Ch.3 メモリ不足のためこの操作を実行できません

「おじゃましまーす!」

私が追いついたことを確認したこまが勢い良くドアを開く。


「っ!?ノック…鍵は!!??」

狛の予想不能な行動によって疑問符で埋め尽くされた頭は思い浮かんだ言葉を脳内に抑え込むことに失敗していた。


禍月まがつき司令、申し訳ございません。」

大きなため息と共になきが頭を下げた。


禍月と呼ばれたその男は、部屋の中央に置かれたデスクに腰をかけたまま、視線だけをこちらに移した。

「いいんだ、いいんだ。戦闘員にとって最も大切なことは度胸だ。機械兵を前に挨拶など無意味。」

低く、しかし聞き取りやすいその声は、小さな部屋に反響して威圧感を増していた。


突如、啼に向けられていた視線が自分の視線と衝突する。

「…それで?普段は揃ってこの部屋に来ることないなどないはずだ。何かこの女性に理由でもあるのかね。」

さらに威圧感を増した声の銃口は、内容に反して私だけに向けられていた。

あまりの威圧感にたじろぐ。いっそ全て話した方が楽なのではないか、この男を前に嘘を突き通すことなど不可能なのではないか。少しでも気を紛らわせようと視線だけを逃してみたところで、目に映る小さな部屋は閉塞感を助長するばかりだった。


静寂は、突如として切り裂かれた。

「彼女は記憶喪失なんです。」

そう言い放った獅子島しじまの泰然たる態度は、当の私にすらその真実性を疑わせぬ雰囲気を帯びている。



―そんな獅子島を眺める私の脳裏には、あの時の記憶が蘇っていた。


「さて、どうやって芽衣を仲間として引き入れるかな。」

「ただお前たちの後に着いていく、ではだめなのか?」

「そうねー、一応こんな世の中でも規則はちゃんと存在するのよ。きっとみんなが好き勝手やっていたら、もっと早く人類は自滅していたんじゃないかしら。」

「秩序は自分たちのためにある…か。今の秩序を作っているのは誰なんだ?」

「今は私たち戦闘員を含めて東京基地の人間はみんな、禍月司令によって統治されているの。禍月司令も元々は戦闘員として機械兵と戦っていたんだけどね、私たちが生まれる前には引退して司令官の仕事に就いていたみたい。それ以来基地に入りきらない人たちのために居住区を設けたり、物流を確保したり、今の東京基地があるのは禍月司令のおかげなのよ。」

「居住区…機械兵に襲われることはないのか?」

「あるよ、それも一度や二度じゃない。数えきれない人が亡くなった。正直、統治しているといってもどこにどれだけの人が生きているかなんて把握できていないの。だから私たちは毎日こうして基地の近くの居住区を回りながら、少しでも多くの機械兵を停止させてる。いつか機械兵が全滅すると信じて…ね。」


そう言い切った啼の表情は希望ではなく、憂愁に満ちているように見えた。当然のことだろう。倒しても倒しても底の見えない機械兵に対して、人間はと言えば目に見えて減る一方だ。


「今の話でわかっただろ。お前が素直に『昔からずっと眠っていた機械です。起きたので人間のために戦います。』などと言おうものなら、がらくたにされるのに5分とかからないだろう。」

横から口を挟んできた獅子島を啼が嗜める。

「ちょっと!そんな言い方ないじゃない!!」

「ありがとう、でも獅子島の言っていることは正しい。状況を読めていないのは私の方だった。」


少しひりついてしまった空気に、一石を投じたのは狛だった。

「記憶喪失ってことにすればいいんじゃないのか?芽衣は今の時代に詳しくないんだし。なんか聞かれてもやり通せるっしょ!」

その発言に盲点をつかれた私たちは思わず顔を見合わせた。2人の瞳孔に反射したお互い顔は、宝地図を見つけた盗賊のような破顔をしていた―






「ほう?」

それだけ言うと、禍月は顎の角度で続きを促した。


「第3居住区周辺で倒れているところを発見しました。おそらく居住区からの避難民かと思われます。あいにく記憶がないようで、詳しい事情は掴めていません。」


「なるほどな、事情はわかった。」

納得したのかしていないのかはっきりしない口調で頷くと、今度は少しを身を乗り出して問いかけた。

「それで?どうしてここに連れてきた。避難民であるならば居住区にでも送り届けてくればいいだろう。」


「俺たちも初めはそう考えました。ですが…」


獅子島の合図に被せるように声を張り上げた。

「戦いたいんです!!見つけてもらう前、私は一度機械兵から逃げたのだと思います。記憶がないことへの不安もあります。それでも、私を助けてくれたこの3人の力になりたいんです!!」


流れるように言い終えて、あまりに自然にでてきた言葉に自分で驚いた。どうだろうか、女優顔負けの演技だったのではなかろうか。先程歩けなかったレッドカーペットを、今なら堂々と歩けるのではないだろうか。

…それとも、演技ではなかったのだろうか。本当は、博士と共に最後まで戦うことから逃げていたのだろうか。本当は、一人で取り残されてしまったことを不安に感じているのだろうか。本当は…。

いや、今はそんなことはどうでもいいことだ。

獅子島には、うまくバトンを繋げただろう、あとは頼んだぞ。


「こう言って聞かないんです。どうでしょう?戦闘員として迎え入れてもよいのではないでしょうか。俺たちが面倒を見ます。」


不思議なことに、質問は追撃してこなかった。


「よし、いいだろう。戦闘員に必要なのは度胸だ。獅子島、せいぜい死なないように管理しろ。」


「ありがとうございます。」

獅子島に次いで啼、狛と一緒にお辞儀をすると、部屋を後にする。




部屋の扉が掌よりも小さくなる頃には緊張も解け、4人の表情には和らぎが生まれていた。

しかし、その背後で小さく響いた施錠音を、私の耳だけが聞き逃さなかった。

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