ハロウィン
「トリックオアトリート。将棋してくれなきゃイタズラするぞ」
「…………」
今日は10月31日。愛奈ちゃんとVSがあるのはいつもと変わらず、将棋道具一式を用意して待っていたのだが――
「最近、コスプレハマってるの?」
「――!? ハマってないわよ!?」
愛奈ちゃんは魔女の姿で、忙しなくソワソワしている。
この前は地雷系ファッションに身を包んでいたから、それがきっかけでコスプレ趣味ができてしまったのかと思ったが、心外だとばかりに睨まれた。
「いや、その格好で言われても……。説得力がないよ?」
「今日はこれが正装でしょ? ハロウィンなのよ?」
「当然のように言ってるけど初めてじゃん。ハロウィンにコスプレするの」
「……うるさいわ」
「理不尽……!!」
正論を言われて不貞腐れた愛奈ちゃんに、そっぽを向かれてしまった。
「ちょっとちょっと、女の子がせっかく勇気出して仮装してきたのに、その言いようはないんじゃないかな?」
「――!? ね、姉さん!」
「小川さん!?」
ぴょこっと後ろから、サキュバスが出てきた!
露出の多い服装で、かなり際どい。愛奈ちゃんより大きなたわわ、色気のあるワガママボディ。
愛奈ちゃんとは対象的にショートカットの彼女は、愛奈ちゃんのお姉さんの小川愛美(おがわまなみ)さんである。
幼いときから僕のことを、実の弟のように世話を焼いてくれた人だ。
「んー? まじまじと私を見てどうしたのかなー?」
「いや! な、なんでも……」
谷間の部分にハート型の穴が空いていたから、視線がつい吸い寄せられてしまった。
僕は誤魔化すように視線を横にずらす。
「……へんたい」
「うっ……」
視界には入ってないのに、蔑むような目をしているのが安易に想像つく。
悪いのは愛奈ちゃんのお姉さんだから! 僕も健全な男子、そんなエロい服装している綺麗なお姉さんがいると見ちゃうよ!
「2人とも、目立つから家に入って!」
「えー、もしかして姉妹であーれーなことしようとしてるー?」
「違いますよ! 今日だって愛奈ちゃんと将棋を指すために――」
「愛奈ちゃんに挿す!?」
「将棋ですよ! 省略しないでください、変な意味になるんで!」
「ね、姉さん……それ以上はやめて……」
「ありゃ、愛奈ちゃん。いろいろと想像しちゃった?」
「なっ!? んなわけないでしょ!?」
ぷにぷにと頬をつっつく小川さんに、愛奈ちゃんはぽかぽかと肩を叩いて反撃している。
魔女対サキュバスという構図に、異世界転生してしまったのかと錯覚しちゃうよ。
「あんまり目立つ行動は控えてください! 特に小川さんは格好が……あれ……ですので」
「まあ、そうだよねー。近所迷惑だって怒られて、追い出されるかも」
「わかってるなら早く入って――」
「じゃあ愛奈ちゃんを褒めたら入ってあげるー」
「――えっ!」
僕より早く愛奈ちゃんが反応した。何言っているのか理解できていないのか、目を丸くしている。
急な条件提示に訴えるため小川さんを見るが、意地悪な表情を浮かばせて首を振っているので、譲る気はないみたい。
「ほらほら、イケメンな甘々のセリフを吐いちゃってよー」
「そ、そんな急に言われても……」
小川さんに急かされて、改めて愛奈ちゃんの全身を確認する。
黒い衣装に身を包んだ魔女姿。薄い素材なのか、たわわな胸と安産型のお尻のシルエットが浮かび上がっている。
正直な感想がエロい。ただ素直に言ってしまうと、軽蔑されるよね。
だからここは、当たり障りのない感想を――
「愛奈ちゃん、そのコスプレすっごい……」
「……すごい?」
「か、か、か、かわ、かわわ」
「かわ?」
なぜ可愛いと言うだけなのに緊張してしまうのか。
潤んだ瞳で不安そうに見上げている愛奈ちゃんのせいか、改めて面と向かって言うせいか。
声が震えて簡単な4文字も出すことができない。
「……すっごい似合ってます」
「――! あ、ありがと……」
辛うじて絞り出せた言葉に、僕はもっと気の利いた言葉は言えないのかとがっかりする。
「いいねいいね! この初々しい感じ! お姉さん大好きだよ!」
沈黙する僕たちにサムズアップする小川さんは、愛奈ちゃんに肩を平手打ちされていた。
無事に小川姉妹を部屋に匿うことに成功した僕は、まだ将棋も指してないのにすでに疲労していた。
改めて愛奈ちゃんを見る。やはり普段と違う服装だと、非日常感がある。
「……じろじろと見ないで欲しいんだけど」
「ご、ご、ごめん!」
胸元を両腕で隠した愛奈ちゃんに、指摘されて首を横に逸らした。
べつに胸を見たくて見ていたのではなく、男というものは自然とそこに吸い寄せられるんだ!
心の中で言い訳を並び立てていたら、ちょうど視線の先にいた小川さんにくすくすと笑われていた。
昔から愛奈ちゃんのことが絡むと、色々とからかってくるから苦手だ。
「姉さん、本当にこの格好で大丈夫なのかしら? 外を見ても私たち以外に仮装している人、全くいなかったわ」
「だいじょうぶ! だって今日はハロウィンなんだよ? 1年に1度の特別な日、存分にはっちゃけよう!」
「ううっ……でも恥ずかしいわ」
「なにいってるのさ。似合ってるんだから自信持ちなよ! この前の地雷系も似合ってたでしょ? 愛奈ちゃんはなんでも似合うんだから。ね、大井くん?」
「え? あ、ああ、はい」
姉妹の会話に急に振られたから、反射的に答えた。
まあ、愛奈ちゃんはどんな服装でも可愛いからね。どんなものでも虜にしてしまう、まるで魔法使いみたいだ。
「大井くんも地雷系ファッション、見れて良かったよねー。実はそれ、私が提案したのよ!」
「この御恩、忘れません! 一生着いてきます!」
「ふふふ、ひかえおろー」
殿様よろしく椅子に座り偉そうに足を組む小川さんに、僕は頭を下げる。
僕に普段と違う姿を提供してくれた小川さんに感謝だ。
そんな僕たちを見て、納得いってなさそうな顔をしているのが1人。
「……あなたたち、私を着せ替え人形かなにかだと思ってないでしょうね」
不機嫌そうにジト目を僕たちに向ける愛奈ちゃん。
「もう愛奈ちゃん! そんな目を向けたら、嫌われちゃうよ?」
「――! で、でも……」
「だ、大丈夫! 僕は嫌だとか思ってないから! なんなら愛奈ちゃんをいじった僕らが悪いんだし」
「あれー? さっきは喜んでたのに?」
「小川さんは黙ってください!」
なんでこの人は水を差すようなことを!
「ご、ごめんなさい……」
「だあ! 愛奈ちゃんも謝らないで!」
涙を滲ませる愛奈ちゃんにゲラゲラと笑っている小川さんで、部屋が騒がしい。
……これ、将棋できるの?
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