魔眼少年と盲目少女
magnet
「ねぇねぇ、こっち見て」
「んー、何?」
「はい、これでもう君は俺のモノ」
「うんっ……!」
俺の名前は
仮に、目を合わせて微笑んだ暁にはもうとんでも無いことになってしまうだろう。……まだ試したことはないけどな。
そして俺はこの能力を魔眼と呼んでいる。
この能力が使えるようになったのは中学二年生に進学した時のことだった。俺は親の教育の下、人の目を見て話すことを義務付けられていたのだが、何故かその時から話した女の子に好かれてしまうのだ。
最初は喜びよりも困惑が上回った。中一の頃は見向きもされなかった筈の女子から急に積極的なアプローチを受けたら誰でもこうなると思う。
ただ、この事実に気づいてしまった俺は舞い上がってしまった。昇天してしまった。そしてそこから色んな女子と目を合わせるようになった。
最初の方は付き合ったりもしていたんだけど、段々面倒臭くなって女の子を落とす方向へとシフトしていった。だって束縛とか面倒臭いじゃん? 俺は俺が好かれればそれでよかった。
そして夏に入った頃、クラス全員を恋に落とした。俺はまるでゲームをしているような感覚だった。
そしてクラスという第一ステージをクリアした俺が向かう先は当然、学年だった。
「あ、この仕事お願いしてもいいかな?」
他クラスの人とも目を合わせられるように、俺は生徒会に入った。生徒会に入ると同じ生徒会のメンバーだけでなく、人前にも出ることが増えるため、そこでも視線を稼ぐことができたのだ。
そしてその時のブームは俺は真面目に仕事をしている傍ら、女子を恋に落とすことだった。本人からしても全く訳がわからないだろう。特に親しい会話もせず、一緒に仕事をするだけで、前に立っているのを見るだけで好きになってしまうのだから。
そんなこんなで冬休みを迎えようかという頃、俺は学年にいる百名の女子にリーチをかけた。そう、九十九人の女子と目を合わせたのだ。
生徒会の立場は学年のメンバーを把握するのにもとても役に立った。なんせ、いつでも名簿が見られるからだ。そして残るは一人、あと一人落とせば俺はこの学年を制覇したことになる、そんなところまで上り詰めていた。
そして俺はその子のクラスを確認し、生徒会への勧誘という口実で会いに行くことにした。基本的に生徒会は人気が無くて人手不足だ。だから勧誘という行為も不自然じゃない。それにどうせ断られるから後腐れもなくてとても有効なのだ。
俺としても目を合わせさえすればオッケーなのだからウィンウィンだ。
「あのーすみません」
俺は声をかける瞬間までそんな気楽な考えをしていた。
「は、はいっ!」
この時は考えてもいなかった。まさか全く目を合わせずに人と話す人がいるだなんて。
その日、俺は初めて敗北という二文字を味わうことになった。
最後の女子は、最後に残っただけのことはあったということか。話している間常に視線は、宙を彷徨っているか、モジモジしている手に送られるかの二択だった。
資料を見せたり、身振り手振りなどを使った視線誘導も全く効いている様子は無かった。これは、最後にして最強の敵かもしれない。百里を行くもの九十を半ばとするっていう言葉があるが、九十九里を持って一里とせよ、に変えたほうがいいんじゃないか?
それほどの衝撃だった。
そしてそこからの俺の生活は、彼女を落とすためだけに充てられた。
まず俺は最終目標の女子についての情報を再度確認した。彼女の名前は
今、手元にある情報はこれだけだ。しかもこれは親しければ、いや親しくなくてもある程度彼女に興味があれば簡単に手に入る、いわばパブリックな情報だ。
彼女と目を合わせるためには、よりプライベートな情報を入手して会話をする必要がありそうだ。これはかなり厳しい戦いになりそうだな。
次の日から俺は、音無さんを意識せずにはいられなかった。なんせ、百戦錬磨、常勝無敗のこの俺がまさか目を合わせられないという理由の為だけに敗北するとは思わなかったからだ。
ただ、魔眼という特性上、確かに目を合わせないという対策は極めて効果的だ。
ん、ということは俺が魔眼を持っているということを知っているのか? まさか相手もまた魔眼持ち!?
いや、流石にそれはないか。だって、目を合わせないのに魔眼の力使えるわけないもんな。
だが、依然状況は厳しいままだ。話しかけようにも生徒会というカードを切ってしまった以上、もう話しかける話題もない。ここに来て今まで魔眼に頼っていたことが仇になるとは……
そう、俺には圧倒的なコミュニケーション能力が不足しているのだ!
って、別にそんな堂々と言うことでもないか。でもこれ非常に問題だ。今までは魔眼のおかげで俺は普通に人と会話することができていた。その安心感が無くなった俺はあまりにも無力。人としての大事な能力が失われているといっても過言ではない。
どうする、目を合わせる為に話しかけねばならないと言うのに、俺は目を合わせないと人に話しかけることもできないのか。
こうなったら、何がなんでも、どんな手段を使ってでも目を合わせてやるっ!
そこから俺は、生徒会という人前によく立つ立場を利用して、あらゆる手段を講じた。時にわざと転んだり、大きな声を発したり、落語的の真似事をして声のトーンに緩急をつけたり、間を使ってみたりしたがどれも効かなかった。
というか、そういう場では顔すら上げてなかったことがほとんどだった。
そんなこんなで苦戦する日々が続き、俺はいつしか頭の中に常に音無さんがいる状態にまでなってしまった。
そして疑問に思った。なぜそれほどまでに人と目を合わせないのだろうか、そもそも彼女はどんな人生を歩んでそうなったのだろうか、と。
この時の俺はまだ気がついていなかった。自分が今、どういう状態にあるのか。
俺が敗北を味わってから、二ヶ月くらいが経っただろうか。俺の生活は完全に音無さん中心の生活へと変わってしまった。
気づけば常に彼女を探してしまっているし、授業中も彼女のことばかり考えてしまっていた。
これじゃあ、まるで俺の方が音無さんのことを好きみたいじゃないか。音無さんに俺のことを好きになってもらわないといけないのに……
「はっ! ま、待てよ」
俺は悪魔的な閃きをしてしまった。それは、俺自身が告白する、というものだ。
告白、それは俺たち中学生にとってあまりにも大きすぎるカードだ。そのカードを切るだけで結果の成否を問わず、多くの人間に注目されてしまう。
それに加えて、そこに事の顛末の情報まで乗っかればもう、俺が全校集会で人前に立つのとは比にならない視線を否が応でも集めてしまうだろう。
そして視線を集めることは俺にとって好都合だし、他人にとってもそれほどの事だから、告白された側は確実に俺の方を向かざるを得ない。
仮に断るとしてもその返事をする際、俺の目を見さえすれば恋に落ちるのだ。俺にとって完璧な作戦だった。
そうと決まってからの俺の行動は早かった。
その日の放課後、俺は文房具屋さんにより綺麗な手紙を購入した。そして、心を落ち着かせ綺麗な字で手紙を書いた。そう、内容は定番の体育館に呼び出すものだ。
その翌日、俺は誰よりも早く学校へ向かい、音無さんの下駄箱へとその手紙を投下した。
これでもう後は放課後が来るのを待つだけだ。
俺はその日、放課後までの記憶が一切無かった。気がつけば授業を終え、飯を食い、放課後になっていた。それほど緊張していたのだろう。だが、勝利は目前だ。
二ヶ月もの間俺から勝利を奪い続けた敵から漸く勝ちをもぎ取ることができる。
あんなに悩んでいたことがこんな簡単な一手で覆るとは、勝利がどこに転がっているかは分からないものだな。
俺が体育館裏へ到着すると、音無さんはもう既にそこにいた。
あ、あれ? ちょっと待て音無さんってあんなに可愛かったっけ!? いつも眺めてた筈なのにいざ向こうもこちらを見ている状況となると話が変わってくる。え、不味い、目が見れない。これじゃあ魔眼の力が……
「っ!?」
恐る恐る近づき目を合わせると、そこには嬉しそうな、それでいて今にも泣き出しそうな顔をした音無さんが立っていた。
そうか、君も……
❇︎
「ねぇねぇ、聞いた? 三栗くんと音無さんが付き合ったらしいよ?」
「え、マジで? あんなにイケメンなのに?」
「そうだよね! 結構意外。でもまあ、何かお似合いじゃない?」
「え、そう?」
「ほら、音無さんはオタクな感じだし、三栗くんもほら……」
「あー確かに。あの人、厨二病だもんね」
魔眼少年と盲目少女 magnet @magnetn
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