第28話 最強賢者と最恐ドラゴンの結婚
晴れやかな青空に涼しげな風が吹き、新緑の香りを鼻に届けてくれる。
「クルクリの春は美しい」
母は良くそう言っていた。その顔は誇らしげだった。
「春になったら結婚して下さい」
そう言ってくれたのはファニー。ヘタレで優しい私の愛する夫。
氷の世界と化し、始終吹雪が吹き荒れていたクルクリに春が来た。灰色の街の街路樹が緑に代わり、あちらこちらに色とりどりの花々が咲き乱れる。
空も私の目の色に変わる。
大好きな色です!ファニーが空を見上げて言っていた。嬉しかった。
今日は私の……私達の結婚式だ。私とファニー、そしてレオンとシーグリッド。どうせなら春に一緒に結婚式をしようと言い出したのは、どちらからだったかは忘れた。だが悪くないと思ってる。
レオンとシーグリッドの間の子供は無事に産まれた。シーグリッド似のかわいい男の子にレオンは目尻が下がりっぱなしだ。
出産には私も付き添った。子供が産まれる瞬間の神秘に心の底から感動した。誇らしげに赤ちゃんを抱くシーグリッドを羨ましいと思った。
今日は結婚式なのでファニーがデザインしたウェディングドレスを着ている。私の姿を見たファニーが、「美しすぎて目が眩みます!俺の奥さんは世界で一番きれいです」と叫んだ時には驚いたが、嬉しかった。
クルクリ王城にある中庭で式を上げる。ファニーの両親も祖父母も来てくれた。『戦いの神』夫婦も来てくれた。その他色々な神々が参列している。こんなに神々が集まった結婚式は史上初ではないだろうか。神々の加護のお陰で、クルクリ国が光り輝いている。
しかも私達の結婚を祝福してくれるのは、『結婚の神』コアトリクエ。
コアトリクは私の手により転生し、過去の記憶は消えた。不思議なことに生まれ変わった『結婚の神』は女性になっていた。そしてその姿に一目惚れしたヨウシア兄様が即座に結婚を申し込み、二人は結ばれた。皆は手を叩いて喜んだが、私は少し心配だ。変態な兄に感化され、せっかく純粋な存在に産まれ変わったコアトリクエが変態にならなければ良いが……。
「姉様、綺麗よ」
短い丈のウエディングドレスで太ももを思い切り晒しているシーグリッドが、笑顔で近づいてくる。
「その言葉そっくり返すよ。ところでシーグリッド……お前の息子はどうした?」
「『子供の神』が見てくれているわ。誰よりも安心だし、ついでに加護も頂ける。一石二鳥よ!」
「さすがだな……。お前らしいよ」
「あら、母様もここぞとばかりに『出産の神』に加護をもらいに行ったわよ。母様はまだ若々しいけど、高齢出産になるでしょ?心配だったの。そう言う意味ではもう安心ね」
私がコアトリクエと戦っていたあの日。母の怒気が突然溢れ、世界を覆った。怒りの原因は父だと分かったが、その内容は分からない。母と一緒に父を追いかけたファニーは1週間後に「怖かった……」と泣きながら帰って来て、両親は2ヶ月後に帰って来た。その時には母は妊娠していた。
ファニーに何度か母の怒りの原因を聞いたが、断固として教えてくれない。言うくらいなら死ぬ、とまで言っている。死なないのに馬鹿な話だ。
「姉様……ちゃんと覚悟を決めたのよね?」
シーグリッドの言葉には頷く事で返す。
今日は結婚式。その後は中庭でちょっとした
恐れることはない。皆がやってきている事だ!今日は辛いけど、その後は徐々に慣れていくとも聞いた。それにコアトリクエに言われた言葉も耳に残っている。
『エッチをさせてくれない女なんて飽きられる』
ファニーだから大丈夫だとは信じているが、そんな理由で飽きられては、たまらない。いや、そもそも飽きられるくらいなら捨てようと思うが……待て待て、混乱してる立て直そう!
とにかく今晩頑張ると決めた!
決意を込めて拳を握り締めていると、呑気なファニーがレオンと肩を組みながらやってくる。相変わらず仲が良い。
そしてムカつくが、緊張のせいで私の心臓の鼓動が増す。まだ昼間なのに!夜まで時間がたっぷりあるのに!
「やっぱりアストリッド様、綺麗です」
このままでは目尻が地面につくのではないかと思われるほど、顔がニヤけけたファニーが笑う。
「シーグリッドの方が綺麗だよ。今日の夜は義理母さんが子供を見てくれるってさ。久しぶりの二人きりだ」
レオンがシーグリッドを褒めつつ私を牽制する。
分かっているよ!だから煽るな!
「アストリッド様……さっきお父さんに聞いたんですが、俺達の神殿を『建築の神』が神の国に造ってくれたそうです。明日でも行きませんか?」
「いつの間にそんなものを……分かった。明日……だな!」
「はい!約束ですよ」
相変わらず呑気に笑うファニーを見て、私も笑顔になる。緊張してる私が馬鹿みたいだ。
『結婚の神』の導きにより、私とファニー、レオンとシーグリッドは結婚証明書にサインをし、指輪を交換する。
初めはこんな風になるとは思わなかった。ただの興味本位の暇つぶしだったのに、惹かれ、愛し、結婚まで至ることになった。案外、出会いなんてこんなものかも知れない。予想もつかないところからやってきて、気がついたら当たり前のように一緒にいるのだろう。
結婚式が終わったら、次は同じ場所で披露宴と言う名のガーデンパーティーだ。
今回は『料理の神』と『酒の神』がパーティーの食べ物と飲み物を手配してくれた。
お陰で酒も食べ物も今まで食べた事がないほど美味しい。クルクリの城内の人間も国民もやって来て、美味しい食事に舌鼓を打ち、あちらこちらで歌い、踊り、戦っている。
「アストリッド様……」
ファニーに呼ばれ振り向くと、大好物のブルスケッタを皿に盛って来た彼がいた。
「確かに好物だが、私はファニーの手作りが食べたいな」
そう言いながら、手にとって食べる。そして気付く。
「やっぱりファニーの味が1番だ」
私のために作ってくれたのだと思うと、心が温かくなり笑みが漏れる。本当に良い夫をもった。このまま未来永劫を一緒に生きていこうと心から思えた。
嬉しさのあまりキスをすると、周りから歓声が上がる。手を振って応えると、更に盛り上がっていく。
ああ、私はきっとこの日を永遠に忘れないだろう……。
◇◇◇
それぞれが家路に急ぎ帰って行く。太陽は沈み、明るい月が夜の主役へと変わる。
飛び出しそうな心臓を手で押さえ、私はそっと寝室の扉を開ける。ファニーはまだいない。バスローブの下には、シーグリッドと一緒に買った勝負下着。正直、恥ずかしくて、恥ずかしくて仕方ない。
男の人はこういうのが好きなのよ。
シーグリッドに言われた。
今まで待たせた分、大胆に行け。
母に言われた。
痛かったら回復魔法をかければ良いのよ。
義理母に言われた。
覚悟を決めて前を向く。私は大丈夫!頑張れるはずだ!
ベッドに座り待っていると、私とは正反対に緊張とは無縁のファニーが扉を開けて入って来た。
「アストリッド様、バスローブって珍しいですね!」
そう言いながら、いつものようにキスをしてくれる。このまま、押し倒されてバスローブの下を見られると思うと、緊張からどうして良いか分からなくなる。頭の中は真っ白だ!
みんなから、全てはファニーに任せろと言われた。だから、後は流されるのみ!
だがそんな私の心に全く気付かずファニーは、おやすみなさいと言って、ベッドに横たわる。
こんな事態は予想してない!
みんなに待たせすぎだと言われたのは事実。こうなると口でちゃんと伝えるしかないのだろう。
「ファニー!待たせてすまなかった!私達は結婚もした。今日が新婚初夜だ!私も覚悟ができた。だから……ファニー?」
まったく反応がないファニーを覗き込むとスヤスヤと安らかな寝息を立てている。私は慌てて、ファニーの肩を揺する。
「ファニー!起きてくれ!私の話を聞いてくれ‼︎」
「ん〜。なんですか?アストリッド様、大丈夫ですよ〜。おれ、修行の成果で煩悩消したんで……」
むにゃむにゃ言いながら再び寝るファニーに対し呆然とする私がいる。
煩悩を消す?どういう事だ?つまりそういう欲求を消したと言うことか?私とやる気はない……と。
どうして良いか分からなくなり、ファニーの横で眠りにつく。
私達が本当の意味で夫婦になるのは、ずっと先かも知れない。
〜fin〜
最恐ドラゴンによる、最強賢者への恋愛指導 〜参考書は女性向け恋愛小説です〜 清水柚木 @yuzuki_shimizu
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