第16話 神も悪魔も、細部へ宿る



「さぁ、入り給え」

「お邪魔しまーす……」


 結局断り切れずに、館長に誘われるままに美術館へやってきてしまった。まぁ、姉の勤め先だし、無理に断って心証を悪くするというのも考え物かもしれない。

 それに何より、強盗共もこんな衆目も多い中で襲ってくるような事はないだろう。そう自分に言い訳しながら来たが、はたして『見せたいもの』とは何なのだろうか。


「そういえば、刀剣フェスの展示は既に見たかな?」

「あーいえ、まだですねぇ。あんまり時間作れなくって」

「ははは。君はよく誰かを手伝っているからねぇ。

 ならばちょうどいい。軽くではあるが展示を見ながら歩むとしようか」


 館長は笑いながらそう提案する。その提案に、俺は少し好機を覚えた。確か、覚醒した醒遺物フラグメントの詳細について、誰も掴めていないのが現状だったという話があった気がする。

 恐らく醒遺物フラグメントは、この展示物の中の何かなのだろう。ならば能力を使わずとも、どれがその醒遺物フラグメントなのかを調べるとか、そういう方向で機関の力になるというのは、アリなんじゃないか?

 そうと分かれば、詳細を出来る限り調べてやる。そう決意しながら俺は、展示室へと足を踏み入れる。すると目の前には、多数の展示された刀剣が広がった。


「おぉー。これはまた、壮観ですね」

「苦労したよ。様々な国宝級の刀剣を集める為の交渉が、特にね。

 やはり国宝ともなると、展示の予定が数年先まで埋まっているものだから、今回は骨が折れたよ」

「あ、これが噂に聞いた天下五剣ってやつですか。五剣なのに2本しかないですけど」

「それは単純に私の交渉がうまく行かなかっただけなので、あまりつつかないでくれると助かる」

「す、すいません。あ、これ知ってますよ自分」


 気まずい部分に触れてしまったようなので、見知った刀剣の話題へと話題を変える。

 童子切安納、天下五剣の中でもよく漫画やゲームに出てくる頻度の高い刀だ。なんでも平安時代に数多の妖怪を斬り伏せただとか何とか。名前も、鬼の総大将の首を切った事にちなむという。

 心なしか、前に立つだけでも、なんと言うべきかは不明だが、他の刀剣とは違う"凄み"を感じた。


「お目が高いね始くん。それは私が特に展示したく、交渉に難儀した刀剣だよ」

「あれ? そうなんですか? 白神館長がそういう事に拘るのって、なんか意外でした」

「私とて人だからね。好き嫌いはあるさ。私はその童子切という刀の持つ神秘性に、強く惹かれるのだよ」

「神秘性、ですか」

「そう。平安時代に、実在したかもわからない鬼や妖怪。数多のそういった魑魅魍魎を斬り伏せたと言われる刀剣。それが目の前にある。

 若者風に言うのならば、ロマンを感じないかね? まぁ、そもそも妖怪などいたのか? と言われたら何も言えないがね」

「なるほど。俺は、いたんじゃないかなって思いますよ? 昔って、色々不思議が溢れてそうじゃないですか」

「ははは、そう言ってもらえると嬉しいよ」


 嘘ではなく、割と本心寄りの言葉だ。つい最近までの俺だったら、妖怪などの存在は半信半疑だったろう。だが、昨夜からその認識は180度変わる事となった。

 かつて世界は1柱の存在から始まり、今現在もそれと同じ力を扱える人たちがいる、そんな現実を突き付けられたのだから。

 それに加えて、かつては神々すら存在し、その力の残滓が今も息づいていると来た。ならば妖怪だっていても、何ら不思議ではないだろう。


「白神館長、この飾られてる刀剣の一覧ってどっかにあります?」

「ああ、それならそこにもあるパンフレットに載っているよ。由来を調べたりする気かな?」

「まぁそんな感じですね。館長がそこまで入れ込むのは珍しいなと思って。どういうのか調べてみたくなりました」

「ありがたいねぇ。では──────そんな私が、此処にある全ての刀剣以上に入れ込んでいる物があるとしたら、興味あるかね?」

「え……?」

「ついて来たまえ」


 言われるがままに俺は、白神館長に連れられ美術館の裏方へと歩む。主に発掘された考古学的に貴重な物や、壊れかけた工芸品を補修したりクリーニングする部屋だ。

 そんな部屋のさらに奥。厳重に鍵が閉められた部屋へと、俺は案内された。


「こんな奥に、部屋が?」

「地震があったからねぇ。いざという時を考えて移動させてもらったんだ。

 これから見せるものは、非常に貴重な代物だからね」

「そんな大事な物、俺なんかが見ていいんですか?」

「君だから見せるんだ。好奇心旺盛な、これからの未来を担う少年だから。

 なに、かしこまらないで良い。コレクションという物は、誰かに見せてこそ……だからね」


 そう微笑みながら、白神館長は重厚な扉を開けた。

 中を見た瞬間、俺は息をのんだ。そして同時に、声を上げそうになったが精一杯に抑えた。

 何故か? その扉の向こう側に安置されている"それ"を、俺は知っているからだ。


 その部屋にあったのは、俺が昨夜に接触した刀剣だった。

 刀身がまるで鏡張りの如くに輝きを放っている、巨大な剣。

 明らかに片手では持てないようなそのサイズから、純粋な武器ではなく、何らかの儀礼用の剣だろうか?

 室内ではガラス張りのケースの中に、絹製の布が敷かれた上に安置されている。その姿はまるで、静謐なる神殿のような雰囲気を醸し出すほどに美しかった。


「これ、は……?」

「この鳶原の地で発掘された、名も無き刀剣だよ」

「え!? それって、何年前の話です? そんなニュース、聞いた事……」

「発掘されたのは20年ほど前だ。知らないのも当然だよ。何故ならこの存在は、表沙汰になっていないからね。

 この刀剣がいつ作られたのか、放射性炭素年代測定でも分かっていない。加えてどの時代、どの国、どの文化にも当てはまらない形状ときた。一応、表向きは古墳時代の神器という事になっているがね。

 見なさい、この美しい輝き。時代を超えても尚色あせないこの輝き……、どう作成したのかすら分からない。

 このようなものを発表したならば、日本の考古学が事になる。斑鳩いかるが教授を始めとした、うちを懇意にしている教授も、発表に猛反対してたよ」

「あー……それは、確かに」

「だから、ある程度調査が進むまでここで保管しておこう、となったのさ」


 そういう事もあるのか、と少し納得した。そんな俺に白神館長は続ける。これを保存する為に、この地に工芸資料館を作ったと言っても過言ではないと。

 確かに、対面するだけでこれだけの威圧感と神々しさを感じさせる剣だ。何としてでも、手元に置きたいという気持ちはわかる。

ただやはり不可思議なのは、これがどういった出自なのか、という疑問であった。俺に力を与えた、由来の分からない醒遺物フラグメント。これは一体、何なんだ?

 そんな疑問を抱いていると、気がついた時にはそれは言葉となって口から発せられていた。


「時代が分からないし、文化も不明……。じゃあ、これは一体、なんなんですか?」

「分からない。推定すらできないのだ。地殻変動で偶然隆起した地層の中にあったからね。

 この刀剣そのものを知ろうと調査をしても、全ての数値がエラーを弾き出す。人類の叡智もお手上げだ。だが───私はそんな現状に対し、逆に興味をそそられるね」

「興味、ですか?」

「そうだよ。人類の手ではいかなる手段を以ても、知識の断片すらつかめない。

 ならば、神の手で作られたのではないか? そんな想像すらしてしまうのだよ。

 神は隠された未知に宿るという。もしかしたらあるいは──────この刀剣そのものが、1つの神の形なのかもしれない。

 などと言ったら、君は私を夢見がちだと笑うかな?」

「いえ。確かに、神様がいたとしたら、こんな風に、俺達の想像もつかない形なのかもしれませんね。だから、全然変とは思いませんよ」

「そうか。やはり、君に見せてよかったと思うよ。ありがとう」


 お礼を言われて少し嬉しい気分になる。本来ならばこんなにも凄いものを見せてもらった俺の方が言うべきなのだが、それはそれとしてお礼は受け取る。

 まぁ実際の所は、偽り無き本心を言っただけなのだが。


 しかし現代の科学力じゃ一切不明と来たか。何か俺に宿った力の正体を知れればと思ったんだが。


 ひとまずその後、ある程度雑談を館長と交わした後に、俺はそそくさと美術館を後にした。いつ連中が襲ってくるか分かったものではないので、申し訳なく思うが、これも周囲の為だ。

 ただ1つ、もう少しだけあの鏡のような刀剣を見ておきたかったというのは、心残りだった。



 さて、姉にどう言い訳をして帰るべきか。俺は携帯端末で展示された刀剣らの略歴や伝承を調べつつ、帰路についていた。

 その時だった。突如スマホが鳴り響く。取り出して見ると、それは数時間前に見た覚えのある番号だった。


「お久しぶりです。レイヴンさん」

『おう。定時連絡だが、今時間は大丈夫か?』

「まぁ、一応。ディアドラからは、何か聞いていますか?」

『ある程度は、な。まずは何より、災難だったな。能力の暴走を経験して』

「いえ、原因は俺にありますから……」


 通行人の邪魔にならないよう、道の端に移り小声で通話を続ける。個人的に、ちょうどレイヴンとは話したいと思っていたところなので、タイムリーな通信だ。

 彼の話は貫禄と説得力、そして含蓄がある。故にこれから先の指標にもなるだろう。先ほどディアドラに聞けなかった、能力の暴走を抑える手段も聞いておきたかった。


『まぁ能力が暴走しても、アイツが問題なしって言ったんなら、ひとまずこっちはお前の監視で留めるよ』

「アイツって、ディアドラのことですよね。レイヴンさんも、彼女と同じように考えているんですか? 俺の"意志"とやらが善良だから、醒遺物フラグメントを持っていても問題ない、と。そんなに意志っていうものは、信頼できるんです?」

『完全に断言はしねぇ。けど、信じられるとアイツが言っているなら、俺はそれを信じるさ。

 ディアドラ自身、お前を巻き込んだ事を後悔しているからな。だから贔屓目にしている可能性はあるが、それを考慮してもお前は善良な奴だ。こうして話せば分かる』

「え? 待ってください。贔屓目? ディアドラが、俺にですか? それに後悔って、いったい何の話です? そんな事があった素振りなんて……」

『何だ? ディアドラと何かあったか?』


 俺は先ほどあった一件、ディアドラを怒らせてしまった事を話し、レイヴンに謝罪した。するとレイヴンは、どこか納得したように頷きを返すような反応をした。


『なるほどな。って能力の制御手段を聞いたら──────か。そりゃキレるわなアイツ。またやっちまったのか』

「また? それは、どういうことですか?」

『アイツはな、1人でなんでもやろうとするんだよ。アイツの過去に原因があるから、少し昔話をしよう』


 そう切り出すと、レイヴンはディアドラの過去、彼女が幼い頃にロゴスに目覚めてしまった事件について語り出した。


『ロゴス能力において、術者当人の意志が重要だという話は聞いたか?』

「あ、はい。それに、言葉の力への理解も重要だ、と聞きました」

『上等だ。でだ、子供っていうのは我が強いだろ? だからロゴス能力に目覚めやすいんだ。それで幼少期に力に目覚めたディアドラは、そのせいで友人を傷付けた過去を持つ』

「──────……そう、だったんですか」


 レイヴンが言うには、子供の頃にロゴスに目覚める人間は多いらしい。というより、ほとんどが子供の頃に"当たり前"にロゴスを扱った結果、大人になっても使えるようになっているまま、とケースだそうだ。

 確かに、常識を知らない子供が、常識に縛られないのは道理と言えるか。


『結果アイツは、両親含めた周囲の人々に拒絶され、機関に保護されるまでずっと1人だった。以降彼女は、孤独を選ぶようになった。

 誰かが隣にいるから離れていく。だったら最初から1人でいればいい、ってな。だからあいつは誰かと行動したり、協力する事を嫌うんだ』

「……すいません、俺、彼女のこと、何も知りませんでした。それなのに、俺は」


 幼い時分に、両親からも拒絶され1人になる。それは恐らく、同情すら憚られるようなトラウマだろう。ずっと独りで戦い続けたくなる道を、選ぶというのも理解できる。

 そんな過去を知らずに、俺は協力したいなどと言ったのか? 彼女を怒らせるのも、当然の帰結と言えるだろう。俺はそんな自分の無責任さを強く恥じた。


『そう自分を恥じ入るな。多分アイツは、お前が思うほど怒ってはいない』

「え? でもディアドラは俺に対して、激しい口調で拒絶して……」

『その怒った時の口調っていうのは、ひょっとして粗暴な口調じゃ無かったか?』


 俺が怒らせた時を思い返していると、レイヴンはその時のディアドラをピタリと言い当てた。まだ俺は何も言っていないのに。

 もしや、心を読める能力か何かを持っているのだろうか?


『そんなんじゃない。けどわかるさ。アイツの上司だからな。

 アイツの悪癖というか、性格とでもいうべきか……』

「性格? それはどういう」

『ああ、言ってなかったな』


『アイツはな、なんだよ。

 正確には少し違うが、4つの人格とも言えるものを持っている。激しい口調は、その1つでしかない。

 そしてその切り替えを、ディアドラは自分でも制御できないんだ』

「な──────……」


 初耳の情報だった。

 言われてみれば確かに、彼女の口調の切り替えは余りにも唐突だった。中に入っている魂が突然入れ替わったかのような、瞬間的な変化だった。

 それが多重人格が理由だと分かって、俺はその唐突な変化への違和感に対し、強い納得を覚えていた。



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