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さて、今や義務教育で習うZ、D、それからX細胞の影響力は、私が幼気な小学生? 中学生? くらいの頃には既に猛威を振るっていたわけだが。
それによって世界の何が変わったかと言えば、毎年の健康診断等で『X細胞の有無』という項目が付け加えられたこと。
それに『有』と記入された人は例外なく、D対策軍に入隊しなくてはならないこと。
主にロシア周辺の国々の、国境防衛軍が強化されたことが、たまにニュースで流れること。……くらい。
我が故郷、そして現在も世話になり続けている愛すべき祖国、日本ではと言えば。
特に何も変わったことは無い。
本当に、日常に、これっぽっちも、変わったことなど、無い。
Dが出現するZの子宮、及び膣口はロシアに向け、鎮座しているため、初手の被害はロシアに集中することとなるし、二次被害はロシアと陸続きになっている周辺各国に向けられている。
生み落とし場所が近いからという理由で、モンゴルと中国の一部分もよく被害に遭っていると、ニュースで報道されている。
しかし、同じ陸続きであるとはいえ、離れているためか、その前に殲滅されているためか、単に報道されていないからなのかは知らないが、ヨーロッパ各国の被害は中々聞くことがない。
それに対し、陸としては近いが、海で遮断されている我らが日本へは、Dの襲来は報道されない。
直接の被害と言うのも聞いたことは無いし、大々的に国内で、X細胞発現者がDとの戦闘によって命を落とした、なんてニュースも聞かない。
今のところ、日本はとても平和だ。
強いて影響を上げるとするのならば、上空にあのような、巨大な鉄の塊があるものだから、日照時間が短いということ。
日を充分に浴びることができないから、当初は作物が不作となり、バラエティーを賑わしたのを覚えている。
そんな不作に対して、人類が取った対策は屋内栽培。
照明の光や温度を充分に管理されたビニールハウスなど、屋内栽培が盛んとなり、今では野菜の値段は、パニック当初と比べて随分と値下がりしている。
また、人間の身体にとって、陽の光が必要であることを示した事例もあった。
その一例として、あれが現れた当初は体や精神の不調を訴える患者が急増したのだとか。
しかし人は慣れるもの。
十年も経てば、身体は短い日照時間の中ででも、なんとか健康を保とうと順応するらしい。
そのような患者は、日に日に数を減らしている。
今では、あちこちのご家庭にいる奥様が、井戸端会議やなんやで、洗濯物が乾き辛いなどと文句を言う程度の異変。
あるいは、ふと上空を見上げれば、鉄の塊に線を描いて、それを滑らかにくり抜いた、瞳孔を描き忘れた巨大な瞳と目が合って、ひどく不気味に思うとか。
それから、自衛隊員を身内に持つ人たちが、訃報に嘆き悲しむのを聞くくらい。
X細胞が発現した自衛隊員は国内に留まり、そうじゃない人たちを諸外国の応援に向かわせているのだとか。
X細胞発現者でさえ犠牲となるのに、発現していない人間がDに立ち向かえばどうなるのか、火を見るよりも明らかなのに。
私は、そんなことを本日143回目となる、空に投げ飛ばされた浮遊感とともに、頭の中でふわふわと考えていた。
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