1-3
本日143回目。
この身に脊髄まで染み渡らせた浮遊感。
空に浮かぶ感覚を覚えた私の身体は、空を飛んでいる。
物理的に。
「いったぁ!!」
強かに叩きつけられるのは、固く締め固められ砂利や尖った砕石が表面に露出している地面。
ダイブした背中に突き刺さる小石。ジクジク響く鈍い痛み。
顔を上げると、赤茶けた髪色をした女の顔が映る。
痛みに悶える私を見下ろし、彼女は笑顔でこう告げる。
「ちゃんと動きを見れていない! 次!」
もしも彼女に物申すことができるのであれば、私は大声でこう言いたい。
鬼かよ。
「朝から動きっぱなしじゃないですかぁ。少し休みましょうよエミコさん」
情けなくへたり込んだ私の顔横すれすれに、鋭く黒い、棒のようなものが勢いよく地面へと突き刺さる。
小気味のいい、どころではない。
もし、刀がレイピアと同じような扱い方ができるのであれば、それが地面に突き刺さった時はきっとこんな音が出る。
地面を切り裂く音。
頬にうすらと付いた切り傷から、流れ出ることを忘れていた血液が、思い出したように一筋垂れる。
恐る恐る音の根源を確認すれば、それは脚。
黒を基調とした動きやすい訓練服に纏われた、人間の脚。
地面を切り裂く音を立てたその脚は、一点のヒビもなく、10数㎝ほど、そこに突き刺さっていた。
(明らかに人間が立てていい音じゃないでしょ!)
人間離れしたその技にぞっとする。
ゆっくりと、その脚の持ち主を辿ると、彼女は相変わらず、笑顔を浮かべている。
「休もうって問いかけて、Dは一緒にのんびりとお茶でも飲んでくれるの? くれないでしょ」
困ったような声音のくせに、彼女の笑顔は崩れない。
『困ったような笑み』すらも見せない完璧な笑顔で、彼女は私を蹴り上げた。
本日144回目の浮遊感。
抵抗すらできずに大空を仰ぎ、また、その一部となっている私は、放物点その天頂。
青空を切り裂く文句を叫んだ。
「エミコさんの、鬼ぃ!」
遥か下方に見える、どこにでもいそうな赤っぽく明るい、焦げ茶色の髪。
細かい毛がふわふわと浮き上がっているボブヘアーの彼女は、高らかに笑い声を上げながら私の落下を待っていた。
「なんとでもお言い!」
何回落ちても慣れない下降感。
ジェットコースターよりも鋭い落下に、本日何百回目かの悲鳴を上げた。
「ぎゃあああ!」
西暦2×××年。世界の上空を、一体の巨大な機械仕掛けの女神像が覆った。
それは世界の青空の、一部と言うにはそれなりに広範囲な空を隠し、Dと呼ばれる敵対生物を産み出し、人類を虐殺し始めた。
それに対抗するかのように生まれた変異細胞。
X細胞と呼ばれるそれは、世界に0.01%と、ごく少数ながら発見される。
人類から外れた能力をその身に宿す者たちが現れ始めたこの世界の片隅で、なぜ私は空へ蹴り飛ばされているのか。
今でも思い出す。
あれは数日前のこと。
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