第27話 最恐ドラゴンと結婚の神(2)
空を飛ぶ俺の姿はドラゴンだ。そしてその背に乗るのはアストリッド様とリューディア様。
コアトリクに拐われた時の記憶を取り戻した俺は、彼に会いに行きたいと皆に言った。アストリッド様は当然一緒に行くと言ってくれた。リューディア様も一緒についてきてくれた。シーグリッドさんは身重なので行けない。レオンからはこのメンバーと行くと突っ込みが追いつかないから嫌だ、と断られた。
そんなわけで二人を乗せて飛ぶ俺はご機嫌だ。記憶が戻ったのでコアトリクの居場所も何と無く分かる。俺を拐って隠れていたあの場所だろう。
子供の俺を拐ったコアトリクは、変なことはしなかった。一緒に遊んでくれたし、おしゃべりもしてくれた。ただ、時折、堰を切ったように怒り出す時があった。なぜ、いつまでも自覚を持たないのか、と。その時のコアトリクは怖く、俺はいつも隠れて怯えていた。
コアトリクは時間が経つと元に戻り、いつものように遊んでくれる。それまでの辛抱だと思いながら。
そうこうしているうちにコアトリクが変わっていく。言葉使いは女性のようになり、女性の服を着るようになる。俺は新しい遊びだと思って、手を叩いて喜んだ。コアトリクエだね。とあだ名をつけた。
それが悪かったと……今なら分かる。
段々とコアトリクはおかしくなっていった。怒り出す事が増えた。変な事を言うようになった。
俺は怖くて隠れることが多くなった。元に戻れば遊んでくれる。それまでは隠れていよう……。でも隠れるのは疲れる……。どうして隠れなきゃいけないんだろう……。お父さんともお母さんとも会えなくて寂しいのは俺なのに……。この人のせいで寂しいのに!
子供の俺は、力の制御が効かず、邪神化し、コアトリクの神格を奪い、更に堕とした。
つまり、コアトリクがああなったのは俺のせい……。だから俺が助けなきゃいけない。それが俺のけじめだ。
◇◇◇
大陸の最北端。何もない場所に降り立つ。寒々とした海に面した大地には植物すら生えていない。荒れ果てた荒涼とした地。人が住まない土地。
ヨウシアさんと王様を見つけて降り立つと、ちょうどコアトリクの異空間を発見したらしく、王様が入り口をこじ開け破壊していた。そこから現れたのは片手に剣を持ち、血染めのウェディングドレスを着たコアトリクエ。
「コアトリク……」
俺が声をかけると、コアトリクエはコアトリクとなり、虚な目に力が灯った。ああ、やはり俺がコアトリクの心を曲げてしまったんだ。
「ファフニール……久しぶりだな。どうか、そのままドラゴンの姿でいてくれ。『恋愛の神』の姿になったが最後、私はコアトリクエに戻ってしまう……」
「俺のせいですね」
「気にするな……俺の心が弱かったせいだ」
寂しそうに微笑むコアトリクに心が痛む。俺のせいで捻じ曲がってしまった神格は元に戻るのだろうか……。
そう言えば俺が邪神化した時、もしくは邪神化しそうになった時はいつもアストリッド様が止めてくれた。それは愛の力だ。つまりヨウシアさんの愛の力で……。
そう思いつきヨウシアさんを見ると冷めた目をしている。『恋愛の神』の俺には分かる!あれは1ミリたりとも恋してる目じゃない!ヨウシアさんは邪神化した変態のコアトリクエが好きなんだ!しっかりして優しいコアトリクはダメなんだ!やっぱり兄妹だ!こういうところはアストリッド様と良く似てる!
「ファフニール……ヨウシアと私を結びつけるのはやめてくれ。私はあんな変態と結婚など嫌だ!」
その証拠にコアトリクからきっぱり断られた。ヨウシアさんはその言葉に傷ついてもいない。
その言葉を聞いて俺の背中から、アストリッド様が飛び降りた。
「愛の力がなければ、お前の邪神化は解けない。神とは面倒な生き物だからな。どうする?生まれ変わるか?今のお前は『結婚の神』としての力は使えまい。私も今のお前なんかに祝福されたくない」
「あ……アストリッド様!言葉選んで!コアトリクは俺のせいで邪神化しちゃたんだから‼︎」
またアストリッド様が厳しい事を言い出したので、俺は必死に止める。どうしてこの人は言葉をオブラートに包まないのだろう。
「知るか!ファニーと生活していって狂っていっただと?アホか!狂う前に気づいて手放せば良いものを!横恋慕してる暇があれば、さっさと忘れて他をあたれ!見苦しい!」
「な……お前……あなた……あんたには分からないわ!忘れ様にも忘れられない気持ちは‼︎だってあんたは結ばれた恵まれた女だもの!あたしは男で、しかも相手にもされないで……この苦しみはあんたには分からないわ!」
ああ、コアトリクが怒りからコアトリクエになってしまった。優しいコアトリクの力はあっという間に消え、コアトリクエの真っ黒い力が広がっていく。顔も表情もおかしくなっていく。さっきまで無精髭すらカッコいい男前の姿だったのに、やたら紅い唇と真紫のアイシャドウが目を彩る気持ち悪い顔に変わっていく。そんな彼を見て、興奮してるのはヨウシアさんだ。今にも抱き付かんばかりに、両手を伸ばしている。
ああ、カオスだ。できればコアトリクに俺とアストリッド様を祝福してもらい、未来に歩き出そうとしていたのに……。
「あんたを殺して、ファフニールを私の物にするわ!」
コアトリクエがその剣をアストリッド様に向ける。
「残念だがファニーは私のものだ」
アストリッド様が髪に刺していた櫛を剣に変え、兪樾を込めた笑みでコアトリクエに向かう。
ヨウシアさんは隙を見てコアトリクエを襲うとしてる。
王様は背伸びして、あくびしてる。
俺は短い手でワタワタしてる。止めないと!と思うけど、俺の背中に乗ったリューディア様がこの緊迫した状況が楽しいらしく、隠れて笑いながら見てるから動けずにいる。
アストリッド様とコアトリクエが剣で撃ち合い、互いに魔法を飛ばす。誰もいない地で良かった。二人が使う魔法の影響で、暗雲が立ち込め、海が荒れ、さらに竜巻まで起こってる。
「なによ!あんたなんか、怖くてファフニールとエッチできないくせに!」
「ファニーは待ってくれると言った。できなくてもファニーは私がいいんだよ!羨ましいだろう⁉︎」
「羨ましくなんかないわよ!そんなこと言ってるといつか飽きられるわよ!愛は掠奪なんだから!させてくれない女なんか、飽きられちゃうんだから!」
「ファニーは私に飽きない!あいつはヘタレだから他の女なんかにいけない!お前なんかヨウシアに抱かれてるくせに、ファニーの愛をもらおうなんてクソ生意気なんだよ!」
「抱かれたんじゃないわよ!襲われたのよ!あんたの兄は頭おかしいんじゃないの⁉︎変態よ‼︎」
「それには同意しよう!あいつはまごう事なき変態だ!あいつに好かれたお前も変態だ!」
剣を打ち合いながら、魔法を行使しながら、口喧嘩までする二人に呆れてしまう。しかもアストリッド様がついでとばかりに俺の心も抉っていく。泣きそうだ……。
「ファフニールくん、今の話は本当かい?」
王様が俺の近くに寄ってきて、コソコソと話しかけて来た。
「本当って言うと?」
俺はどの事か分からず聞き返す。
「アストリッドが怖くてできてないと言う事だ。いやぁ、親子だなぁと思ってね。リューディアも初めての時は怖いって言って泣いてね。強くて怖い彼女の一面が見れて、私は随分と興奮したものだよ。彼女のこんな姿を見れるのは私だけだと思ってね。それで慰めて宥めてなんとか出来たんだけど、終わった後の真っ赤な顔がまた、かわいくてねぇ。しかも、照れていたんだろうね。悔しそうな表情で涙目になって、顔も合わせてくれなかった。懐かしいねぇ。いやぁ、こんなことはクルクリでは言えないじゃないか。リューディアにバレたら殺されるからね」
「…………王様……。背中……」
「背中?背中がどうしたんだい?ああ、リューディアは普段は敵に絶対に背中を見せないんだが、実は攻められるのが好き……」
そこまで言って王様の顔は青くなる。
俺の背中から、凄まじいまでの怒気が飛ぶ。そのすさまじさで、周囲を渦巻いていた竜巻が消え、空に立ち込めていた暗雲が消え青空が広がる。更に荒れた海が恐怖を感じたように静まり返り、大気が同調するかの様に重苦しくなる。
アストリッド様とコアトリクエも戦いをやめて、こちらを見てる。ヨウシアさんなんかその場で気絶してしまった。
「誰にも言わないと……約束したはずだが?」
俺の頭の角を掴み、片足を頭の上で踏ん張り、肩に立ったリューディア様が世界を滅ぼさんとする勢いで現れる。たぶん世界最恐だ!神々ですら、今のリューディアさんは倒せない!みんな、一斉に逃げ出してしまうだろう。
俺だって怖くて逃げ出したいけど、リューディア様の怒気に当てられ動くこともできない。本当に怖い時は涙すら出ないんだと知った。心臓の音が激し過ぎて、内から爆発しそうだ!
「リューディア……い……いたのか……」
後退る王様、その遥か後ろにいたアストリッド様とコアトリクエがリューディア様の視界から逃げようと、仲良く手に手を取って走っていく。ずるい。俺もここから離れたい。
「ごめん!」
その一言と共に王様はすごい勢いで空を飛んで逃げた。
「追え!ファフニール‼︎」
俺はリューディア様に角を掴まれ、鞭を打たれた馬のように、勢い良く飛ぶ。
そしてそのまま怒るリューディア様に命令され、俺は王様を捕まえるまで飛び続けた。
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