また君に恋をする

桜木 

第1話 出会い

それは春のある晴れた日の出来事。

 普段は人気の無いA棟の近くに生えている大きな桜の木の下で俺は寝転んでいた。

 その日は春風が心地よく吹いて、まさに昼寝をするにはもってこいの天気だった。

 気持ちいい春風に吹かれながらウトウトしていると、遠くから足音が聞こえてきた。

 その足音は、俺の近くで止まった。

 (誰か来たのかな……?)

 俺は眠ることよりも誰が来たのか気になってしまい、そっと目を開けて音のした方へ顔を向けた。

 そこには、俺と同じ学校の制服を着た女の子が体育座りをして本を読んでいた。

 春風に吹かれさらさらと揺れる黒く美しい髪に、今にも吸い込まれそうなほど透き通っている青い瞳に目を奪われていると、彼女と目が合った。

「すみません……もしかして起こしちゃいましたか?」

 申し訳ない様子で彼女は俺にそう言った。

 何か言おうとしたが声が出なかった。それもそうだ、休み時間はこの桜の木の下で昼寝をしていて学校にいる時も女子と話すことなんてほとんど無いのだから。

 俺は顔を横に振ることしかできなかった。

 すると彼女が

「……ここの桜、綺麗ですよね」

 と緊張ながらも頑張って話しかけてきてくれる様子だった。

俺は「……きみもよくここに来るの?」と聞いてみた。

 「最近見つけて1人になりたい時はよく来るんです。ここなら静かに本を読めますから」と彼女は言った。

 彼女との会話はしばらく続いた。

 「もうそろそろ私行きますね」と彼女は言って1人歩いて行った。

 そんな彼女の後ろ姿を見ていると、うちの学校の予鈴が聞こえて我に返った。

 「ヤッベ!」

慌てて俺は自分のクラスに向かって走って行った。

 突然出会った不思議な女の子……。

 あの子は一体誰なんだろうか……?

 そんなことを考えながら、午後の授業を過ごした。

 翌日

 俺はいつも通り朝食を済ませ制服に着替えると、家を出る時間までスマホを触っていた。

 家を出て俺のお気に入りの桜街道を歩いていると、そこには見覚えのある女の子が歩いていた。

 春風に吹かれさらさらと揺れる黒く美しい髪を思い出し俺は気づいたら小走りをしていた。

 「……おはよう」

俺は勇気を出して彼女に声をかけた。

 声が聞こえて、少し驚いた様子でこちらを振り向いた。

「お……おはようございます……」と少し緊張した感じで挨拶を返してくれた。

 それからは、時間が合う時は一緒に登校するようになっていた。

 学校に着いて下駄箱に向かうと彼女も同じクラスだと言うことに初めて気がついた。

初めて出会ったのが桜の木の下なのだから仕方ない。

 すごい今更感はあるが、あぁ本当に今更だ。

 (今度会えたら名前聞こっと)

俺は心の中で思った。

同じクラスと言うこともあって、視線に彼女がよく目に入る。

 クラスの中の彼女はとても静かで、女子が話しかけてくるけど返事もおどおどしてて、まさにコミュ障って感じの子だった。

昼休みになり俺は一人弁当を食べていた。

弁当を食べ終わっていつもは桜の木の下で昼寝というのが

お決まりなのだが、午後からの授業は移動教室でその先生が遅刻するとめちゃくちゃ怖いので、今日は教室で昼寝をすることにした。

 春の暖かい日差しが一層眠気を誘ってくる。

 気持ちよく眠っていると、誰かが肩を優しく叩いてきて

「あの…起きてください。」

と言ってきて、俺は眠い目をこすりながら徐々に目を開けて、

声のする方へ顔を向けた。

 そこには彼女が立っていた。

彼女は「やっと起きましたか…授業に遅れちゃいますよ?」

と言ってくれたが、寝起きで寝ぼけている俺は頭の整理が追い付いていなかった。

 5秒ほど考えて、次の授業が移動教室だということに気づいた。

 俺は急いで教材を持って、「行こう!」と彼女の手を掴んで走り出した。

 幸いにも、自分たちのクラスから距離は離れてないのでここまま行けば間に合う

と思っていたが、入り口にはすでに先生が腕を組んで立っていた。

 「手を繋ぎながら来るとは、いいご身分だなぁ?」

何を言っているんだ?と一瞬思ったが、違和感のある右手を見てみると

そこには彼女の手をしっかりと握っている自分の手があった。

 俺は驚いて彼女の手を振り払うように放してしまった。

 先生が、「2人とも、廊下に立っていろ。」と俺たちは廊下立ちの刑を言い渡されてしまった。

 「ごめん…俺のせいであなたまで巻き添えにしてしまった……。」自分が昼寝をしていたせいで彼女にまで迷惑をかけてしまったという罪悪感に包まれた。

 彼女が「気にしないでください。迷惑だなんて思っていませんから。」

と優しい声でそう言ってくれた。

 「でも、どうしてギリギリまで寝ている俺を起こしてくれたんだ?」

 「ほっといて授業に行けばこんなことにはならなかったのに…」

 純粋に気になる質問を彼女に聞いてみた。

 すると彼女は「全然気にしないでください。」と彼女は答えた。

 意外過ぎる返答に俺は何も言うことが出来なかった。

 俺のことが気になって声をかけた?言っていることが理解できなかった。

 思考回路をフルに回転させたが、回転させるだけ混乱を招くだけだった。

そして俺は考えるのをやめた。

 「でも、起こしてくれてありがとう。」彼女に言うと、こちらに向かって優しく微笑んでくれた。

 彼女の微笑みを見て俺の心臓の鼓動が聞こえてしまうのではないかと思うくらい早くなっていた。

 「すごい今更なんですけど…名前言っていませんでしたね。」

 「私は、音瀬おとせ 春香はるか

 「俺は、綾瀬あやせ 斗真とうま

 「遅くなっちゃったけど、よろしくね綾瀬君。」

 「こちらこそ…よろしく…音瀬さん。」

 自己紹介をしたものの、そこからは会話は無く沈黙が続いた。

 お互い遅すぎる自己紹介。けどなぜだろう、彼女の名前を聞けてすごくうれしい気持ちが沸き上がってきた。

 音瀬春香…俺は彼女になぜがドキドキしてしまう。

この感情は一体何なのだろうか?今はまだわからない。

 廊下たちの刑。まるで俺と彼女と惹き付けるきっかけを作ったかのような感じがした。

 先生にみっちりしごかれ、授業に戻った。

 残りの授業も終わり生徒が下校、クラブ活動を行っていた。

 特にすることのない俺はお気に入りの桜の木の下を歩いていると「綾瀬君」と聞き覚えのある声が聞こえたので振り向くと、遠くから音瀬さんが走ってくるのが見えた。

 「どうしたの?俺になにか用?」と質問した。

 走ってこっちに向かってくるのだから、何か用事でもあるのだろうと勝手に思っていたが音瀬さんは「一緒に帰りたいなって思ったんですけど、迷惑でしたか…?」とまた意外な返事が返ってきて驚いたが、何故だろうか?彼女と一緒に帰れて嬉しいと感じる自分がいる事にも驚いている。

 「そんなこと無いよ 一緒に帰ろっか。」そう言って俺と音瀬さんは桜の木の下を歩いていた。

 それからはいろんな会話をした。

 好きな料理だとか趣味だとか、小学生みたいな会話だが彼女と話せるきっかけになればなんだっていいと感じた。

 「あの…今度のお休み予定ありますか?」いきなり音瀬さんは俺にそう言った。

もう驚きの連続で動揺しなくなっていた。

 落ち着いた様子で「特に無いけど、どうかした?」と返事をした。

 すると彼女は「もしよろしければ、お買い物行きませんか?」

 まさかこれはデートのお誘い!?そう思った俺は、心臓の鼓動が早くなっていくのを感じたが相手に悟られないように、落ち着いた様子で「いいね。行こうよ!」と言った。

 また彼女はいつもの優しい微笑みを浮かべた。

 その笑顔を見るたびに、心臓の鼓動が早くなっていく。

 もしかして、これが「恋」と言うものなのだろうか? 

 2人は今度の土曜日に会う約束をしてお互いの家に帰っていった。その時の足取りは軽く感じた。


 約束の土曜日 

 俺はいつも以上に気合を入れて服選びをしたが、オシャレとは無縁だったので、正解が分からず結局いつもの落ち着いた服装になった。

 大きな桜の木の下で集合となっており、俺は足早に向かっていくとそこには彼女が待っていた。

 「ごめん、待った?」

 「私もちょうど来たところだよ」

 普段は学校の制服が見慣れているせいで、私服を見る機会がないからなのか、彼女の私服姿に見惚れていた。

 「大丈夫?」そんな彼女の一言に我に返り

「大丈夫。行こっか。」と返事をして俺たちは近くにあるショッピングモールを目指した。

 休みの日は自分の部屋から出ないでぐーたライフを過ごすのが日常だったので、誰かとお出かけなんて新鮮でしかなかった。しかも音瀬さんとだなんて…。

 「音瀬さん。買い物って一体何を買うの?」と緊張しながらも素朴な疑問を聞いてみた。

 彼女は「本です。今読んでいる本の新刊がこのまえ発売されたんですよ。」と答えた。確かに音瀬さんは休み時間とかによく本を読んでいたのを思い出した。

 音瀬さんは、このショッピングモールによく来ているみたいで、その中の本屋さんがお気に入りだった。

 ショッピングモールに着いたときにはお昼になっていた。

 「お昼先に食べない? 歩いたらお腹空いちゃって。」とお昼の提案をすると彼女は、

「そうですね。先お昼にしましょうか。なんか食べたいものありますか?」とリクエストを聞いてくれたが、普段はカップ麺しか食べてない俺に女性の食の好みなんてわかるわけもなく、沈黙してしまった。

 近くにあったフロアマップを見てみると1階と2階にフードコートがあり、いろんな料理が掲載されていた。

 すると彼女が「ここなんてどうでしょうか?」と言いながら1つのお店を指さした。

 指をさした方へ目を向けると、そこには「ラーメン」の文字があった。

 「音瀬さんラーメン好きなのですか?」意外過ぎるチョイスに少し笑いながら聞いてみた。

 「なんですか…私だってラーメンくらい食べますよ…。」音瀬さんは少し頬を赤くし恥ずかしそうに答えた。

 この会話のおかげで緊張がほぐれた気がした。

 2人はそのラーメン屋に向かったがちょうどお昼時なので混んでいたが、その待ち時間すらも楽しいと感じる自分がいた。

 俺たちが店内に案内され席についた。メニューを見るとどれも美味しそうで迷ってしまうほどだったが腹ペコだった俺はラーメンの大盛を頼んだ。

 彼女はというと、ラーメンの大盛りと餃子とご飯を頼んでいた。

口コミを見てみると、ここの大盛は大人でも満足いくくらいの量があるというのに、そこに餃子とご飯もセットで頼むなんて、どれだけ食べるんだよ(笑)と心の中でツッコミをした。

 口コミに書いてあった大人でも満足いく量に納得した。

 今にも胃がはち切れそうな勢いだった。

 彼女はというとあの量を食べても平然としていた。お店を出るとき周りの客が、彼女の方をみているのが俺でもわかるくらいだった。

 少し休憩をもらって、2人は本屋に向かい音瀬さんはお目当ての新刊の本を買えてとてもご満悦の様子だった。

 用事を済ませた2人は来た道を帰っていると、小さな公園が目に入った。

行きは彼女との会話に夢中で気が付かなかったが、ここにも綺麗な桜が咲いていた。

 「こんな所に公園なんてあったんですね。気が付きませんでした。」

 「あの…もしよろしければ少し寄っていきませんか?」またもやうれしいお誘いがきた。

 「もちろん。あそこにちょうどベンチがあるからそこ行こうよ。」断る理由も無かった。

誰もいない静かな公園、当然そこには俺と音瀬さんしかおらず2人はベンチに座ってかいわをすることなくただ静寂が続いた。

頬を優しく撫でるように吹く春風が心地よかった。

 横を見ると音瀬さんと目が合った。2人は思わず顔を逸らしてしまった。

心臓の鼓動が止まらない。なにか話のネタを出さないと…、ダメだ…考えようとしても何も思い浮かばない。

 すると彼女の方から「今日はお買い物に付き合ってくれてありがとう。綾瀬君といろいろお話しできて楽しかったよ!」それを聞いて、俺はとっさに「俺の方こそありがとう 俺も音瀬さんに会えて嬉しかった!」

 「え…?」彼女はキョトンとした顔でこちらと見ていた。

 自分で何を言ったのか気づくとその回らない口を必死に動かした。

 すると彼女は、くすりと笑い「私も綾瀬君に会えて嬉しかったです。また会ってくれますか?」と言ってくれた。

 俺は顔を思いっきり縦に振った。すると彼女は「良かった!ありがとう!」と今までとても素敵な笑顔を見せてくれた。

俺は彼女の笑顔を見たとき、またこの方に会いたい。そう心から思った。

公園を出るときは夕日であたりはほんのりオレンジ色に染まっていた。

「綾瀬君、また明日ね」

「うん、また明日ね」

2人はそう言って、軽く手を振りながらお互いの家に帰ろうとした時、「ちょっと待って」という声が聞こえたので振り返ると音瀬さんがこっちに向かってきていた。

「どうしたの?忘れ物?」聞くと「連絡先交換しよ?」という返事が返ってきた。

2人は連絡先を交換して帰っていった。

夕飯を終え自分の部屋でゴロゴロしていると「改めて今日はありがとう!」と彼女からメッセージが届いていた。「俺方こそ誘ってくれてありがとう!」今でも彼女と繋がっていることに嬉しく感じた。

「また、学校でね。おやすみなさい。」

「おやすみなさい。」彼女のメッセージを返して俺は眠りについた。

 いつもの朝

 俺は支度を済ませて家を出た。

 いつも通りの朝、いつも通りの通学路なのに何故だろう、違和感を感じる。

 その違和感の正体はすぐに分かった。

 音瀬さんがいない事だった。いつもならこのくらいの時間に会って一緒に学校へ行くのが日常になってきていたが、音瀬さんがいない。

 先に学校へ行ったのだろうと思い、俺は1人学校へ向かった。

 クラスに入っても、音瀬さんは居なかった。

 朝礼時に担任の先生から連絡があった。

 それは音瀬さんが風邪で休みと言うものだった。

 音瀬さんに会う前までの俺だったら特に気にしていなかったのだが今回は違った。

 胸の奥がざわざわするというか何というか、落ち着かなかった。

 全ての授業が終わり、俺は音瀬さんにメッセージを送って急いで彼女の家に向かった。

 前に家まで送った道の記憶を思い出しながら、俺は走った。メッセージを確認しても既読は付いていなかった。

 疲れも忘れて俺はただ走った。

 彼女の家に着いてインターホンを押すと彼女の母親が出てきた。

 音瀬さんの友達と言うことを伝えると彼女の部屋まで案内してくれた。

 部屋に入るとそこには眠っている音瀬さんがいた。母親に話を聞くと、朝から体調が良くなかったらしく病院に連れていったら風邪との事だった。

 すると彼女が目を覚ました。

 彼女の母親は気を遣ってくれたのだろう。

「ゆっくりしていってね。」と一言だけ言って部屋から出ていった。

 「風邪大丈夫?」と聞くと彼女は顔を縦にゆっくり振った。どうやら声が出ないらしい。

 彼女が風邪だと言うことに安心して、長居は失礼だと思い「そろそろ行くね、ゆっくり休んでね。」と伝えて部屋を出ようと立ち上がると、彼女が袖を掴んで「もう…少し…居て欲しい…。」と出ない声を頑張って出して俺にそう言った。

 その時の彼女の目はどこか寂しげだった。

俺はスマホを取り出し、親に帰りが遅くなることを連絡した。「親には帰りが遅くなるって伝えたから落ち着くまで居るからね。」と伝えると寂しげだった彼女に目は、安心したのか少し和らいだように見えた。

 すると彼女がベットから手を出してきて、なぜか自然と俺は彼女を手を優しくに握った。

 しばらくして落ち着いたのか、彼女はまた眠ってしまった。外を見るとすっかり暗くなっていた。

 眠った彼女を起こさないように、そっと部屋を出た。

 翌朝、彼女からメッセージ届いていた。

「昨日は来てくれてありがとう。綾瀬君が来てくれて嬉しかった。」

 彼女が喜んでくれて嬉しかった。

そう思いながら、「風邪は大丈夫なの?」と送るとすぐに「もう大丈夫だよ。今家を出たところだよ。」と返事があった。

 また一緒に登校出来るかも?そんな妄想を考えながら、いつもの道を歩いていると「綾瀬君」と聞き慣れた声がしたので立ち止まって振り返るとそこには音瀬さんがいた。

 すっかり元気になった彼女をみて安心した俺はまたいつものように2人で学校に向かっていった。

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また君に恋をする 桜木  @kowasami

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