地雷系女子大学生

「ねぇ、輝きゅーん。いつになったら萌絵(もえ)のこと、デートに誘ってくれるの?」


「……」


ここは千駄ヶ谷の将棋会館。


愛奈ちゃんと毎日VSを始めてから1週間が経ち、いよいよ公式対局で上達度合いを確認できると息巻いて来たのだが――


「ねぇねぇ、輝きゅーん。聞いてる?」


「……聞いてます」


「なんで無視するのー? 病んじゃうー」


「そもそもデートの約束なんてしてないですよ?」


「あれ、そうだっけ? じゃあ今デートの予約するー」


1階の売店前で現役大学生の女流棋士、泉萌絵(いずみもえ)さんに捕まってしまった。


黒とピンクの服装に、泣き腫らしたような目元のメイク。まさに地雷系な彼女は、ツインテールに纏められた髪を左右に揺らしている。


対局室に向かおうとするが、腕をがっちりと掴まれてるので、一向に進まない。


か弱そうなのに、どこにこんな力があるのか。


それに体を密着してるから、ふにゅっと柔らかいものが――


「……あのー、腕に当たってますよ」


さすがに対局室に悶々とした気持ちを持ち込むわけにはいかない。邪な感情が拭えないまま指したら、相手にも将棋にも失礼だ。


だから自分の腕に当たっているものを指さして指摘したんだけど。


指摘された相手はニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべた。


「えー、なにが当たってるの? 萌絵わかんな~い。おしえて、おしえて?」


唇に人差し指を当て小首を傾げる仕草はまさに小悪魔。油断したら愛奈ちゃん一筋なのに、揺らいでしまいそう。


この柔らかい感触に慣れてないせいで、声がどもってしまう。


「な、な、なにって、それはその、む、胸……」


「あはは! 顔まっかじゃん! ウブでかわいいー」


「ちょっと、揶揄うのやめてください!」


「え~、だって輝きゅん可愛いんだもん。弄って困らせたい」


よしよしと頭を撫でられる。僕より背の低い泉さんだから、背伸びして足をプルプルさせている。


子供扱いにムカついたので僕も背伸びしたら、泉さんの手が離れてむっとむくれた。


無理するなら撫でないでもらいたい……


「泉さん、今日は大学ないんですか?」


「んー、サボった!」


「サボったって、単位とか大丈夫なんですか?」


「だいじょうぶーだいじょうぶー。はっきり言って大学よりも輝きゅんのほうが大切だから」


「いやそこは僕よりも大学を優先してくださいよ。もうちょっと自分のことを考えてください……」


「萌絵のこと心配してくれるの? あーん、輝きゅん優しい~! しゅきしゅき~」


「ちょっと!?」


ガバって抱きつかれて、頭を僕の胸にすりすりと擦りつけてくる泉さん。


正面から圧迫される胸の全体の感触が伝わる。


ああ僕の理性よ、耐えてくれ!


「あ、あの! もう対局室行くんで!」


「輝きゅーん、がんばってねー」


泉さんを振り切ってエレベーターに逃げ込んだ。


扉が閉じる時に見えた泉さんは、にこにこしながら手を振っていた。





相手よりも早く4階の対局室を出て、1階に降りる。


8時を過ぎており外は真っ暗になっているが、僕の心は小躍りしてしまいそうなほど浮かれている。疲労感はもちろんあるが、それが気にならないほどだ。


「よっっっっし!」


喜びを隠しきれず、小さくガッツポーズ。


僕は今日の対局で白星を取れた。序盤から有利に進めることができ、まさに快勝だった。


まさか愛奈ちゃんとのVSの効果が、こうも早く出るなんて!


これはタイトルも、現実味を帯びてきた。


「輝きゅんすっごくご機嫌だね~」


「うわっ!?」


いきなり耳元で囁かれて、飛び退いてしまう。息のかかった耳がむず痒い。


「あはは! びっくり顔の輝きゅんさいこー! 写メ撮っとけば良かったなー」


「泉さん、脅かさないでくださいよ。あとスマホ構えるのやめてください。僕は撮影NGなんで」


「えー、冷たくない? でもそういうクールなところもしゅき!」


泉さんは目をハートにして、カシャカシャと写真を撮ってくる。撮影NGって言ったのに、容赦ないよ……


「……もしかして、僕が来るまで待ってたんですか?」


「ううん、今来たとこ。きゃー! 萌絵たち恋人っぽいね!」


「いや、そういう意味ではなく……」


1人で盛り上がってる泉さんに、テンションが置いてかれる。


「やだー、困ってる輝きゅんさいこー! 輝きゅんのチェキ、売店に置いたら絶対に売れるのに!」


「僕、そんなに人気ないと思いますよ……。勝率低いし、目立たないから」


「そんなことないよ? 萌絵はずっと輝きゅんを見てるから!」


「それは嬉しいんですけど……」


かわいい女性に好かれるのは悪くない。素直に好意をぶつけられたら照れてしまう。


「――って、僕のことはいいんですよ! 泉さんの話です! こんな遅くまで、もしかして僕を待ってた訳じゃないですよね?」


「ん? 輝きゅんを出待ちしてたんだよ?」


「ああ、ということは終わった時間を見計らって来たんですか……」


「いや、ずっといたよ。だって萌絵、輝きゅんの対局解説の聞き手だったから」


「そうだったんですかっ!?」


「あはは、輝きゅん声おおきいー」


いつの間にか間合いを詰めていた泉さんに、胸の当たりを指でつつかれる。


今日の対局、とある配信サイトで生中継されているのは知っていたけど、まさか解説の聞き手が泉さんだったなんて。


「輝きゅんのこと、ずっと見てたよー。悩んでるところも困ってるところも、ぜんぶぜんぶぜんぶ、見てたんだよ!」


「その……そんなに観察するのやめてください。恥ずかしいんで……」


「うーん、やだ。だってだ〜い好きなんだもん!」


対局前と同じように腕に抱きつかれる。香水の甘い匂いが漂ってきた。


結局引き剥がしても、泉さんに揶揄われるだけだから、そのままでいいか……


別に悪い気分じゃないし。


「……あなたたち、公衆の面前でなにやってるのよ?」


あ、気分がすこぶる悪くなってきました。


後ろから聞こえた冷たい声に、ギギギと壊れかけのロボットのように振り向く。


そこには絶対零度の軽蔑の目をしている愛奈ちゃんが、仁王立ちしている。


現実を受け止めたくなくて、今もなお腕に引っ付いている泉さんに顔を戻した。


「みつかっちゃったー」


泉さんは不敵な笑みを愛奈ちゃんに向けている。


ああ、生きた心地がしない……

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