ワクチンと殺し屋

@Atuyuta

ワクチンと殺し屋

 私は殺し屋。今夜もいつものバーで一仕事終えた疲れを癒している。最近は仕事が多くて困る。1日に10件も仕事が入ることなど滅多にないが、ここ1週間それが続いている。

 私は真面目な殺し屋なので、獲物の素性を徹底的に調べ上げてから仕事にかかるのだ。1日に10件となると眠る時間などない。働き方改革というものは、いつ殺し屋に届くのだろうか。

 ましてや依頼主が一度も会ったことがない獲物となると、余計に調査に時間がかかる。

「まったく物騒な世の中になったもんだ。」

 ぽつりと呟き、明日の獲物の情報を集めながら、いつものように隣の客の会話に耳を傾ける。


 「今日、20回目のワクチン打ってきましたよ。いつになったらワクチン打たずに暮らせるんですかね。」

 おそらく部下と見られる男が、これもまたおそらく、上司と見られる男に向かって話している。

「死ぬまでワクチン打ち続けなきゃ安心して生きていけないだろ。安心を打っていると思って諦めろ。」

 数年前からこの世界では殺人ウイルスが蔓延している。殺人ウイルスも殺し屋は怖いのか、私は一度も罹っていない。

「そういえばお前どこのワクチン打ってるんだ?」

「僕はA社製のですよ。」

 ワクチンは同じ会社で製造されたものを打ち続けないと効果が出ないらしい。注射嫌いの私には無縁の話だ。

「A社か。去年生まれた子はどうだった?」

「息子はM社製でないとダメみたいです。」

「ということは奥さんはM社製か?」

「そうです! 妻はM社製です。」

「おお良かったな」

 上司はニヤリと笑って続けた。

「実は最近聞いた話なんだが、両親の接種しているワクチンが遺伝子レベルで子供にも影響しているらしい。」

「なんだか怖いですね。」

「A社とM社のワクチンを打っている両親から生まれる子供は必ずM社になるらしい。ワクチンを牛耳っているA社、F社、M社の3社がうまいことジャンケンのようになっていて、両親がA社とF社なら子供はA社、両親がF社とM社なら子供はF社なんだと。もちろんA社どうしの両親だと子供もA社だ。巷では、血液型に次ぐ不倫を炙り出す材料になっているってさ。奥さんもA社だったら不倫確定だったな。」

「そ、そうなんですか…。良かった…。」

「まああくまでも噂だからな。科学的な根拠はまだないよ。」


 不倫業界にもワクチンの副作用はあったのか。


 ん?

 明日の獲物、全員A社製のワクチンを接種しているな。

 今日の獲物も全員A社だ。


 もしや…。

 私が最近忙しかったのもワクチンの副作用か。

 なるほど、これからもっと忙しくなりそうだ。

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