002 きっと都合の良い夢でしょう

 結局のところ、千菊せんぎくさんはめちゃくちゃ良い人だった。

 高レアの交換を快く受けてくれて、配布のプロモカードをカウンターまで一緒に貰いに行ってくれて。二人プレイモードは私が百円玉を切らしてしまっていたせいで出来なかったけれど、まほフレ――まほらぶを愛する者同士として、中々充実した時間を過ごせたと私は思う。


「――小雨こさめってさ、アニメまで見てんの?」

「見てます見てます! うちの子の供給は筐体からしか吸えませんし、プレイする時に公式キャラは中々選びませんけど……でも、皆尊くて」

「ああ、良いよな。ありすとペトロの熱い戦いとか」


 ああやって過ごしていれば、途中まで一緒に帰ろう、という誘いを断る理由も無くなって。私達は二人並んで日が落ちかかる中を歩いていた。青春アニメめいたシチュエーションは、自然と私を饒舌にさせる。


「そう! 最新話の展開ヤバくなかったですか!? あんなの実質告白……」


 そこまで言いかけて、私は口を押さえた。

 まずい、思わずテンションが上がって口が滑ってしまった。

 いくら同じまほフレでも女の子同士の感情を重視して、そこからカップリングへと脳内で変換しているかは分からない。それにそんな楽しみ方世間的には少数派だ。ドン引かれるのでは、と私の顔から血の気が引いていく。

 せっかく知り合えたまほフレを失うのか、私。


「――どっち?」

「え」


 どっち、とは。

 思わず私は足を止めた――足は、止まったのだが。

 ぐらり、世界が揺らぐ。

 だんだん、体がずぶずぶと沈んでいく。

 まるで足元が丸ごと生クリームの海に置き換わってしまったみたいだ、なんて。


「小雨!」


 咄嗟に伸ばした手は宙を掻いただけで、何も掴まない。叫ぶ千菊さんの声は、どこか遠くて。

 私の体も、意識も。深くへと落ちていった。



「――い!」

「……んん」

「――おい! 大丈夫か!?」


 意識がゆるやかに浮上する。最初に感じたのは暖かく、柔らかい感覚。

 ゆるゆると開けた目は、薄暗い中でもキラキラと煌めく橙色の瞳を捉えた。長い黄色の髪が私の顔へとカーテンの様に落ちかかって、くすぐったい。

 というか、この体制。明らかに膝枕というやつなのでは。

 遅れて理解した私は、反射的に転がり落ちて彼女から離れる。こんな、まるでアニメから出てきた様な美少女に膝枕で介抱されるなんて恐れ多すぎる。


「すすす、すみましぇんっっ! わわわ私なんかがあなたみたいな方の膝枕を」

「あはは。そんだけ元気ありゃ大丈夫みたいだな。小雨」


 思わず正座した私に美少女はけらけらと笑う。

 ようやくここで、私は彼女の姿をきちんと見た。

 髪と似た黄色を基調としたチャイナドレス、長いハーフサイドテール――もふもふの狐耳と尻尾。特に耳と尻尾はぴこぴこと動いていて、どうにも作り物には見えない。


「……そうか。さっきまでのは全部夢」


 全て理解した。私はそう結論づける。

 当然目の前で展開されている光景にも現実味は無いが――そもそも転校生のカースト上位っぽいギャルがまほフレで、私なんかに声をかけてきた時点でおかしい。冷静に考えてそんな都合のいいイベントが現実に起きる訳が無い。オタクに理解の有るギャルなんて空想上の生き物だ。


「夢じゃねーよ。このままほっときゃお前は死ぬ。お陀仏だ」


 ふいに、影が差す。

 振り向けば、真っ黒い魚の様なナニカが大きな口を開けて私へ迫ってくるところで。

 これは夢。夢、だけれど。それでも体は縫い留められたみたいに動いてくれない。


「――だから。オレが助けてやるってワケ」


 光が、辺りを照らす。

 輝く何本もの矢が、魚の様なナニカへと殺到し――そして貫いた。

 穴だらけになりながら私の目と鼻の先へ落下したそれは、やがて宙へと溶けて消えていく。


「……ふー。まだ終わらねえし、流石にアイツが本命じゃねえか……やれやれ」


 美少女さんは、肩を竦めてため息をつく様まで美しかった。

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魔法少女さめこは理想と踊る きなこどり @kinakodori

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