Ch.4 無表情という表情

やっと落ち着いたな。


なきに部屋を案内されてからものの数分、目新しさもない空間にはすでに居心地の良さがあった。といっても、6畳ほどの部屋には腰掛けたベッドを除いて何もない。こんなことなら啼の誘いを断るんじゃなかったな。

去り際に「もう少しこの世界についてでも話そうか?」と言った啼にノーを突きつけた自分を恨んでみるも、あの疲れた顔を前にこれ以上の拘束を要求できるほど身勝手には作られていなかった。

啼を思い出し、不意にあることに気づく。


…いや?彼らから見たら私もモノか。


「ふっ。」


口をついた苦笑は、無情にも壁に反射して自分へと追い打ちをかけてきた。


仕方なく背中を倒し、足で宙を蹴ると、壁を捉えていた視界は天井へと様変わりを見せた。先ほどよりも少し煤すす汚れた白は、この部屋の持ち主であった人物が喫煙者であることを教えている。どんな人だったのだろうか。男性か、女性か。背は私より高いのだろうか。何が好きだったんだろう。

部屋にかすかに残る痕跡を探しながら、もはやこの世にはいないであろう人物を妄想することにも飽きると、私は今日という日を思い返していた。

思えばこの1日はあまりに色々なことがあり過ぎた。明日から私は機械兵と本当に戦うのだろうか。

溜息と共に静かに閉じた瞼の裏には、暗闇と共に恐怖が宿っていた。



奴らに勝てるのか?この部屋の主のように還らぬ運命を辿るだけではないか?今更なにを足掻いて、無駄な…。そもそもこの世界は幻想でh…あa、博士はどこに…。



襲いくる恐怖から逃れるように背中をベットから突き放してみたものの、音一つなかったはずの空間は耳の裏側から鳴り響く不安で

煩い。既に開ききったはずの瞳孔は暗闇を映し、舌には食道から逆流してきた胃酸が食感を伝えている。あまりに人間に似せて精巧に作られた私には、この感覚が与えられた機能か、錯覚か、判断がつかなかった。



ああ、そうか。

今日初めて…。



いや、造られたあの日から。



私は、初めて一人になったのか。







「ウヴヴゥゥゥゥゥー、ヴヴウゥゥゥゥゥー」

突如、警報が鳴り響いた。使い古された警報器から鳴っているからなのか、音には時折り濁りが混ざる。確かに鼓膜を刺激したその音は、私を現実に引きづり戻すのに十分な役割を果たしていた。


少しふらついた足元をしつけ、錠のかかっていない扉に爪先を傾げる。私の手が届くより前に、扉は二度、音を奏でた。


「入っていいぞ。」

先ほどの錯乱を悟られないように表情を作り直し、姿勢を正す。


「大変!第二居住区が機械兵に襲われているみたいなの!」

扉の開閉音と共に啼が顔を出した。

「戦いにいくのか?」

「ええ、説明は移動しながら。とりあえず着いてきて!!」


促されるまま啼の背を追い、司令部を駆け抜ける。

どうやら中々複雑な作りをしているようだ。通路が至る所で交差しているうえに見た目が地味なせいで景色に代わり映えが無い。

これは迷ったら面倒なことになるな。などと考えながら走っていると、視界の隅で動いていた背中との距離が縮まり始めた。危うくぶつかりそうになりながらその足を止める。


そこには見慣れた景色があった。

理路整然と並べられた文明の結晶。人類は常に彼らと共にあった。いかなる発明も、つまるところ彼らを成長させるための糧に過ぎない。天井に吊るされた光源を反射した銀灰色は、命を嘲笑うかのような美しさだった。唯一の違いといえば、血の匂いを発しているのが彼ら自身ではないことくらいだった。


「武器庫か。」

「見たところ何も持ってないみたいだけど、戦える?ここには持ち主のいない武器もたくさんあるから、一つくらい持って行っても大丈夫よ。」

啼は手慣れた手つきで武器を取り出しながら返事をした。

「いや、私は大丈夫だ。戦いになればわかる。」

「そう?それならいいんだけど。」

少し手が止まったが、すぐに彼女は何事もなかったかのように続けた。

周囲では殺意を隠すそぶりもない戦闘員たちが各々の武器を取り出している。状況を知らせる指示は怒号のように飛び交い、空気の振動は部屋そのものものを揺らしていた。これから戦場に赴くというのに彼らの表情に不安はなく、パーティにでも招待されたかのような愉悦に満ちていた。その時、場を支配していたのは緊張感などではなく、高揚であることに相違なかった。



怒号に混じって背中から聞き覚えのある声が降りかかる。

「おい、そいつも連れて行くのか。」

振り向けば、既に手に鋼鉄をぶら下げた獅子島しじまがこちらを睨んでいた。

「いいでしょ?何か?」

「…なんでもない。いくぞ、狛が車を回してる。」

そういうと獅子島はこちらに背を向けた。


2つになった背中は、手に重量を抱えているとは思えないほどに早く、頭の片隅に残っていた恐怖など感じている余裕もなかった。

追いかける足は出口が近づくほどに加速していく。2人が足を早めているのか、それとも。



狂気とは伝染病のようなものなのだろう。誰しもが本能的に秘めている攻撃性、破壊衝動。先程、私が追いついているか確認するために振り返ったであろう獅子島の表情を見た時から、私は口角が下がらなくなってしまっていた。やっと、奴らに復讐ができるのか。

だがまずいな、今2人に振り返られたら誤解を招いてしまう。表情を作り直さねば。下を向き、呼吸を整える。機械制御された無表情を作り出すことに成功した私は、静かに顔を上げた。



背中は、すでに横に並んでいた。

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