Ch.2 モデルはランウェイで笑わない
恥ずかしい。
果てしなく続くランウェイを歩いてる気分だ。モデルのように毅然たる足取りを踏めたらどんなに気分の良いことだろう。左右に立ち並ぶ観客から向けられた目は好奇か、敵意か。隣を悠然と歩く
なんという体たらく。目を覚ましてからというもの、余計な感情に支配されっぱなしではないか。前を向けば、いやでも
「狛の周りは、どちらかと言えばレッドカーペットのようだな。」
少し落ち着いた私には、くだらないことを考える余裕が生まれていた。
不意に、耳に息がかかる。
「わかってるな?」
啼にも聞こえなかったであろうその小さな声に、振り返らずに答える。
「生憎、記憶力には自信がある方でな。」
納得したのか、背の高い
念を押してきたということは、目的地が近いということだろう。
「ここか…。」
目の前には、周囲とは明らかに異質な建造物が天を貫かんと伸びていた。内壁を花弁とするならば、こちらは伸びすぎた雄しべとでも形容しようか。
「ここが東京基地の司令部よ。戦闘員はみんなここに集まっているの。」
「立派な建物だな、流石は基地の司令部といったところか。」
口ではそう言ったものの、幾度となく修理されたであろう形跡の目立ったそれは、少し痛々しくも思えた。
司令部の中は異様な空気に包まれていた。一人になった狛を見て、ここには誰でも入れるわけではないことを悟る。野次馬のような人だかりが出来る気配は微塵もなく、代わりに充満した血と錆の匂いが私を迎え入れた。広いエントランスは武器を携えた兵達で埋め尽くされ、時折耳をつんざく金属音が鳴り響く。床には機械兵だったであろう鉄屑が無造作に投げ捨てられており、隻腕の老人がその一つを引きずっている。よく見れば鉄屑には人の致死量を優に超える血がこびりついていた。笑い声と怒号の入り混じった空間を数歩横切った頃、私はここが戦場であることをすっかり思い出していた。
鉄で作られた螺旋階段を足で鳴らしながら問いかける。
「外にいたのは戦闘員ではなかったのか。」
「ああ、外にいた奴らのほとんどは壁の外に出たことがねぇ。東京基地の中で、司令部にいる戦闘員だけが機械兵の恐ろしさを知ってる。正直、あいつらにいつ死んでもおかしくないなんて実感はないだろう。」
少し皮肉めいた言い方をした獅子島を啼が咎めた。
「良いことじゃない。ここ10年、東京基地は機械兵に襲われてないんだから。生きるか死ぬかを考える人なんて、少なくていいに決まってるわ。」
「そうだな。だがあまり平和ボケしすぎると、いざという時に対応が遅れる。逃げ遅れた奴まで俺たちに守りきれるかどうか…」
獅子島よりも申し訳なさそうな顔をした啼が、自らに言い聞かせるかのように答えた。
「大丈夫、絶対に守れる。そう思って戦うしかないのよ…。私たちに迷いがあったら、みんなが何を信じればいいかわからなくなる。獅子島、居住区出身のあなたが基地育ちを憎む理由もよくわかる。それでも、力のない市民を守れるのは、戦闘員である私たちだけなのよ。」
それを聞き、柔らかくなった表情の獅子島が何か言おうとしたが、啼の最後の一言によって遮られた。
「それに、今は芽衣だっている。」
単調に鳴り響いていた不協和音が一つ減った。と同時に一瞬、表情が曇ったのを見逃さなかった。先程啼が申し訳なさそうな顔をしていたことにも関係があるのか、今の私には知る由もなかった。
「ああ、期待しているよ。」
作り直された表情からは、中身を伴わない音の塊が私に向かって放たれていた。再び鳴り始めた不協和音は、先ほどよりも高い音を奏でているように感じた。
自分を引き入れた獅子島の行動と、垣間見える敵意の不一致に、私まだその真意を図りかねていた。先ほどの答えを返せないまま、気づけば和音は2つにその数を減らしていた。
見れば、狛は厳重そうなドアの前に立ちこちらに手招いている。珍しく緊張した面持ちの啼がこちらを振り返る。あのドアの先に目的の人物がいることは明白だった。
「期待に添えるよう頑張るさ。」
そう告げるとまだ何か言いたげであった獅子島を残し、足早に扉の前まで歩みを進めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます