Ch.6 雷霆万鈞


拳から入り込んだ衝撃は、腕を通り道に全身へとその領域を拡大した。垂れ下がってきた頭部に合わせて、今度は足先から衝撃を送り込む。悲鳴とも断末魔とも取れない呻き聲をあげた鉄の塊は、地面との衝突音を最期に全ての機能を停止した。


「機械獣風情が…、邪魔だ!!道を開けろ!!!」


過去、高次脳機能を持つ機械兵に対して、人間が手駒として与えた存在が機械獣であった。彼らに高度なAIは搭載されていない。統率の取れた動きからは、近くに指揮を取る機械兵がいることが筒抜けであった。


地面に反発する力を加え、機械獣だった塊に飛び乗る。首を左右に振れば、360度に広がる戦場を見回すことができた。機械兵を探そうと試みるも、ネットワークから切断された芽衣にとって、人間より少しばかり優れた視覚、聴覚、嗅覚を頼る他なかった。


見当たらないな…。


そう思った矢先、戦闘音に混じって人の悲鳴が耳朶に触れた。

声の方角に合わせて焦点を絞ると、逃げ遅れたであろう母子を捉えることができた。傍には半身しか残されていない亡骸と、口から血を涎のように垂らす機械獣がいる。深く呼吸をして、芽衣は足元の鉄を引き剥がした。




「誰か…誰か助けて…。」


先程絞り出した悲鳴のせいで喉が潰れたように痛い。くぐもってしまったその声は、無情にも誰の耳にも届かなかった。恐怖心が最高潮に達した娘は、既に腕の中で意識を失っている。恐る恐る顔を上げると、目の前で唸り声を上げる機械獣が、私たちを助けにきた男の頭部を飴のように口の中で転がしている様が目に入った。たまらず下を向く。両足は麻酔でも打たれたかのように感覚がない。それでも腰を捻りながらなんとか上体を起こすと、目の前に飴玉が降ってきた。


「……………。」


もはや声を出す気力も損なわれていた。虚しく口を通り抜けた空気は、彼女自身の灯火を消したかに思えた。



ゴン。という鈍い破裂音と共に体に衝撃波が降りかかる。抱えた娘が吹き飛ばないように上半身を屈めるが、目線だけは事態を把握するべく上へ向ける。髪が逆立つほどの風圧を生んだ正体は、すぐに彼女の前に目の前に現れた。


「無事か!しっかりしろ!!」


緊急戦闘用に各地で点灯した非常灯は、モノトーンの衣装に身を包んだ彼女の姿を余すところなく照らしている。煌々と輝く銀髪は彼女が飛んできた方角に向かってたなびき、月白の肌は昏い世界に迷い込んだ精霊のような艶やかさを放っていた。




「あ、ありがとうございます。」


背後からの声で生存を確かめ、体勢を立て直した機械獣に向き直る。一飲みにでもしようかと開かれた大口に自ら飛び込むと、上顎を力一杯押し返した。


機械獣の上半分を吹き飛ばし、近くに転がっている亡骸と同じ姿にしてしまうと、背後からは聞き馴染みのある低音が関心の声を上げていた。


「やるな、流石と言ったところか?」


こちらに挑発的な表情をぶつけた獅子島に対し、啼は素早く駆け寄ると、

「ありがとう。この方は私が保護するから、二人は他のところへ。」

とだけ言い残して踵を返してしまった。狛こまの姿は見えないが、大方単独で突撃したと言ったところだろう。困ったやつだ。まあ私が言えた話ではないが。


戦闘区域を背にした啼を横目に捉えながら獅子島が武器を構えた。


「こっちはお荷物を二人も抱える余裕はないんだ、あまり離れるなよ。」


獅子島の言い分も最もだった。元より、機械相手に人間が単独で立ち向かうなど無謀もいいところだろう。辺りを見渡せば皆、複数人が陣形を組んで戦っている。そのためのチームか…。そこまで考え、一言。

「わかった、すまない。」

と受け答えると機械獣の下半分を後にした。




「基本的にはチームで動くもんだが…あいつはな、特別なんだ。」

進軍を阻んだ機械獣を一薙に切り崩した獅子島は、こちらを向かずにその歩みを前へと進めた。遥か先まで見渡すことのできる芽衣と違い、獅子島は所詮人間の視力の域を超えられない。それでも、この広い戦場で狛を見失わないことには理由があった。


「だろうな。これを見ればわかるよ。」

そこら中に散らばったスクラップは、作り手の凶暴性を文字通り爪痕として残していた。フォークで摘み食いをされた洋菓子のように抉り取られた傷跡は個体によって思い思いの位置に刻まれており、とても人間の為した技とは考えられなかった。


「今の東京基地一帯を守るうえで狛の存在は欠かせないんだ。俺や啼は、あいつを生かして帰るのが仕事みたいなもんだ。」

相変わらずこちらを向かない獅子島は、まるで独り言のように呟いた。

「お前も充分、に見えるがな。」

狛の食べ残しを、ナイフで切り分けるかのように簡単にスライスする獅子島を見て、芽衣は肩をすくめた。


不意に、上空から二人をすっぽり覆う影が落とされた。

影の正体を一蹴りし、着弾点をずらすともう一つの飛翔体へと体の向きを変える。


「遅いじゃないか!先に飛び出してったから追っかけようと思ったのに。いつ抜かしたんだろ?」

音もなく地面に着地した飛翔体は、不思議そうに芽衣を見つめながら言った。

「悪いな、遅くなって。もう随分と暴れてるみたいじゃないか。」

狛の左手に引きずられた機械獣を見て、少し表情を固くする。

「うーん。でももう数が減ってきてるんだよな。」

躰の数倍はある軀を後方に投げ飛ばすと、狛は不満そうにあたりを見渡した。


たしかに狛のいう通り、到着した時と比べて機械獣の数は減り、動きも活発さを失っているように思えた。

「裏で手を引いてる奴が撤退したか?」

獅子島が、今度は芽衣を真っ直ぐ見据えた。

「気づいていたのか、多分な。見つけることはできなかったが、誰かが統率していたことに間違いはなさそうだ。」

少したじろいだが、目を逸らさずに応じる。

「よくわからんが、とりあえず周りにいるやつ全部壊しに行こうぜ。」

そう言った狛は手に嵌めた手甲鉤をガチガチと鳴らすと、居ても立っても居られないという表情をしてみせた。しばらく返事を待っていたが、二人の表情から同意を汲み取ると、夜狩をする虎のように矢継ぎ早に機械獣へと襲いかかった。


狩りは、小一時間で第二居住区から機械獣を絶やしてしまった。

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I:機械少女は夢を見る 丑永 子守熊 @Lack_of_luck

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