最終章 私と『本当の私』の話


 私は当時イラストレーターになりたいという夢を持っていた。いつも漫画や小説を読み、自分でも世界を創り出し、そこを自由に動き回るキャラクターを紙の上に描くのが好きだった。



 漫画は努力すれば描けたのかも知れないが、私にはとても難しかったので、単純に小説の挿絵を描いたりアニメのキャラクターデザインなどをする仕事に就きたいと思っていた。



 もちろん、そんな仕事で食べていける人はほんの一握りだし、親ならばもっと現実的な仕事に就いていつか結婚でもして落ち着いて欲しいと願う。きっと私でもそう思う。



 でも今まで散々、好きなものを否定され続け、自分の夢にまで難色を示された私はついにパンクした。もうどうやって生きていけばいいのかわからなくなってしまった。



 一応、文系の短大は受けたものの、学校推薦をもらい小論文だけで受かる試験で、作文用紙に文章ではなく図を描いて論じ、おまけに時間の途中で退室するという愚行に走り、当たり前だがそこは落ちた。



 その後、浪人して予備校へ通うのだが、そこでも私は勝手に自分の学力に見合わない国立四大コースを申し込み、結局まったく授業についていけず、途中で行かなくなってしまった。



 完全にヤケになっていた。自分でもわけがわからなくなっていた。



 そしてバイトを転々とする生活に入るのだが、心の中はもう人生どん詰まり状態だった。



 フリーターとなった私については両親は何も言わなかった。女の子だし、もうこの際、結婚してくれればそれでいいと思っていたかもしれない。特に母は。それも私の癇に障った。私がどうしたいのか、何が好きなのか、何が嫌いで何をしてほしくないのか、まったく理解しようとせず、ひたすら自分の理想を押し付けてばっかりの母。



 私はせめて親の思惑から自由になりたくて、家を出たいと両親に申し出た。親が居ない人や衣食住すら確保するのもままならない人からしてみれば贅沢な話だが、私は親に衣食住を与えられても、私の『好き』や『嫌い』を無いもののように扱われるのなら、そんなものは『せい』とは言えないと思っていた。



 私が家を出たいという申し出は、当然、却下された。当たり前だ。私は目標も何の資格もなくバイトしかしてない非力な若僧だ。いや、違う。目標や生きる力を取り上げられた若僧だ。



 ますます行き詰まった私は気が狂ったフリをした。いや、本当に狂っていたのかも知れない。



 誰もいない間にBOXティッシュの箱から、ティッシュペーパーを全部出し、ビリビリに千切ってリビングに撒き散らしておいた。



 でもそれは、翌日には綺麗に片付けられ、何事もなかったかのようにされていた。



 その頃から私は毎日、死ぬことばかり考えていた。自死をするということ自体が、色んな人に迷惑をかけることになるかも知れないのに、どうやったらなるべく人に迷惑をかけずに死ねるかを毎日毎日考えていた。もしかしたら、そうやって死ぬことを先延ばしにしていたのかも知れない。




 そしてあるとき閃いた。




 『どうせ死ぬなら、勝手に家を出ちゃえばいいじゃん』




 私は旅行用のバッグに、必要最低限のものを詰め込んで押入れに隠し、その時を待った。



 そしてある日、バイトの休みと両親が留守になったタイミングで、今だ!と押入れからバッグを取り出しなんの当てもないまま外へ飛び出た。



 バス停へ向かう道のり、私の足は、少しずつ速度を増していった。



 早く逃げ切りたかったのか。それとも早く先へ進みたかったのか。



 もっと。


 もっと。


 この先にはきっと、私の求める自由がある。『せい』がある。



 いざ、行かん!まだ見ぬ、光差す向こう、『本当の私』を見つける冒険の旅路へ。



 気づいたら私は走り出していた。



 〈了〉 

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瑠璃も玻璃も照らせば光る 笹木シスコ @nobbit

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