マキナ

宇波

1 Laugh, Junior

1-1

 西暦2×××年。世界の上空を、一体の巨大な機械仕掛けの女神像が覆った。

それは世界の青空の、一部を隠してしまった。


 彼女の脚先は北極海に届き、右腕が中華人民共和国の端っこを通過しながら、大きく伸びをしたように広げられた指先はインドネシアやパプアニューギニアを通り越した。


 その身体のほとんどはユーラシア大陸に属し、また、その大部分がロシアを覆っていた。


 彼女は『Z』と呼ばれている。

日本にある北海道、東北、関東、それから東海のほんの一部までを覆っている、女神像の顔面左側に刻まれた刻印から、そう呼ばれ始めた。


 Zは通称、『D』と呼ばれる、物体を無数に生み続けた。

それの見た目は、機械仕掛けの女神の子供らしく、機械の成りそこないが人間の真似をしたような、二足歩行の人型機械。

鉄のように重くて暗い色をした骨組みに、無数の歯車がカチカチ回り、それによって手足を動かし、口を開閉させる。そんな機械。

人間の身体を真似しているのだろうか。胸に鎮座しているのは赤色の器官で、それが脈動を続けているのがやけに生々しくて、不気味さを煽る。


 Zは、世界を混乱に陥れた。

初めはどこにでもあるニュース速報で、突如として女神像が現れたというもの。

それだけでも世界に激震が走ったというのに、あろうことかその数日後。

再び放映された速報では、ロシアの都市、チョクルダフで死者が出たと言う。


 初めての被害者は、上空から『大きな鉄の塊』のようなものが落下し、その下敷きになって亡くなった。

この、大きな鉄の塊のようなもの。

これこそが、Dだった。


 Zは彼らを産んだのだ。

この、ロシア、チョクルダフ上空に位置した膣口から、鼠のように次々と。

実にバリエーション豊かな、大小さまざまなDを産み出した。


 チョクルダフでは、重い鉄の塊、Dに潰されて絶命した人を皮切りに、人類の虐殺が始まった。

 Dは想像を超える規格外の力を持ち、赤子の手をひねるよりも簡単に、人類を屠っていった。

その威力を一番的確に表す言葉は、人の形をした戦車。

Dは人類の虐殺という使命を背負った、機械仕掛けの女神から生まれた戦車だったのだ。


 物理的に人間を捻ることなど朝飯前。

腕や胸に銃砲を搭載している者もおり、Dはその連射を用いて、広範囲に及ぶ虐殺を始めた。


 この虐殺を生き残ったチョクルダフ出身の男性、エヴゲーニイは後にこう語る。


「地獄はきっと、チョクルダフの何倍も生易しく、救いのある場所だろう。あれは、正に地獄を煮詰めたような悪夢だった」



 『X細胞』と呼ばれる変異細胞がある。


 それは空に女神像Zが現れた頃に、ごく少数ながら発見される。

そこから無限に生み出されるDが、ある程度広がった頃から、世界の各地で大々的に発表されることとなった。


 その細胞は、人類の中でも極稀に現れる変異細胞。

なぜ現れたのか? どのようにして生まれたのか?

それを科学的に証明のできる科学者は、この時代には一人もいなかった。


 ただ、誰の目から見ても明らかで、はっきりと分かりやすい特徴がひとつ。


 X細胞。

それが発現した人類は、皆一様に規格外の能力を得ることとなった。


 ある者は炎を吐き、またある者は、何トンという巨大な物質を浮き上がらせることができた。

 戦闘向きの能力がよく目立つが、かと思えば、何十キロメートル、何百キロメートルと離れていても、対象者に自身の思考を届かせることのできる通信者も現れた。


 人類から外れた能力をその身に宿す彼らは皆、世界の救世主などと持て囃された。

今まで想像もし得なかった大それた力をその身に宿すから。

それこそ、Dと渡り合えるほどの。


 Dを、そしてZを殲滅させるべく、世界の軍事機関はX細胞を持つ者を集め、軍隊を編成しようと目論んだ。

しかし、事はそううまく運ぶことは無かった。


 突如として出現した上空の敵対者たちと同じ頃に、突然X細胞を発現させた人間は、非常に希少であった。


 世界でたったの7万人。

それが、X細胞を持つ人間の数。

世界の総人口の、0.01 %ほどしかいないと言われている彼らは、世界の危機を救うには、あまりにも少ない。


 世界各地でまばらに現れた彼らを集め、国境を越えて軍を編成し、Zを墜とすには、分からないことが多すぎた。

半ばギャンブルとなるその作戦を封じ込め、各国はX細胞が発現した者たちを自国のみで囲い、Dに対する防衛戦へと駆り出した。


 しかし、それを持ってしても尚Dの力は強大で、X細胞発現者たちが次々と犠牲になっていった。


 Zが出現してから十年目。

各地の被害は留まることを知らないままだ。

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