03

 事前に決めていた通り、「世界大総統・華山桂十郎の結婚」と同時にその相手がフランシカの特別貴族であるフレスティア当主だということを公表した。

 表に顔や名前を出すのを嫌うフレスティアとして、当然顔出しはしない。そんな中名前だけでも公表したのは、ルヴァイド――悪魔を誘き出すためだ。殺し損ねていたフレスティアが居る。それもセレンだったとなれば、出てくる可能性は高いだろう。

 フレスティアの不始末はフレスティアで片をつける。そう言ってセレンが提案した。

 正直、勝算は無い。フレスティアのを真っ当に受けて育った先達だ。いくら元の性格では争い事に向かないと言っても、人格が奪われているならその限りでは無い。何より彼は、彼の代では一番強い能力ちからを持っていたフレスティアだ。

 本来フレスティア当主は、その代の子供の中で最も強い能力ちからを持った者がなるという決まりがある。順当に行けばルヴァイドが当主になる器だったが、彼はあまりに心が弱過ぎた。能力ちからのコントロールすら危ぶまれる程に。だから次に能力ちからが強かったシンディが当主になったと、フレスティアの手記には書かれていた。

 元の能力ちからならば、化物扱いすらされたセレンの方が強い。だがセレンはその能力ちからを既にほとんど使い果たしているし、能力ちからの使い方をきちんと学んでもいない。

 例え刺し違えても勝ち目は無いだろう。

 だけどセレンは、それを言わなかった。誰にも、聖にも、桂十郎にさえも。

 そういえば、弦月だけはあの書室にある手記を全て見る事が出来る。そう出来るようにセレンがした。だがまあ、彼は何も言わない、何もしないだろう。何となく、そんな気がする。

 何も言わないまま、桂十郎の結婚会見の日になる。「セレン・フレスティア」としての顔出しはしないが、護衛としての仕事まで疎かにするつもりはない。素知らぬ顔で会見の場に同行した。

 記者の質問などに受け答えをする桂十郎のすぐ傍に控えて、周囲を警戒する。

 いつ、何処で、どんな相手に襲撃されるかも分からないのが桂十郎の立場だ。どんな時であろうとも気は抜けない。

 右端の記者が手を挙げ、質問を口にしようとした瞬間に、左端に居たが動いた。懐から抜き取った拳銃を桂十郎に向け、男が発砲する。

 勿論それをセレンが見逃すようなことは無い。マイクの乗ったテーブルを挟んで桂十郎の前に躍り出ると、銃弾は苦無で弾いて逆の手でナイフを投げる。そのナイフは見事に拳銃を持った男の額にヒットした。

 会見中の記者に紛れた暗殺者。確かに効率は良いだろうが、確実にその者が犯人だと分かる。捨て身の計画なのか、単なる馬鹿なのか、それとも裏で誰かが糸を引いているのか。早急に確認しなければ。

 遠目ながら男の絶命を確認し、セレンはまた元の立ち位置に戻った。会見場が騒然とする中、桂十郎は特に顔色を変える様子もなく記者達に視線を戻す。


「質問の続きを聞こうか」


 いつも通り、何てことは無い。万が一セレンの反応が遅れていたとしても、「影」が代わって始末をしていただけのことだ。のことでは桂十郎はかすり傷ひとつ負うことは無い。

 だが記者達はこういった状況に慣れていない。銃撃だ、テロだとざわめき、桂十郎を心配する声や、逆に彼の態度を怪訝に見るような声があがる。

 それを受けても、あくまで桂十郎は余裕の表情でにやりと笑うだけだった。


「うちの護衛は優秀だろ?」

「流れ弾で他の人が死んだりしたらどうするんですか!?」

「うちのはそんな初歩的なミスはしねぇよ。なぁ、?」


 責めるように喚く記者にも軽い言葉を返し、横目でセレンを見て桂十郎は言う。

 名目上であるセレンに話を振るのは正直どうかと思う。まだ本名で呼ばなかっただけ良しとすべきなのだろうか。

 思わず漏れたため息だけは隠さず、だが表情は変えずにセレンは淡々と口を開いた。


「愚問です。その程度のコントロールも出来ないようなら、私は閣下の護衛足り得ません」

「そういうこった」


 にんまりと笑って、桂十郎はもう一度会見の続きを促した。

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