対抗心

「どういうことか説明してくれるかしら?」


「やだ、小川さんこわーい。萌絵泣いちゃうよぉ」


将棋会館1階、対局室ではないはずの場所に、両者のオーラが漂う。まるでタイトル戦の大一番のような緊張感だ。


偶然にも周囲に誰もいなかったのは幸いだけど、もしもいたらお互いの殺気から逃げ出してしまうだろう。


僕も絶体絶命の危機にあわあわと泡を吹き出してしまいそうだ。


「一旦、泉さんは大井くんから離れてくれるかしら? ほら、大井くんも困った顔してるわよ」


「ぜっーたいにやだ。それにー輝きゅんは、あなたに怖がってるだけだと思うよー? だって小川さん、鬼みたいな顔してるもーん。ね、輝きゅん?」


「だ、誰が鬼ですか!?」


煽る泉さんに地団駄を踏む愛奈ちゃん。


これはファンには見せれない、女流棋士の闇だ!


よくネットで不仲説なんて囁かれることあるけど、まさか現実に起こってるなんて……


「ふ、2人とも、一旦落ち着こ?」


さすがに誰かにはこの状況を見つかるのはまずいので、2人の間に入って止めることを試みる。


隙を見て泉さんの包容から抜け出したせいか、むっとした顔をされた。


愛奈ちゃんも鋭い視線を僕に移したので、恐怖で震え上がりそうだ。


「あなたには関係ないことよ。これは譲れない女の戦いなの」


「えー、小川さんこわーい。萌絵たたかうとかそういうのきらーい」


僕の説得も虚しく、いつ始まってもおかしくない喧嘩が起きようとしている。


どうやったら止めれるのか頭を悩ませていると、泉さんが身を引いた。


「じゃあ、萌絵は邪魔が入ったので帰りまーす! 輝きゅん、今度またデートの予定決めようね!」


きゃぴっと僕にウィンクを見せる泉さん。


アイドル顔負けの可愛さに胸を撃ち抜かれたが、愛奈ちゃんが冷めた目で僕を見ているので、なんとか顔には出さなかった。


ここでニタニタしてしまったら「は、きも。一生話しかけないでくれる?」なんて言われるかもしれないからね。


「輝きゅんって可哀想だね。こんな重いメンヘラ女につきまとわれて」


「だれがメンヘラ女よ! 泉さんの方がメンヘラじゃない!」


「きゃー、にっげろー! 輝きゅんバイバイ!」


泉さんは手を振りながら可愛く駆けていった。厚底の靴を履いてるからか速度は遅いけど、そこがまた愛くるしい。


僕より歳上のはずなのに、小さい身長も相まって妹みたいだ。


「……あなたは泉さんみたいな女性が好きなの?」


「え、そんなことないよ?」


だって僕が好きなのは愛奈ちゃんだからという言葉は飲み込む。


今の状況で勢いで告白したって成功の確率が上がるわけでもないし。


本心を飲み込んだからか、愛奈ちゃんは納得してない面持ちで顔を逸らした。


「ほら、帰りましょ? もう真っ暗だわ」


「そ、そうだね!」


歩き出した愛奈ちゃんに慌てて追いつき、隣に並んだ。


僕が話題を振っても、愛奈ちゃんは自宅に着くまで、素っ気ない返事しかしてくれなくて気まずかった。





翌日、機嫌を損ねてしまったから来ないかもと危惧していたが、それも杞憂に終わった。


いつもより少し遅い時間に来訪を知らせるベルが部屋に鳴った。


この時間に僕の部屋を訪ねてくるのは、宅配か愛奈ちゃんくらいだ。


来てくれたと安心したのも束の間、扉を開けると異様な光景が目前に広がり、思わず固まってしまう。


「えっと……愛奈ちゃん?」


「なにかしら」


翌日、いつものように放課後に愛奈ちゃんがやってきた。そこまでは今までと変わりはない。


だが、明らかに普段と違うところがある。


それは――


「……」


「――っ!? やっぱり、へん……かしら……」


愛奈ちゃんは僕の懐疑的な視線に、目に涙をうるませながらあわあわしている。


なぜ僕が不思議がっているのか、それは愛奈ちゃんがツインテールに髪を結んで、地雷系ファッションに身を包んでいたからだ。


――なんで?


「やっぱり着替えてくるわ。ちょっと待ってて」


「このままでいい」


「で、でも……似合ってないんでしょ?」


「めっちゃ似合ってるよ! 着替えるなんてもったいない!」


涙目になりながら俯いた愛奈ちゃんに、はっと我に返った。


今にも駆け出しそうな愛奈ちゃんの手を掴んで、どこにも行かせないようにする。細くて力を込めると、簡単に折れてしまいそう。


愛奈ちゃんは動揺してかあわあわしちゃったが、このまま地雷系姿の愛奈ちゃんがいなくなるのはもったいない。


「ごめん、可愛すぎて声が出なかっただけ。だから帰らないで」


「そ、そうなんだ……。わかったから、手を離して……」


「……帰らない?」


「帰らない」


「わかった」


ゆっくりと愛奈ちゃんの腕から手を離す。多少強引に止めてしまったのは反省しないと……


このまま外でやりとりしていると目立ってしまうため、部屋にあがらせる。いつもと違う出で立ちだからか、他人を入れている気分だ。


それこそ泉さんが部屋にいるみたい――


「……まさか、当てつけ?」


昨日、泉さんとイチャイチャしてたのを気にしているのかも。いや勝手に泉さんが、腕に抱きついたんだけど。


滅多に見られない激レア愛奈ちゃんに心が踊っていたが、よくよく考えれば愛奈ちゃんがこういう格好は好みじゃないはず。


泉さんとも仲が悪かったし……愛奈ちゃん、仲良い人いなくない?


「もしかして……昨日のこと怒ってる?」


「…………」


僕の疑問には答えず、愛奈ちゃんは椅子に座る。


俯いているから、表情からどう思っているのか確認することもできない。


固唾を飲んで口を開いてくれるのを待っていると――


「…………から」


「ん、なに?」


「泉さんにデレデレなあなたを見て、悔しかったから!」


ようやく話してくれたと思ったら、きっと鋭い視線が僕を突き刺す。


顔が赤く膝の上に乗せている両拳は、ぷるぷると震えていた。


それって嫉妬っていうんじゃ――いやまずは誤解を正すべきだ。


「いやいや! 別にデレてないですけど!? だって僕は愛奈ちゃんが――!」


「……私がなに?」


目に涙を浮かばせている愛奈ちゃんに、危うく僕の気持ちを言ってしまいそうになり口ごもった。


正直に愛奈ちゃんへの好意を口に出せば誤解も解けるのに、フラれた時を考えると踏みとどまってしまう。


ええい、こうなったら勢いでごまかせ!


「と、とにかく! 泉さんのことはなんとも想ってないから!」


「し、信じていいの?」


「信じてほしい」


「……わかったわ」


か細い声を発しながら頷いた愛奈ちゃんに、安堵の息を吐く。


僕が泉さんに気があるなんて誤解されたら、愛奈ちゃんへの告白も延びてしまう。


「それにしても愛奈ちゃん、嫉妬してくれたんだね」


「――――!! う、うっさい!!」


「ぐはっ!」


調子に乗ってニヤニヤしてたら、拳が僕の頬に直撃した。


嫉妬してくれたからある程度脈アリだと思ったけど、この容赦ないパンチは脈ナシに近くないですかね……?


ちなみにVSは、僕が頬の痛みにより集中できず、将棋の研究にならなかった。

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