第8話 ちょっとだけする?
「そう。じゃ、もういいかな。そういう事なら俺のメイスより剣の方がいいでしょ? 任せてもいい?」
ジュリアと楽しんでいたウルリカに、カトリが申し訳なさそうに事態を説明した。
ウルリカは殺しや拷問が楽しくてしている訳では無い。
ジュリアとしている素材集めが楽しくなってきていた今となっては、ちゃんと死んでくれるなら、自分がしなくても『別にいいや』と思っている。
「ジュリア、ごめん。無駄になった」
「ウルリカと一緒に居たいのが本当だから。いいの。こんなのウルリカが要らないなら、私も要らないわ」
そう言って、抱えていた枝や石を放り出して、汚れた手を『浄化』で綺麗にして。
「やっぱり私の手はウルリカに抱きつく為にあるのよ」
ジュリアはウルリカの腕に絡みついて、優雅に微笑む。チラリ、とカトリに視線を送って、『いいでしょー?』と少しばかり自慢げに。
カトリは張り付けたような笑顔で応える。その手には抜き身の剣が握られていたが、いっそう強く握りこまれた事は言うまでもない。
「ダメだよ、カトリ。そんなに強く握っちゃ。指先が白くなってる」
ウルリカは、カトリが柄を握りしめている右手にそっと自分の手を添える。
「カトリ、妬いてるからね? 強く握るのは俺のだけにして」
耳元で囁かれるウルリカの声にカトリは一気に赤面する。『今握っているのがウルリカの……』なんて妄想してしまっては、まともにウルリカの顔なんて見られない。
カトリの唇が可愛く震えて、少しずつ籠めていた力が抜けていく。ウルリカにそんなエロい事を囁かれては立っている事だって難しい。本当はそのまま自分の体をすべて預けてしまいたいほどなのに。
「うん、優しくしてあげてね。カトリの手は優しい手なんだから、痛めてしまう様な使い方はしないでね」
ウルリカは剣の事など何も知りはしないのだが、カトリの固くなった掌が真摯に剣技を磨いてきた手だと分かる。
綺麗なだけのクソみたいな貴族の手を知っているから。そうじゃないカトリやミレイユの手を好ましく思っていて、二人も貴族だけどこんな人達も居るんだな、と嬉しく思う。
──優しい人の、優しい手だ。
§ § § §
失ったものが多すぎた。
ウルリカは、どうすれば良いのかもわからなくなってしまっていて。
そんな自分を必要としてくれる三人の女性からの確かな好意は、まだまだ薄弱だけど生きる意味になっている。
だから自分の右腕に縋って頬を膨らませているジュリアも気になるけれど、今のカトリはウルリカへの気持ちが抑えられない様に見えたから。ウルリカは自分にできる事を考えて。尽くしたくなって。
「アレが片付いたら、ちょっとだけ……する?」
なんて惑わすような事をウルリカは言ってしまう。そしてさらに囁く。
「俺がするのでも、カトリがしたいことでも。カトリの好きなように。なんでも。どんな事でも」
「なんでも、って……! ウルリカ……嬉しいけど、我慢する……」
ウルリカにしてもらった初めて。それが外だったからと平気なワケではない。ましてや今はまだ明るくて、それにジュリアも眠っていないから。
そんなすぐに思いつく言い訳ならたくさんできる。でもカトリが我慢した本当の理由は一つだけ。
──そんな簡単に体を開くなよ、ウルリカ。
自分のためにそう言ってくれた事は素直に嬉しく思うカトリだけど。求めているのは自分の方だと分かっているけれど。
体を合わせる事はもっと大切にしたい。なんて思っている。
ウルリカが男娼なのは知っているし、今までの事はどうしようもない。それが気にならない訳でもないけれど。でもそれは、ただウルリカが男娼だっただけの事。好きになった人がそうだっただけ。
でも、これからの事は違う。それはミレイユも思っていた事で。
カトリはウルリカが今でも自分の操を大切にしていない事が嫌なのだ。
──どうしたら伝わるんだろう……違う、私がウルリカを大事に思ってるって知ってもらうのが先。
『ウルリカの体だけが目当てじゃないんだって、分かってもらえているだろうか』
そんな事まで不安になってしまう。
ウルリカの誘いを断ったのも、気になって。そうじゃないんだ、とカトリは不器用だけど嘘のない言葉をウルリカに聞かせる。
「その、まだ恥ずかしいからさ。それに、始めたらちょっとで終わらせる事なんかできそうにないし」
同じくらいの背丈のカトリとウルリカは、どちらからとなくキスをした。ジュリアからの冷たい視線も、少し離れたミレイユからの怖い視線も無視をして。
「そう。じゃ、ゆっくりできる時に。楽しみにしてるね」
「うん、嬉しい……ウルリカにも喜んで欲しい……な。なんて……」
「うん、いっぱいしようね」
ウルリカはカトリへ甘やかに囁き、カトリはそれを受けて顔を蕩けさせてしまう。
空いた時間の暇を埋める程度、ではなく。ちゃんと好きって気持ちを交換したい。
──あぁ、でもウルリカがしたいって言うなら、道具みたいに扱われるのも……。
「カトリ、メス顔になっていますよ。いやらしい」
「なっ! め、メスって……!」
そんな言葉を使ってきたジュリアにカトリは唖然としてしまって。
二人のやり取りを見て『うはは』と滅多に見せない男の子らしい笑い方と声をウルリカは披露して、視線を集める。
「言い方がヒドイ。ドコでそんな言葉覚えてくるのさ」
「ウルリカと入れ替わっていた時にね。お姉さま達に仕込んでもらったのよ」
「そっかそっかー」
そう言って笑顔のままジュリアを引き寄せて、その頭にキスを落とす。何度も。
嬉しそうな笑顔でジュリアはウルリカの体に自分を押し付けていく。大好きな気持ちが抑えられないのだ、と伝えたいから。
同僚、と言うのだろうか。娼婦の場合でも。
一緒に働いていた彼女達の言葉を受け継ぐ、だなんて言うのは大げさだけど。もう会えなくなった彼女達の事を想い出して、ウルリカは嬉しくなってしまう。
「ジュリア、これからもいっぱいお話ししようね」
「はい♪」
あの子達の言葉を覚えている子と、これからも会話ができる。それはきっと楽しい事だろう。シルビアを思い出して、ウルリカが哀しくなる事もあるだろうけれど。
「わ、私だって、覚えたんだから!」
護衛のためにジュリアと一緒にいたカトリも主張する。
「えっと、お……」
でも、覚えた言葉はどれもこれもちょっとエッチな言葉で。今ここで披露するには少しどころではなく恥ずかしくて、言いかけてやめてしまう。
『メス顔』くらいの使いやすい言葉はすぐには出てこないものだから。
カトリは一人で頬を赤らめて、足を『きゅっ』と閉じてモジモジしてしまう。
ウルリカがカトリの耳にブレス多めに囁く。
「ホントにメスになってるね」
「ひゃう!」
「メスが鳴いたわ」
ジュリアの短い失礼な言葉にさえ、カトリのお腹の下の方は反応してしまう。疼きが止まらなくなる。
──カトリはそうかなって思っていたけど、やっぱりね。
どうやって
「私を放って置いて、何をイチャイチャイチャイチャイチャイチャイチャイチャイチャイチャイチャイチャイチャイチャイチャイチャイチャイチャイチャイチャイチャイチャイチャイチャイチャイチャイチャイチャイチャイチャイチャイチャイチャイチャイチャイチャイチャイチャイチャイチャイチャしているんですか?」
ぽたぽたと鮮血が滴る騎士剣を握った、返り血を避けもしなかったであろう『
薄く微笑んでいるのがまた恐ろしい。
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