第10話 いささか重たい初恋。



 「ジュリア、人形はそんな悲しそうな顔はしないよ。人形のままなら、私はあなたと友達にはなれなかった。従者にはなれたとしてもね」


 自分の事を『人形』だと言って哀しい顔をするのなら、それは『人形みたいな自分を嫌がっている』という事に他ならず。

 その感情こそが『ヒトである証明』だとカトリは思う。


「悲しいと、思っているのに……カトリやミレイユと友達になれた事……ウルリカに出会えたことを……嬉しい、なんて思ってしまう様な人間なのよ。何が原因でこうなったか、わかってるくせにね。なにも感じない人形の方が余程マシよ」


 二人と仲良くなって、ウルリカに恋心を寄せること。それが悪い事なのだと、自罰的な思考にジュリアの顔が悲しみに沈む。


 カトリはジュリアの肩を抱き寄せる。『あわっ』と可愛い声が漏れて、慌ててカトリに縋るジュリア。


「あ、歩きにくいわ……カトリ、ありがと」


 急に抱き寄せられ、足がもつれそうになって、カトリに文句を言う。でも、それには嫌な感じなんて少しも無くて。

 そして、最後のお礼はすぐそこにいるカトリにしか聞こえないくらい小さな声で。

 でも、だからこそ。その小さなお礼はカトリだけのモノで。


 カトリも小さく『ああ』なんて、ちょっとカッコよく言ってみたりして。

 二人は笑いあった。



「嫌なことがいっぱいあったんだ。少しくらいイイコトがあったっていいじゃないか」




 カトリが自分達を助けてくれた男娼を、『カッコイイ、素敵だ』と思ったその時は、沢山の仲間たちが殺されて、一緒に運ばれていた娼婦たちが犯され殺された少し後だった。


 ──少しくらい……いいじゃないか。




 § § § §




 深夜。燃え盛る貨物があたりを照らす。断続的に聴こえていた剣戟も聞こえなくなってきていて。

 照明ライトの魔法では照らしきれない陰った範囲を、松明を掲げた男達が誰かを探している。


 荷馬車の帆に包まり隠れていたカトリとジュリアは、次は自分達の番だ。と覚悟を決めていた。


 そんな時。


 ウルリカがバトル・メイスを振り回して飛び込んできてくれた。似合わない汚い雄たけびを上げながら。


 傭兵たちがウルリカに気を取られたからこそ、カトリはその一瞬に躍り出て、奇襲を成功させることができたのだ。

 

 明らかに戦い方なんて知らない動きなのに、傷だらけになりながらメイスを振り回すウルリカ。

 引き裂かれたドレス。頬にはたれた様な痕。なにをされたかなんて、誰にでもわかるような姿で。


 それがジュリアの身代わりをしてくれていた男娼だとはすぐに分かった。


 なのに、思った事は。



 ──キレイ。



 こんな時に何を。と思いながらも、視界に入ってくる蜂蜜色のふわりとした髪。

 不器用に相手の剣を避けて、バトル・メイスを振り回す。

 素人の攻撃が当たるはずもなく。傭兵の斬撃を避けられているのも、奇跡のような物で。

 なのに戦おうとするその姿が、カトリには尊く見えて。


 ──戦乙女……戦いの女神……。


 それは強さから来る軍神ではなくて。

 どんな強敵とも戦おうとする意志で。誰かを助けたいと願う心で。


 そして『絶対に許さない』。その想いが純粋に伝わってきて。



 だからこそカトリは思った。強く思った。

 ──すぐにコイツ等を殺さなきゃ、あの子が死んじゃう!


 誰かに『護りなさい』と言われて誓ったそれとは違う。

 自らの意思で『護りたい』と思った。

 

 そう思うと、いつもより速く剣が振れた。相手の攻撃が遅く見えた。




 続いて駆けつけたミレイユの援護もあって、傭兵団を退けることに成功する。



 生き残ったのが四人になって、旅が始まって。それから少し後、泣いているカトリをウルリカは優しく抱きしめてあげた。



 そこから先も、それ以上も。求めたのはカトリの方。

 ウルリカの唇を奪い、『おねがい』とささやいて。そして体を開いた。



 優しくて、甘くて。今まで知らなかった感覚に身を委ねれば、涙もいつの間にか止まっていて。


 カトリは何度もウルリカに『ごめん』と繰り返そうとしたけれど、その度にウルリカに口を唇で塞がれて、結局一度も最後まで言えなかった。


 ウルリカは何も言わなかった。それでも潜りこんでくる舌先は『もう謝らないで』と、言っている様で。

 それがまた、カトリはたまらなく嬉しかった。


 だから自分を抱きながら、小さな声で一度だけ『シルビア』と呟やいたこの男娼を救ってあげたいと、カトリは思った。


 泣きそうになっているくせに、泣かない。そんな愛しい男娼を。愛して、満たして、また泣けるようにしてあげたい。



 それがカトリのいささか重たい初恋。

 沢山の命が失われて、やっと出会えた。そんな恋。




 § § § §




 ──そんな私がジュリアの事、なにか言える訳ないじゃん。



 あの夜の襲撃の後、自裁しなかったのはジュリアのため▪▪。でも今、カトリが生きているのは、ジュリアとウルリカのおかげ▪▪▪だ。ミレイユと仲良くなれたのも楽しいし。


「カトリ?」


 カトリから笑顔が消えて、少し深刻そうな顔になっているのが、気になって。ジュリアは声をかける。


 カトリは抱いているジュリアの肩を一層強く抱き寄せる。


「今だけは楽しめばいいと思う。悲しい事から逃げてもいいじゃん。ジュリアはいつかソレとも戦って、きっと勝てると思うから」


「大好きな騎士様にそう言ってもらえるなら安心ね」


 優しく語るカトリにジュリアは嬉しそうに微笑む。



 政治なんて、きっとジュリアには向いてない。けれど王位継承権一位となった今はそうも言っていられない。狂王の手から逃れ、然るべき手段で王位を簒奪する。それがジュリアに出来る唯一の対抗策だ。


 いまの狂った父、スティード王では王政を担わせるわけにはいかない。すでに王都の民たちへ、少なくない影響が出始めているのだから。




「あ、カトリ! ミレイユったらまたウルリカにキスしてる! ちょ、今度は長いわよ!?」

「そうだな、そろそろ邪魔しに行くか。ウルリカの身体強化も掛け直さないとだろ?」

「そうね。いきましょ」


 カトリはジュリアの肩を抱いていた手を離す。すかさずその手をギュッと掴んで、元の位置に戻すジュリア。



「このままで!」



 そう言って二人は微笑みあって、速足でウルリカとミレイユに近付いていった。


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その男の娘はバトル・メイスを振り回す。  ほにょむ @Lusuz

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