魔法少女さめこは理想と踊る

きなこどり

001 いるんですね、こういうギャル

 かわいい。非常にうちの子はかわいい。


 画面の中で歌って踊るお下げ髪の真っ青な少女を前にして、私――百合中ゆりなか小雨こさめは昂ぶる心を抑え込み、真顔を決め込んでいた。

 何故ならばここは自宅でなく、近所のスーパー内にある小ぢんまりとしたゲーセン。それに私の目の前にあるのは大きなお友だちしか叩きに来ないような音ゲー筐体ではなく、小さなお友だちへと向けて作られた――いわゆる女児向けアーケードゲーム『まほ☆らぶ』。

 中学二年生となった私は対象から外れつつあるのだから、自重しなければならない。幼女先輩へ敬意を払う立場にならなければならないのだ――それはそれとして、うちの子かわいい。私は一つ咳払いをした。


 『まほ☆らぶ』には競合タイトルも幾つかあり、その中で一番プレイ人口に恵まれているとは言い難い。それでも私はこの作品が一番好きだ。曲調、うちの子――プレイヤーキャラのカスタム性、衣装モチーフのチョイス、公式キャラクター、どれをとっても私の性癖に刺さりすぎている。はっきり言って誇張抜きに神。

 一年でも長くシリーズを継続してもらうため、微力ながらも私は百円玉を溶かし続けよう――と決意はしているが、残念。今日は弾切れだ。

 忘れ物が無いか、さり気なくカード排出口までチェック。問題無し。最後にすっからかんになったコインケースをしまい込んで、私は備え付けの椅子から立とうとした。 


「……あ」


 ふと顔を上げて振り向けば、後ろに並んでいた人物と視線がかち合う。これが幼女先輩相手であるのなら、さっと精一杯の爽やかスマイルで会釈だけして立ち去ったのだが。


「……て、転校生の……」


 私はかろうじて声を絞り出しただけで、石になったように動けなかった。

 ふわりとした長いポニーテール、猫みたいな――いや、虎の様に力強い黄色の目、首元を飾るリングチョーカー。どう見てもカースト上位に位置してそうな彼女を、私は知っていた。


 千菊せんぎく希良々きらら。今朝のホームルームにて紹介された、私のクラスの転校生。休み時間の間、池に投げ込まれた鯉の餌のごとく取り囲まれていた転校生。そのため話すことはおろか姿も余り見られていないが、多分そう。千菊さんだろう。


 それにしても、どうして私の背後にいたのか。もしや、中学生にもなって女児向けアーケードゲームに興じている様を笑いに来た、とか。そうであれば非常に私のメンタルが傷付く事態である。早急にこの場から逃げ出してしまいたい。


「……あ、あのさ……ごめん。名前わかんないけど、クラスの奴だろ」


 ここで私は転校生の、なんて口に出した自分をぶん殴ってやりたくなった。隅で縮こまってる私なんて、きっと普段の彼女の目には入らないだろう。なら、顔なんか覚えられるはずがない。あの発言さえなければ、まだ「人違いです」「誰ですか」なんてしらばっくれてやり過ごせた可能性もある。

 

「……まあ、そう、デスネ……どうも……」

「オレも……まほらぶ、やってるんだ」

「へ」


 いやいや嘘でしょう。そう言いたいところだったけれど。千菊さんが鞄から出したのは、紛れもなくまほらぶカードだった。しかも半透明のカードケースにぎっちり詰まった状態。存在したのか、オタクに理解のあるギャル。


「なあなあ、今弾どこまで揃えた!? ……あ、名前聞くのが先だよな。聞いていいか?」

「……百合中、小雨です。千菊さん」

「小雨な。てか名前覚えててくれたのか……悪ぃ」

「い、いや、初日ですし、話したのもこれが始めてですし。忘れても仕方ないですよ……あの、千菊さん――」


 まほらぶプレイヤーに悪い人はいない、なんて言えないけれど。少なくとも今、目の前に居る千菊さんはどうも悪い人には見えなくて、私は。


「――カード交換、しませんか……!」


 勇気を振り絞って、すっと彼女を見据えた。

 ぎゅっとスカートの裾を握りしめた私、目を少し見開いた千菊さん。時間が、止まってしまったようだった。


「……い、いや、やっぱ出過ぎたことをすみません忘れ」

「良いのか!?」


 顔が、近い。千菊さんのとてもいい顔がすぐそこまで近付いている。あ、睫毛凄く長い。

 彼女から溢れ出る陽のオーラに気圧されて、私はこくこくと頷くので精一杯だった。

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