいに。彼の情報が少なくなると、気泡はなにも告げずに消えた。
やがて平衡感覚が意味を為さなくなって、死生観があやふやになる。それが、とても、心地いい。少年はこれから、日常に入り込む。瞼を一度閉じて、息を少し吐くと座標が指定される。その座標が体に馴染みだすと、唐突に喧騒の中にいた。先ほどまでの発狂しそうな静寂は、心の片隅に格納されてしまった。瞼を開けて、また一呼吸置くと人が通る生々しいにおいと異質な孤独を感じることが出来る。
いい夜だね。耳元で囁く、少年はその声に少し落胆し、夜空を見上げた。月が雲に薄くスライスされてキレイだ。チーズみたいに食べてみたい。少年のお腹が駄々をこねたので、行きつけの店に行くことにする。少し離れた場所に、古い商店街があった。そこには2店舗ほど、灯りが点いてる。けれどその灯りは誰にでも、見れる訳ではない。少年がその一店舗に声を掛ける。少し離れた場所から物音がして、陰で見えない曖昧な輪郭の手が出てきた。その手にまた声を掛けると、丸い不格好なコインを渡す。
「毎度あり」ニカりと口を見せて笑う店員は、そのまま店内へ消えていった。灯りが落ちると、ボンヤリと湯気の立ったブリトーを手に持っていた。
「おいしい?」声がする。おいしいよと応える。そう、と暗黙の返事が返って来た。もう帰る時間になった。腕時計を見て、過剰にモールドされた杖を取り出した。
「見えない繋がり、不束な現実、真逆の道しるべ」
そう家路に向かう。
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