第7話 作業。頑張ってね!
ウルリカは男の脇腹から指を引き抜き、立ち上がる。男の顔が緩む。許してくれたと思ったのだろう。
ウルリカはミレイユとカトリに冷淡な、力のない声で呟くように告げる。
「……探してくる……その間に聞きたいコトとか……終わらせておいて」
ミレイユは『わかったわ』と返事が出来たけれど、カトリはただ一度だけ首肯する事しか出来なかった。
「ジュリア……一緒に手伝ってもらえる?」
一緒になんて言いながら、ジュリアを待たずにウルリカは歩き出していく。身勝手な振る舞いは、それも普段のウルリカからは想像も出来なくて。
けれどそれは、この男を殺さないでおくための自制。このままではきっと殺ってしまうだろうから。
足取りは少しでも早く離れたいのだろう、と思わせるもので。
その後を足早に追いかけるジュリア。
追いついて、ウルリカと腕を組む。するり、と。あまりに自然な感じで。幼い頃からの婚約者かのように。『ぴたり』と身を寄せる。
『ぞわり』とジュリアは嫉妬の波動をその背に一身に受ける。でも、そんな事では怯まない。むしろ光栄だ。ミレイユとカトリからウルリカへの確かな想いを感じるのだから。
──ウルリカは愛されて当然よ。大切にされて当然なのよ。好きにならない人なんている? 居るわけがない! 今までの扱いが間違っているのよ!
ジュリアの熱い想いが止まらない。
「ふふん♪」
なんて、ご機嫌に振り返って、ミレイユとカトリへとエールを送る。
「
その声を聞くが早いか一瞬で、カトリは剣を抜いて男に斬りかかろうとする。
「カトリ! なにやってんのよ!やめろ!」
「コイツ殺して、私もウルリカのとこに行く!」
「やめっ! ウルリカが死んだみたいに聞こえる! ウルリカだって我慢してくれたんだよ! それを無駄にするな!」
カトリを背中から羽交い絞めにして、振り上げられた剣を止める。しょぼんと力を抜いたカトリが、だらりと腕を下す。けれど抜き身の剣を握りしめる手の力はそのままに。
カトリから手を離して、ミレイユは男に話しかける。
「おい、見てみろ。お前を痛めつけた人が何をしているか、分かるか?」
男はウルリカとジュリアの方を眺める。
地面に落ちている何かを拾っては『これは?』『これなら』などと言いながら互いに見せ合い笑っている。
ここがお花畑なら、じゃれ合いながら花冠にどれを使おうか、と微笑みあっている姿にも見えるのだけれど。
あいにくここは、昼でも薄暗い森の中。魔獣や獰猛な獣の気配さえ漂う場所。
石や枝を拾いながら笑う二人の少女。その一人が実は男だとは誰も思わない。
だからこそ、第三
「わかんねぇよ……」
抵抗する意思はもう無いのだろう。こぽこぽと脇腹から血を流しながら、青ざめた顔でミレイユを力なく見つめる。
ミレイユは同情するつもりは無いが、拷問される男を哀れだとは思う。復讐という目的しかない拷問に助かる道は無いのだから。
しかもこの男本人には復讐される謂れが、今日襲い掛かってきたこと以外に無いというのがまた、悲惨な事でもある。
襲撃者=アイツら。という決まりごとが、ウルリカの中に確立してしまっているのだから。
しかし同じ目的で襲い掛かってきているのだから、違うとも言い切れない。
ウルリカにとってコイツも、大切な人を奪ったヤツらと同じなのだ。
ミレイユは言って聞かせる。ウルリカが何をしようとしているのかを。
「お前のナカに突っ込むモノを探しているんだ。凌辱され犯しつくされた、彼が大切に思っていた皆の報復に。丁度いい長さの枝。へそを突き破るくらい長いのも。太いのや細いの。重たくて尖った石。歪で珍しい形、なんてのも選びがちだな。入りそうなトコならどこにでも入れようとする。眼玉が邪魔だから最初にくりぬかれるから覚悟しておけよ。穴が足りない時は、お前の脇腹みたいにナイフであけられて突っ込まれる。外からだけじゃない。腹を切り開いて内臓を引きずり出してから、何個石が入るか、なんてのもやってたな。笑いながら予想して誰が一番近いか遊んでた。その時は私らも参加するんだ。まぁこんな旅だ。少しくらいの娯楽は必要だと、お前も思うだろ? 他にも花瓶に花を飾るようにされてたヤツもいた。小汚いそこらの草や枝で、だけどな。なかなかの腕前だったよ」
カトリが言葉を繋げる。
「私らも片付けが面倒でさ。とどめを刺さずに生きたまま放って置くんだ。しばらく歩いていたら、遠くから魔狼の鳴き声とお前みたいなヤツの悲鳴が聞こえてくる。その時、あの二人がすっげー幸せそうに笑い合うんだ。私ら、それ見て『良かったなぁ』ってほっこりするんだよ。お前、命は無駄にならないぞ。最後まで私らを楽しませてくれるんだから」
ほんの少しの哀れみを含んではいるが、ミレイユとカトリが語る言葉には襲撃者たちへの憎しみを強く感じる。
ウルリカ達が運ばれていた輸送隊の隊長がミレイユで、カトリはそれに同行していたジュリアの護衛騎士だったのだ。
多くの仲間を殺された。騎士として、どうしても守らなければならない一人だけは助ける事が出来たのだが。
それだってウルリカが居てくれたからに過ぎない。二人が自裁せずにいるのは、ジュリアを無事に帝国に送り届ける使命の為だけだ。
そんな恨みを込められたミレイユとカトリの言葉を受けて、男は『はんっ』と吐き捨てるように、青白くなった顔に諦めの表情を見せて言った。
「なんだよ、どうせ助からないのか」
カトリが殺意を込めて、バカを見る眼で男を蔑む。
「助かる可能性が有ると思ってたのか? ムリだろ」
男はその言葉に『ぐっ』と息を飲む。期待していた訳ではない。こんな事なら、戦闘中に死んでいた方がマシだった。と、どうする事も出来ない後悔をしていただけで。
「お前らのようなヤツらにグチャグチャにされたが、私は小さくとも一個の騎士隊を率いていた身だ。お前がどんな悪人だろうと、命を弄ぶのは本意ではない」
ミレイユの言葉に男は一縷の望みを見出したのか、期待を隠しきれない縋るような視線で小さな声を出す。
「なら……」
「お前を生かす理由も無い。しかし、お前が役に立てるというなら、楽に死ねるように取りなしてやろう」
男は、もうどうでもいい。とばかりに自分の知っている事を話し出した。
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