04

 大総統府に入ってからは、一人で行動することは随分減っていた。フランシカに居る間を除いては、仕事の時もプライベートでも桂十郎と一緒に居ることがほとんどだからだ。

 それなのに今、何故一人なのか。


「あ、青ちゃん」

「こんにちは、セレンさん」

「こんにちは。ねぇ、桂十郎さん見てない?」


 通りすがりに遭遇した青水に声をかけると、彼は「あー」と苦笑を浮かべた。


「見てないな。撒かれたか?」

「お手洗い行ってる間に居なくなってたの」

「あるある」


 そんなよくある事のように言われても困るのだが、実際によくあるのだろう。現に、セレンが桂十郎の護衛になってしばらくは無かったのだが、ある時からこうして時折姿を消すようになった。

 これでも減った方だ、と遊亜は言っていた。


「もぅ。困った人」

「そう言う割に怒っては無さそうだけど?」

「まぁ『影』までは撒けないだろうし、あの人達が居るなら危険は無いから」

「分かってきたな」


 話しながら、二人並んで歩き出す。青水が何処へ行くつもりなのか、もしくは何処かからの帰りなのかは分からないが、今向かっている方向は同じなようだ。

 心当たりのある場所を捜すも、いつも桂十郎は気ままで何処に居るのか掴めない。捜す方の身にもなってみてほしいものだ。

 それから、セレンはあまり気にしていないながら、変化は他にもある。セレンに対する青水の態度だ。

 初めこそ物腰柔らかく静かで穏やか、かつ丁寧な態度や口調だったが、最近は緩んできているようだ。例えば桂十郎と話す時のように砕けてはいないにしても、穏やかな様子は変わらないままながら丁寧さが多少抜けてきていた。

 ということに気付いたらしい桜波、風、氷の三人は、何かしらで偶然遭遇した時のセレンへの警戒心が感じられなくなっている。

 それがどういう意味かを、セレンが知ることは無い。敵視されていないのならそれで良い。

 一人、ひわだけはまだセレンを警戒し嫌悪している様子ではあるが。


「けい、最近セレンさんの前で猫被るのやめたんだな」

「? でも脱走以外は何も変わってないよ?」

「その脱走癖が一番問題なんだよなー」


 他の人も以前からそうなのだが、ここの所青水も、セレンと話していると定期的に生暖かい微笑みを浮かべるようになった。遠い目とも言うだろう。

 人を観察する時、戦闘力などの面においてはそれなりに確かな自負がある。だがそれ以外の面において、セレンはあまりに疎い。相手が何を訴えたいのか分からない時がある。

 顔色が読めないとでも言うべきか。この点は貴族として、事業を回す者としては欠点となりうるだろう。いずれは自分でどうにか出来るようになるべきだろうが、とりあえずは誰かに助けてもらうしか無さそうだ。

 そもそも表情だけでは戦闘面においてすら何も読み取れない青水を横目で見上げながらそんなことを考えていると、ふと不穏な気配に気付いた。

 狙われているのは──


「危ない!」


 力いっぱい青水を突き飛ばしてから、気が付いた。彼なら、自分が動かずとも容易にかわせたのかも知れない。数発分の銃弾の痛みを受けながら、だが例え初めから分かっていても自分は同じことをしただろうと思い直す。

 視界が歪む。そういえば、フレスティアは能力ちからの影響もありで意識を飛ばしてしまうことなどない筈だ。あるとすればそれは、寿命や能力ちからの使い過ぎで身体が限界を迎えている証拠だと、そう、屋敷の手記には記されていた。なるほど、分かっていたことだが、やはりこの身体はもう終わりが近いようだ。

 思考、その間一秒足らず。セレンは意識を手放した。






 -*-*-*-*-*-






「おっと」


 倒れるセレンの体を、青水が受け止める。それからスっと顔を上げた。


「終わったか?」

「終わったけどさ! そんなサラッと『終わったか?』じゃなくて!」

「? 何かあったか?」


 どこからとも無く現れたひわが、不機嫌な様子で声を荒らげる。何が問題なのか青水には分からない。分かっていないことが問題だ。

 はぁ、とひわは深いため息をつく。先程青水を狙い、その結果としてセレンを撃った者は、直後にひわがした。

 意識を失い青水の腕の中に居るセレンをギロりと睨む。


「ホンット何なのその子。馬鹿なの?  馬鹿だよね? 馬鹿じゃん」

「そんな馬鹿の三段活用して言わなくても」

「だってそうじゃん! 青ちゃんは庇わなくても自分で避けれるってことくらい、その子なら分かった筈でしょ!?」

「彼女のヒュペリオン体質、忘れてたなぁ」

「え? それでよろけたの? 青ちゃんダサ。ダッサ」

「二回言った!?」


 酷い、と青水が声を荒らげるのは無視して、ひわはもう一度セレンに目を向けた。

 相手の実力を一目で見破るというを叩き込まれているセレンなら、青水が強いことも分かっているだろう。彼の実力でが避けられないわけがないなど、考えずとも分かる事だ。それなのに、わざわざ身を挺してまで守るのか。

 同じようにセレンに目を落とした青水が、顔を上げてはニッと笑う。


「彼女の傷、治してやってくれるか?」


 まるで、ひわがどういう反応をするか分かっているかのように。

 それがまた気に入らないのか、ひわはぶすくれた表情で盛大にため息を吐き出した。


「青ちゃんが言うから! 仕方なくだからね!」

「ああ、頼むよ」

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アイの言い訳 水澤シン @ShinMizusawa

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