普及発展

僕の部屋に小川姉妹がやってきた。しかもコスプレ姿で。


今日がハロウィンだからって、まさか陽キャのようなノリで仮装してくるとは思わず、まだ違和感が拭えない。


とりあえず、来客してくれた2人に飲み物を出すためにキッチンに向かう。


冷蔵庫にある飲み物は緑茶しかないので、なに飲みたいか尋ねる必要がない。ちなみに緑茶を常備しているのは、将棋には緑茶が合うよねって理由である。


3人分の飲み物を用意して、久しぶりに棚の奥から引っ張り出したお盆に乗せてリビングに戻る。


声をかけようと思ったが、ソファでやり取りをしている姉妹を見て、思いとどまった。


だって――


「ね、姉さんがこの格好を勧めたせいで、変な空気になったじゃない!」


「えー、大井くんの視線を釘付けにできたんだからいいじゃーん」


「それは――! 嬉しいけど……」


「素直になった愛奈ちゃんは可愛いなぁ」


「や、やめて……っ! 髪型が崩れちゃう!」


「あ、ごめーん。大井くんのために長い時間をかけてセットしてたもんねー」


「べ、べつに大井くんのためじゃないわよ!? 女性として最低限の身なりは整えるべきでしょうに」


「はいはい、言い訳はもう結構でーす」


「――っ!? 姉さん!?」


なんか小川さんが愛奈ちゃんの頭を撫でて、不服そうにしているけど、結局は受け入れているという百合ワールドが展開された……。


あれ、僕ってこの場に不要な存在じゃない?


「あ、大井くん! 早くこっち来てちょうだい! 姉さんが私のことをいじってくるのよ……」


「……僕が間に挟まっていいんですか?」


「……間に挟まりたいの?」


「いや、冗談です!」


百合の間に挟まる男って、批判が起こるだろうから遠慮したら、めっちゃ冷たい目で睨まれた。


比喩的表現のつもりだったんだけど、そういうサブカル的なことに疎い愛菜ちゃんのことだから、そのままの意味で受け取ったみたい。


僕はおずおずと、テーブルを挟んで姉妹の向かいに座った。


「大井くんは両手に花を持ちたいプレイボーイくんだったようね。最低だわ」


「愛奈ちゃん愛奈ちゃん、多分だけど大井くんはそういう意味で言った訳じゃないと思うよ?」


軽蔑の眼差しで僕を刺してくる愛奈ちゃんに、小川さんが肩をトントン叩いて耳に口を当てた。


どうやらお姉さんは意味が知っているようで、説明をしてくれているのかな?


様子を伺っていると、愛奈ちゃんがぽかんと呆けた顔をしだした。


「私と姉さんの話に入りずらいってこと? そんなの気にしなくていいわよ?」


「うん、わかってないなー。愛奈ちゃんは純粋だからなぁ」


「それ、めっちゃわかります! あと隙をたまに見せる所とか、困るんですよぉ。男としては」


「……なんか、バカにされてないかしら?」


訝しむように首を傾げた愛奈ちゃん。


普段はクールなのに急にデレてくるから、心臓に悪いんだよね。本人の感じだと、気づいてないみたいだけど。


こんなツンデレはアニメの世界だけかと思っていたのに、身近にいたなんて……!


納得のいってなさそうな愛奈ちゃんが、緑茶を1口飲んでから、将棋盤のある部屋を指さした。


「ほら、将棋やりましょ?」


「そうだね。そのために来たもんね」


本来の目的を忘れる訳にはいかない。トッププロ棋士になるために、VSをしているのだから。


今日来てもらったのは、ハロウィンパーティーのためじゃない。まあ、この衣装のまま将棋をするのは、違和感しかないけどね。


早速、僕達は腰を上げて将棋盤の前に移動しようとすると、小川さんが前のめりに手を挙げてきた。


谷間の露出された双丘が、ぷるるんと揺れた。あ、愛奈ちゃんが僕に鋭い視線を向けてる。


「はいはーい! せっかくだから、私にも将棋を教えて欲しいなー」


「おお! いいですよ! 僕が教えてあげます!」


「ちょっと!? わ、私との研究会は!?」


日本将棋連盟に所属のプロ棋士は、将棋の普及発展も仕事のひとつ。将棋に興味を持ったなら、沼にハマらせなくては!


べつに、可愛いお姉さんが相手だからじゃないからね? 教えてあげたお礼に、優しい抱擁をして欲しいだなんて考えてないからねっ!?


焦ったように裾を引っ張ってくる愛奈ちゃんには悪いけど、ここは将棋好きを増やすため、小川さんに将棋を教えなくては!


「……やっぱり、胸の大きい女性が好きなのね。私みたいな女はそうやって、捨てられるのよ。……このムッツリすけべ」


「それは関係ないよ!? 僕は愛奈ちゃんも魅力的だよ!」


「そ、そう……」


なんか自分の胸に手を当てて落ち込みだしたから、慌ててフォローする。


愛奈ちゃんだって胸はある方なんだよね。ただ、お姉さんが規格外っていうだけで。


ちなみに僕は、好きな人の胸の大きさが1番です。つまり、愛奈ちゃんサイコー。


「あー、褒められて照れてるー」


「……っ! ほら、将棋やりたいんでしょ? だったらそこに座って! 駒とかは大井くんが並べてくれてるから」


「はーい」


愛奈ちゃんの赤くなったほっぺを突っついた小川さんが、背中を押されていく。


ちょこんと盤の前に座った小川さんは、駒を手に取って眺め始めた。


「これってー、駒によって動き方が変わるんでしょ?」


「そうよ、歩と香車は前にしか行けなくて、飛車は前にも横にも行ける。角は斜めに動けて――」


「うーん、わかんないっ!」


「姉さん……」


お手上げのようで降参するように両手を挙げた小川さんに、愛奈ちゃんは額に手を当ててため息をついた。


説明してもわかってもらえないと、僕に向ける視線が言っている。


この姉妹、趣味がアウトドアとインドアで別れているんだよね。お姉さん、大学ではテニスサークル所属らしい。


「まあ、そう簡単に覚えられないですよ。なので少しずつ覚えましょう」


「うげっー、覚えるのとかむりー」


うん、たぶん小川さんには向いてないかも。いやいや、匙を投げるな大井輝! もしかしたら、将来の女流棋士が誕生するかもしれないんだから!


どうしたらわかりやすく説明できるだろうと頭を悩ましていたら、ふと将棋を始めたての頃に教えてもらったことが頭に浮かんだ。


「そういえば昔、師匠に教えてもらったことがあるんですけど、駒の動きを動物に例えるといいらしいですよ?」


「動物? 大井くん、どういうこと!?」


興味が惹かれたのか、前のめりになって顔を近づけて来た小川さんに、若干仰け反った。


なぜか愛奈ちゃんが複雑そうな表情で、僕と小川さんを交互に見てくる。


でも、好感触だ! これなら小川さんも将棋に抵抗が無くなるかも。


僕は話を続けるため、銀の駒を盤の真ん中に打ち込む。


「例えばですよ? この銀はこことここに動けるんですけど」


「うわっ……なんかややこしい動き方するんだね」


「そうなんですよね……銀って覚えにくいんですよ……。でも、これを象の形だって覚えるとわかりやすいですよ?」


「ぞう?」


「はい、手と足と鼻を伸ばした象です。ほら見えてきません?」


「ほ、ほんとだっ! おもしろいねっ! 他にもある?」


「あとは……」


僕が知っている形を教えると、小川さんは目をキラキラと輝かせながら聞いてくれる。


大人っぽい魅力の中に子供っぽさもある。素敵です。


「デレデレしないでちょうだい!」


愛奈ちゃんが手刀を僕の頭に落としたのだった。











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連敗プロ棋士と最強で幼なじみの女流棋士 ~弱くてもタイトル獲得目指します!~ ゆーたんご @yutango

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