第6話 お前のちっちゃいヤツとお揃いだね



「へー。意外と良い服着てるんだ」


 カトリに借りたナイフを使い、木綿だが丁寧に仕立てられたシャツのボタンを一個づつ切り飛ばしていく。ボタンもウォールナットを使った出来の良い造りだ。

 ウルリカの目利きは相当なものだが、客商売をするなら当然の知識だと思っている。


「~♪」


 鼻歌交じりで進めていく作業に、男も三人の女も見守っている。


 男は期待を捨てきれず、女達はウルリカの行動にそろそろ我慢が出来なくなってきている。

 ジュリアの『我慢できない』は少し種類が違うようだが……まぁ、言葉にすれば同じだ。


 ボタンの最後、その一個。さすがに喉元近くで無造作に振るわれるナイフに男は緊張したが『ピンっ』という音と共にはじけるボタンを見て、安堵のため息を吐いた。


 これから起こる事も想像せずに。



 ウルリカは気楽な薄い微笑みをたたえて、男のシャツをくつろげる。


「だらしない体だなぁ。気ままに過ごしすぎじゃない?」

 

 揶揄う様に、でも優しく。『楽しいよね』と言いたげな口調に男の股間はまた硬くなる。それも見透かして、ウルリカは微笑みを張り付ける。


 跨ったまま、見下ろして。グニグニとお尻を押し付けて。それから男の乳首をコリコリと左手の人差し指で転がして。微笑みは妖しさに変わり、口元を歪める。


 喘ぎ声を我慢しているであろう情けない表情に吐き気をおぼえても、グッと我慢して。



 そのまま男にキモイ声を上げさせる暇もなく、ナイフを脇腹に突き立てた。

 

 喉を潰すような酷い悲鳴が響く。

 

 そのまま気持ちの良い事を期待していた体は弛緩しきっていて、無防備に刃を受け入れた。そんな状態からは耐え切れず、随分と情けない声をだしてしまったようだ。

 

「汚い声を出すなよ」


 男の左わき腹に食い込んだナイフから血が流れる。

 抜けばもっと溢れ出すのだろう。


 ロープで縛り付けられた体ではどんなに暴れても腰に跨っているウルリカを跳ねのけることは出来なくて、無駄に捻じる事しか出来ていない。


「お前に聞きたい事があるらしくって殺さなかったんだ」


 ぐりぐりと押し込んでみたり、傷穴を広げるように回してみたり。

 ウルリカはナイフを使って男の体で手遊びを始める。



「お腹はすぐに死なないって聞いたし、このナイフならナカの奥まで届かないし。あ、お前のちっちゃいヤツとお揃いだね。『ナカの奥まで届かない』……っぷ」




 嘲笑し、そして妖艶な笑みを浮かべる。それはきっとウルリカの夜の顔だったのだろう。まだ引き出せていないその顔をミレイユもカトリも羨ましく思った。

 もちろん、酷い事はされたくはないけれど。でも、そんなに妖しく微笑まれたら、きっとなんでも許してしまうだろうな、なんて考えてしまう。


 そんな視線に気づくはずもなく、男はナイフを刺激されるたびに『ぐえっ』や『ヤメテ』と汚い叫びを響かせる。


「これくらいで大げさな」


 そう言ってナイフを一気に引き抜く。また悲鳴が聞こえたが、ウルリカは呆れた声で呟く。


「お前らってホント、ヤられる側に回るとザコいよな。ヤる側ん時の強気はどこいった?」


 そう言ってウルリカは男に付けた傷口に指を突っ込む。ズボッ。と音をたてて。グニグニといじくりまわす。


「なんだ、そのこらえ性のない声は。少しは頑張れ。死にはしないよ。殺さない。ミレイユにお前を渡さないといけないからね」



 濁音だらけの小汚い悲鳴はもう沢山だと言いたげに。

 それでもその指は止まらない。

 ナカをいじくりまわし、囁く。


「ん?どうした?こんなに濡らして。先走りか?溢れてくるぞ」


 ドロドロとグポグポと溢れてくる血を見てウルリカは言った。

 イヤ、それは違うだろ。なんて誰も言えなくて。


「あまり暴れるなよ。ヤりにくいだろ?」


 ウルリカは冷たく言い捨てて、ミレイユとカトリに肩と足を押さえつけておく様にお願いする。

 お願い──なんて、言い方だけで。命令のように聞こえてしまった二人だった。それがとても寂しくて、哀しくて。でも、ウルリカが『そうしたい』って気持ちは良く分かってしまうから。だから、黙って従った。


「お前も女を犯すときには仲間にそうさせてるよな?」


 返事を期待する質問では無くて、『だから諦めろ』というメッセージ。そして表情も変えずにウルリカは続きを始める。ずぽずぽグニグニと、手遊びを。



「ほら、二本。指。感じる? ん?」


 もうその頃には、傷口には空気が入り込んで、小さな真紅の泡まで出来上がっている。

 ウルリカは『お前の血にも綺麗なトコあるんだ?』と呟く。男の悲鳴にかき消されてはいるけれど、男の肩を押さえつけていたミレイユは唇の動きを読み取った。


 ──コレを見て綺麗って……ウルリカ……


 真っ赤で薄い透明な泡は、確かに綺麗と言えなくもないが、この状況でその美的感覚は正常な精神では出てこないだろう。


 ウルリカが壊れている事は知っている。その原因になった場面にミレイユもカトリも、ジュリアも居たから。



「ホラ。いいよね? これ、好きだろ? 嘘でも喘いでみせろよ。『ぁんっ……♡』 ってさ」


 俄かに喘ぎだしたウルリカに驚いた三人だけど、聴いていたい様な、他の男との声なんて嘘でも聞きたくない、なんて想いが交錯していく。


 頭では聞きたくないと思っているのに、お腹の下の方では『もっともっと』と欲しがっている。

『キュっ』となる度に、おかしくなる。いやなのに、と思っているのに。止まらない。


 そんな女達を気に掛けるでもなく、ウルリカは続ける。



「やっぱりさっきより良い? コレが気に入ったの? もう一本増やす? 答えろよ! 黙ってんじゃねーぞ! ゴラァぁ‼」


 甘く蕩ける様な声からの怒りを露わにした叫び。


 そしてウルリカは男の頬に全力の拳を振舞ってあげた。大きな音をたてて、男の悲鳴が鳴りやみ、恐ろしさで顔が凍る。


 慣れているのだろう。されてきたから。いつ、どうすれば良いのか。ウルリカはその身をもって知っている。


 ミレイユの思考を遮るウルリカの、彼らしからぬその暴言と暴力。明らかに普段 のウルリカの語彙ではない。口調も、発想も。


 だから思い至ってしまう。


 ウルリカがそう言われて聞かされて、そして犯されてきたのだと。


 知っていないと出てこない。そんな言葉。そうやっていろんな事を仕込まれてきたのだろうか。


 ミレイユは唇を噛んでしまう。過去に戻って、ウルリカを抱きしめる事は出来ないだろうか。そんな性の暴力をぶつけられる事がない様に、守ってあげられないだろうか。


 ──これからはもう、させないから。

 


 ミレイユが心で誓っている間も、ウルリカは指の動きを止めない。むしろもっと速めている。ジュポジュポグポグポと音を立てながら男は悲鳴を上げ続ける。


「イクときは、イクって言えよ?」

「イクからッ!もうイクからぁっ‼やめっ!やっめ……てっくれっ!許っしてっ……」



 ウルリカの瞳から光が落ちる。




「許して……って。それをお前が言うの?」





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