夜人
浅川さん
夜人
僕の生まれ故郷には伝承というか怪談というか、とにかく昔から伝わる有名な噂がある。それが
色々な話があるが、全ての話に共通しているのは
「夜になると夜人が現れる。夜にしか現れない」
「焦げた匂いがする」
「目が合うと連れていかれる」
「そのため、夜間は極力外出してはならないし、家の中から外を見てはいけない」
ということだった。
僕も昔は両親や親せきから口酸っぱく言われてきたし、それが普通だと思っていた。しかし、就職と同時に村を出て東京で暮らしていた僕はそんな話はもうすっかり忘れてしまっていた。
東京の町は明るい。どこにでも街灯があるし、多くの建物は夜通し明かりをともしている。この町に怪異が現れる余地はない。
そんなある日、中学の同級生だった●●が亡くなったとの連絡が親からあった。●●は村の工場で職人をしていたはずだ。もうしばらく会ってはいなかったが、当時親友と言えるぐらい遊んだ仲だったので、僕は葬式に行くことにした。
久しぶりの故郷は相変わらず土のにおいがした。
実家に帰り、両親に話を聞くと、どうやら●●の最後は少し不自然だったらしい。自宅の庭に下着姿のまま倒れていたらしい。死因は凍死だった。この辺は雪が降り積もるわけではないが、今の時期は夜は氷点下まで下がる。防寒具を着込んでいるならまだ助かったかもしれないが、下着姿は自殺行為だ。
問題は、どうしてそんな恰好で外に出たのか。現場は彼の自宅だし、争った形跡もないので、彼が自分で外に出たとしか考えられない。だが、この地でずっと暮らしてきた彼が、そんな恰好で外にいれば命を落としかねないことはもちろん理解していたはずだ。酔っぱらっていたのかと思ったが、アルコールは検出されなかったらしい。持病もなかったし、何かの発作の痕跡もないという。自殺の線も疑われたが、特に思い悩んでいたふしもなければ、遺書もない。お風呂上りに何かに誘われて外に出て、そこで眠るように息を引き取った。それが状況が示す彼の最後だった。
だが、そんなことありうるのだろうか。確かに不自然だ。
「……夜人の仕業かもしれない」
父がぼそりと言った。
「いや、まさか。あんなのただの怪談でしょ」
「………だといいがな。お前も気をつけろよ」
気をつけろと言われてもな。仮に怪異の類だとしたら僕にはどうしようもない。
夕方、僕は●●の通夜に参加した。中学時代の友人も多く、懐かしい気持ちになったが、この場に●●がいないことが悲しかった。誰だってこんな形で再会したくはない。当時の仲間たちは僕のように村を出たものも多いが、村に残っていたものもいた。
彼らは家も近いので●●とよく会っていたようだが、やはり変わった様子はなかったという。ただ、2年ほど前に付き合っていた彼女が病死してしまい、相当落ち込んでいたようだ。
「あいつ、ゆきちゃんと付き合ってたんだぜ」
「え、2組のゆきちゃん!?」
「お前よく覚えてんな!そうそう、そのゆきちゃん。美人だったよな」
「ここらで有名だったもん。覚えてるわ」
「ああ。…そのゆきちゃんが一昨年がんで亡くなってなぁ」
「俺たちも悲しかったけど●●はずっと一緒にいたから……」
「それでもやっと最近笑うようになってきたところだったんだけどな……」
「………………」
一同黙ってしまった。
誰も口には出さないが、おそらく同じことを考えている。●●は夜人に連れていかれたんじゃないかって。ゆきちゃんは夜人になってしまったんじゃないかって。それ以降、みんな少し落ち込んでしまい、そのまま解散となった。
その夜、僕はなんだか眠れなくて、明かりを消した部屋で布団に寝ころびながら天井を眺めていた。色々と考えてしまう。
「●●の最後」「ゆきちゃん」「自殺?」「事故?」「夜人?」「夜人とは?」「夜人は誰?」
「はあ……」
ため息を吐く。解らないことだらけだ。特に僕はこの数年この村から離れていた。●●やその周りでなにがあったのか、知らないことが多い。僕にこの謎は解けない。布団に潜り込んで、目をつむる。
その日は夢を見なかった。
暗闇の中で突然意識が覚醒して、僕は体を起こした。何だ? まだ夜のようだ。どうしてこんな時間に目が覚めたのだろう。部屋を見渡すが、おかしなことは何もない。いや、一つ変わっていることがある。
カーテンが開いている。全開ではない。人が一人通れるぐらいの幅。
だが、閉め忘れたわけがない。僕は生まれてからずっと夜になるとカーテンを開けるのを禁じられて生きてきたのだ。誰かが開けた?誰が何のために?部屋の空気がいつもよりも冷えていることに気づく。カーテンのせいだろうか。僕は布団から抜け出し窓に近づく。一歩ずつゆっくりと近づき、カーテンを手に取る。そして僕は、よせばいいのに、窓の外を覗き込んだ。
……誰かが立っていた。
家の門の外。暗闇よりもさらに深い影。深淵が人の形を成したかのような異質な存在感。見えないほど暗いから見えてしまう。
全身の毛が逆立つような感覚。生理的嫌悪感。あれは見てはいけないものだ。しかし目が離せない。
吐き気のような気持ち悪さをこらえながら、声も出せず、動けずにいると、影は動き出した。するすると滑るように鉄製の門をすり抜け、障害物も全て貫通しながら動いてくる。こちらに向かって一直線に。
「………!!」
叫びたかったが、やはり声は出なかった。
早くカーテンを閉めなければ大変なことになる。だがわかっていても、強く念じてみても、手は動かなかった。もう黒い影は窓の目の前にいた。近づいてきたそれにガラスに反射した僕の顔が重なって映る。目玉はくりぬかれたように真っ暗で、口元がパクパク動いているように見えるが声は聞こえない。
僕の顔をしたそれは、窓ガラスに腕を伸ばした。
腕は窓ガラスをぬるっと貫通し僕の方に伸びてくる。黒く細い指が昆虫の脚のように細かく動いている。
「わあああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
そのときようやっと声が出た。自分でも驚くほど大きな声が出て思わずしりもちをついてしまう。真っ黒な腕は先ほどまで僕の顔があった辺りをまさぐっていたが、するすると外に戻っていった。僕はすぐさまカーテンを閉めて、部屋の電気をつけた。明るくなった部屋はいつも通りで、変わったところは無かった。その時、背後のドアがノックされて、僕は飛び上がった。
「あんた、大丈夫?」
母の声だ。
「母さん?本物だよね?」
「なにいってんの。夜中に大きな声出して。迷惑だよ」
恐る恐るドアを開けると眠そうな母が立っていた。
「……ごめんごめん。たぶん、ちょっと怖い夢見ちゃって」
「どんな?」
「……夜人が来たんだ」
部屋には焦げ臭い臭いが残されていた。
後で調べて解ったことだが、夜人の言い伝えは江戸時代のころには存在していたらしい。この村で大規模な火災が起きてしまい多くの村人が焼死したことが発端ではないかと書かれていた。炭化するまで焼け焦げた遺体は枯れ木のように細く、暗闇よりも暗かった。それ以来、村は夜になるとこの世のものではない者が現れるようになる。そして月日は流れても、火事などで亡くなる人が出ると彼らは現れる。そういう呪いがこの土地にはかかっているのだと。
だが、ここ最近火事は起きていない。なぜ夜人は現れたのだろう?
僕は父にこの話をすると、父はこう言った。
「そんなの簡単だ。火葬も人の体を焼いている。……この村で亡くなった人は、みな夜人になるという事だ。俺も、お前も」
完
夜人 浅川さん @asakawa3
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