第9話 ジュリア殿下はお綺麗になられました
「ミレイユー、そろそろ機嫌を直してくれよー」
と、カトリが少し離れたところから声をかける。
ジュリアとカトリの前方を歩くウルリカとミレイユ。
ミレイユはその声を無視して、ウルリカの腕に『きゅっ』と縋り付き、『むぎゅっ』と押し付ける。何を、とは言わないが。
ウルリカも慣れていない訳じゃないから、そういう事で動揺したりしない。
ミレイユのそれが不快であるはずもなく、しっかりとデカイのをウルリカは堪能している。時々、自分から肘でツンツンと突いたり。
ミレイユが小さな声で『やんっ♡』なんて言うのが楽しくて、二人で笑っている。
面白くないのは後ろから見ているだけのジュリアとカトリ。
「派手にいちゃついていたのはカトリなのに。いい迷惑です」
「ジュリアだって、ずっとウルリカにしがみついていたじゃん。同罪だよ」
ウルリカに近付く事を禁止されてしまった二人はつい愚痴ってしまう。
戦えばカトリの方が強いはずなのに、あの時の
ここはミレイユに譲るしかない、と二人の意見は一致した。
それでも『ぶー』とむくれるジュリア。その顔は年齢に見合った可愛らしいもので、カトリは安心する。
ウルリカや娼婦のお姉様達と出会ってから大きく変わった第三王女。
言葉を交わし、気持ちを伝える。そんな事さえ出来なかった『人形姫』がこれ程まで不機嫌そうにしているなんて。幽閉されていた王城の、あの部屋では考えられない事だった。
──顔なんて無表情か、口角を上げただけの薄気味悪い微笑みだけだったのに。
「なんです? カトリ。私をじっと見つめて。ウルリカはあっちよ?」
「いえ、ジュリア殿下はお綺麗になられました。と思いまして」
あの頃の事を想い出していたせいだろうか、カトリの言葉使いが違ってしまって。
「どうしたのよ、急に近衛の時の話し方に戻って。カトリは今の方が可愛いわよ。私はそっちが好き」
ジュリアは『綺麗なんて言ってもらえるのは嬉しいケド』と小さな声で付け加えて。その表情も照れて少し俯く感じで。カトリは本当に変わって良かった、と重ねて思った。
敬語を使わない。その始まりは、ウルリカとジュリアを誤認させるための欺瞞工作からだった。
でも今は違う。
友人だと、そう思っているから。
「そう? ありがと。ジュリアに可愛いって言われると照れるわね」
控えめに言っても美少女なジュリアにそう言われると、嬉しくもあり、恥ずかしくもあり。
「私もこっちの方が話しやすくてさ。敬語なんて近衛に入るって聞かされて急いで仕込まれたニワカ作法だったし」
「ええ、その方がカトリらしくて良いわ。でもそれじゃ、窮屈だったでしょ? お城は」
ジュリアの護衛のために、近衛に入らされたカトリだ。
お堅い礼節よりも木剣を振り回していたり、攻撃魔法の訓練をしている方が向いていると分かっていたからそうしていたのに、突然の辞令だった。
『女性騎士で強い人を』
側妃だった母親の命を奪い、生れ堕ちた第三王女。
それを憎む事しか出来なかった国王の冷遇から、せめて護ってあげる事は出来ないか。出来るだけ自然な形で、目立たぬように。そう動いた一部の家臣が手配した。
「そりゃ、実家の領軍よりかは窮屈だったけどさ。あんなとこでは行儀も何もなかったからね」
飾る事よりも実力が重要な、国境を護る辺境領軍である。敬語なんて二の次で、緊急時には邪魔なだけで。上長を敬う気持ちが有ればそれでいい。というのはカトリの性分には合っていたのだろう。
だからカトリは初め、近衛への入隊は辞退するつもりだった。
けれど『若いうちに色々経験しとけ』と父である辺境伯の一言で王都行きが決まった。
「でも王城に仕えてよかったと思ってる。ジュリアに会えたから」
カトリは『こんな可哀そうな子が居るなんて許せない』と思ってしまった事は言わないでいた。
同情や憐みが先に来てしまった事は本当の事だった。でも今のジュリアとの関係は、決してそんな事の上にあるモノじゃないから。
「私もカトリが護衛騎士になってくれて、本当に良かったわ」
花が咲くような、なんて凡庸な誉め言葉でさえも特別に思えてしまう様な笑顔でジュリアはカトリに告げた。
けれど、次の瞬間にはその顔に影が落ちてしまう。
「ジュリア……」
カトリは、ジュリアが何に対してそうなったかを知っている。もう何度も聞いていたから。
「ごめんなさい。……もう、仕方のない事なのにね」
「ううん。ジュリアが謝る事じゃないよ。ジュリアだって被害者なんだからさ」
「被害者じゃないわ。加害者の娘よ。狂王の第三王女なんだから」
悲痛な声でジュリアは消え入りたいとばかりに俯いてしまう。
父親が行った凶行の責任をどう取ればいいのか、ずっと悩んでいた。
そんなジュリアの姿に黙ってはいられないのはカトリ。ジュリアは絶対に悪くないと信じているカトリは、ジュリアの言葉をただ受け入れる訳にはいかないから。
「でも、それをどうにかしようと帝国で正統政府を組織するんでしょ?」
「それだって、叔父様……ザイン公爵の案ですもの。それに従っているだけ」
「だけ、って……従うだけで出来ることじゃないって」
そんなカトリのフォローの言葉も今のジュリアには届き難くて。
「そもそも、帝国について来てくれる文官が居ないと、私は何も出来ないし……やっぱり私は『人形』でしかないのよ」
そんな事を言うジュリアの表情は悲しみに染まっていて。でも、カトリは安心した。
「ジュリア、人形はそんな悲しそうな顔はしないよ。人形のままなら、私はあなたと友達にはなれなかった。従者にはなれたとしてもね」
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