Ch.5 Autobahn
2人と一緒に司令部を飛び出すと、
広々とした空間には、乱雑に置かれた車体が思い思いの方向に顔を向けている。仲間を呼ぶ声は途切れることなく広場にこだましていおり、鋼鉄の馬があげる鳴き声も相まって中にいた時と遜色ない喧騒となっていた。煌々と輝くヘッドライトを手で遮りながら狛のもとへ駆け寄ると、私たちを運んでくれるであろう車がその姿を現した。光源の多さで近づくまで気が付かなかったが、車体には無数の傷跡が痛々しくその表面に凹凸を生み出している。目立たないように漆黒に染められたその車体は馬と形容するにはあまりに可愛いすぎたかのように思えた。
「早い奴らはもう向かってるぜ。俺たちも行こう。」
既に開けられていた運転席に乗り込んだ狛に続いて、トランクに武器を放り込んだ
「第二だよな?」
発進音があまりに静かで、背中に重力を感じるまで進み出したことに気づかなかった私を他所に、前方では戦場に向かっているとは思えないトーンでの会話が広がられている。
「道わかるか?」頷きながら獅子島が答える。
当然のようにGPSなどという機能は搭載されていないのだろう。発進音の小ささだけでない、このロードノイズの少なさは電気自動車か。黒塗りといい、機械兵に気づかれないことに関しては適正が高いな。これまで運転席にしか腰をかけたことがなかった私は、後部座席の快適さにしばし酔いしれていた。見慣れた景色であっても、車窓というフィルターを通すと一味変わったように思えるのはなぜだろう。数時間前には緊張感と共に通過した壁さえ懐かしみを持って眺めることができた。前後を見渡せば、私たちと同じようように幾つもの車が通り過ぎていく様が見てとれた。
橋を渡り切る頃、ふと、疑問が頭をよぎった。
「壁は開けたままにして大丈夫なのか?」
「今は特例よ。ブザーが鳴ったときは緊急事態。あらかじめ出撃班と防衛班が決められていて、お互いにその役割を果たすの。普段から厳重な壁の守りが、今は防衛班総出で固めてるから大丈夫。」
なるほど、車に乗らずに武器を担いでいた人たちは基地の防衛の役割を待っていたのか。
「鳴ることはよくあるのか?」
「ううん、かなり久しぶりだと思う。基地が攻め込まれた時とか、色々過去にもあったんだけど…。今回は第二居住区が攻め込まれたみたいね。」
居住区。彼らの会話に度々登場するそこは、まだこの世界に馴染めていない私にとって異質であった。そんな私の表情を汲み取ったのか、啼が続けた。
「居住区には東京基地に入りきれなかった人たちが住んでいるんだけどね、まだ防衛設備が全然整っていないの。当然、機械兵に襲われることもよくあって、その度に大勢の方が亡くなってた。どの居住区にも戦闘員と伝来が常駐していて、何か問題があったら東京基地に知らせが来るようになっているのだけど、最近は襲撃も減って、みんな心のどこかで安心してたから…。」
語り終えた啼は、絶望とも、憤慨とも取れる目をしていた。
「さっきのブザーは、今向かっている第二居住区からの伝来の報告によって鳴らされた…ということか。」
「そう、少しでも早く向かわないと。これ以上命を失うわけにはいかない。」
車道や法定速度など存在しない今、道なき道を方角のみに従って進んでいる。タイヤは時折瓦礫を蹴り飛ばし、ヘッドライトに照らされた景色は瞬きをする間に背後に押し退けられ、暗闇の中にはその影すら残していなかった。窓を閉じているというのに、車体に逆らって流れた風は隙間を通って髪をはためかせる。車窓に安寧を求めれば、お互いに並走を許さない同士とのデットヒートが文字通り命知らずの攻防を見せていた。
「着いたぞ、第二居住ーーー。」
狛の到着を知らせるその声は急ブレーキの音でかき消された。
まだ止まりきっていない車体から3人が飛び出すと、完全に遅れた私は彼らがトランクから武器を取り出し終える頃にやっとその身を車外に置いた。集まり始めた車を背に、どこが正面かもわからないまま足を一歩踏み出した。
嫌な匂いだ。人の記憶は、時に五感に結びついて呼び起こされるという。お袋の味を大人になって食べると幼少期を思い出す、なんて話はよくあることだ。だがこの匂いは、そんな美談とはとても結びつかない忌まわしい記憶。基地で嗅いだ血や、錆を遥かに凌駕するほど私の海馬を刺激する。暗闇に目を凝らせば、彼らの姿をはっきりと捉えることができた。
「会いたかったよ。」
すっかり3人を追い越した私は、
悲鳴と歯車の犇く冥闇へとその身を投じた。
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