第15話 ペルソナ・ノン・グラータ
「……大丈夫ですか? 休憩いたしましょうか?」
「っ! い、いや大丈夫だ。それより、続きを教えてくれ。もっとロゴスについて知りたいから」
「うーん、あんまり話すべきではないと思いますが……。まぁ良いでしょう」
少し逡巡するような様子を見せながらも、ディアドラはロゴスの解説を続けてくれた。
ロゴスについて、もっと詳しく知りたい。もうあんな暴走をするのはこりごりだ。……というのも本音であるが、会話をするうちに俺の中にはもう1つの目的が出来ていた。
それは、ディアドラについて知るという事だ。先ほど見せた嬉しさなど、彼女にはまだ見ぬ面が多数ある様な気がした。そんな彼女を、もっと見て見たい。彼女についてもっと知りたい。そんな風な思いが、俺の中にほんのりとだが生まれていた……んだと思う。
とにかく、俺はロゴスを知りつつ、彼女のことをもっと知りたい。そういう風に思い、彼女からロゴスを聞くこの時間が楽しくなっていた。
「ひとまず、意志って言うのが重要なのは分かった。ただ……どう使いこなすんだ?
多分、誰でも使えるようなロゴスじゃなく、その個人だけが使えるロゴスを使うのが重要なんだろ?」
「呑み込みが早くて助かりますわ。自分だけのロゴスを先鋭化させなければ、この世界では生き残れません。
ですが、強力な言葉を使うには相応の意志が必要です。それを軽減するために、多くのロゴス使いは工夫を凝らしているのです」
「工夫?」
「例えば、少ない意志で
その扱う言葉の詳細を知るという手法が一般的です。その言葉を調べて背景や性質を知り、自分の意志を実現する手段として解釈を調整する。と言えば分かりやすいですかね」
「そうすれば、大きな力を持つ言葉や概念でも扱い切れるのか?」
「ええ。自分の意志実現に必要な要素だけ切り分け、意志の総量を減らしますから。
不必要な部分をオミットすれば、最小の意志で最大のロゴスを扱えるというわけです」
なるほど。自分の意志を強く持つか、使う力の詳細を知って効率よく臨むか、どちらかいうわけか。単純だがよく出来ている。
これなら、俺でもできなくはないんじゃないか? なんて思いが浮かんでくる。まぁ、現実はそんなに甘いはずがないんだろうけど。
「知識は力ですわ。私も四元素仮説に関しては、その歴史から原理まで調べましたので、今こうして使いこなせています」
「調べる?」
「過去どのような変遷を経て、どのような学者が、どのように理論を組み立てたのか。そういった背景や歴史、そして込められた思いですわね。
細部まで知って、どの点が私の意志に合致するのかを調べました。そうすることで、より詳細に宿る
「理解すればするほど、ロゴスで出来る幅が増える……って事か」
「実際はやれる範囲が狭まる事の方が大きいですが、その分効率的に現実を凌駕出来るようになりますわ。それこそ、ロゴスの本質です」
なるほど、
言葉を理解する。自分の意志を理解する。この2つをかけ合わせる事で、現実を凌駕した現実の"改変"が出来るという訳か。
ただ、1つだけ懸念があった。俺が扱う力は
「無理やり理解する。あるいは、既知の概念に再定義するなどもありますわね」
「そうすれば、力を抑える事が出来るのか? あるいは、使いこなせたりとかも?」
「どう、でしょうか。すいません。
「良いよ、大丈夫。教えてくれてありがとう。
「へ? そ、そうですか!? あ、ありがとうございます……」
謝らせてしまった事をフォローするように褒めると、ディアドラは頬を赤らめた。そもそもディアドラが謝る必要はない。ディアドラのやり方がスタンダードでイレギュラーなのはきっと俺の方だ。
そうだ。こんなイレギュラーのせいで、ディアドラもR.S.E.L.機関も要らぬ労苦を強いられているんだ。だったら少しでも早く、力を使いこなせるようにならなくては。今は暴走してしまうような危険物でも、いずれはディアドラ達の力になりたい。そんな焦りにも似た感情が、頬を染める彼女を見ると湧き上がるような気がした。
初めに出会った時の彼女は、何と言うか、強い女性という印象が強かった。その後一緒に戦って、頼りになる人だという感情もあった。
けれど、こうして会話を重ねて分かった気がする。彼女も、俺と同年代くらいの女の子でしかないんだ。褒められれば嬉しいし、慌てたり驚いたりする情緒もある。
そんな彼女が、俺の何倍も大人びて見えるのは、きっとロゴスという世界にあるのだろう。きっと彼女は、俺の想像もつかないほどに苦しい修行や、訓練を重ねて今あの場所にいるのかもしれない。
だったら俺も、早くあの領域に辿り着きたい。そんな焦りにも似た使命感が、俺の中に満ちていた。
「じゃあさ、なにか
「あの、ちょっと。ゴニョゴニョが近いと言いますか……!」
「え? ごめん、ちょっと聞き取れなかった。っていうか顔赤いけど大丈夫か?」
「いえ大丈夫です! 本当に! そ、それにしても、そんなに急がなくても、まずは初歩から学べばいいのではありませんか?」
「いや。俺は早くディアドラの。いや、それだけじゃない。機関みんなの力になりたいんだ!」
「────────────ッ」
俺のその言葉を聞いて、ディアドラは息を呑むように沈黙した。驚かせてしまっただろうか。
けれど、これは間違いなく俺の本心だ。俺は力を制御して、暴走するような事態をもう起こしたくない。その為にも、力を使いこなすのは最優先だった。
そしていずれは、皆の助けになりたい。だって力があるのだから。それに、俺という存在のせいでタスクが増えた人々に対する呵責もある。これは同情というより、義務感といえる感情だった。
誰かを助けられる力を持っているのならば、それを使って誰かの力になる。誰かの迷惑になったのならば、それを払拭する。それは人として当然のことだ。今は制御が出来ないから、無理かもしれない。けれど、制御さえ出来れば俺も彼らの一員として戦える。そう思って、俺は真っ直ぐにディアドラを向いて制御の方法を聞いた。
だが彼女は、視線を落として俯いていた。それはまるで、俺が告げた言葉悲しむかのように。あるいは、自分の内側から溢れ出そうになるなにかを、必死に抑え込むかのようでもあった。
「私の気も、知らないで。どうして貴方は、そんなにも……っ!」
「──────? ディアドラ?」
「何でテメェは! そんなにも他人のことばっかりなんだよ!」
「ッ!?」
突如として、彼女の纏う雰囲気が180度変わって、いきなり胸倉を掴まれて凄まれた。
「手に入れた力もなにもかも! 全部他人のため、他人のためって! いい加減にしやがれ!」
何が起きたのか? 理解するのに一瞬の空白が生まれる。疑問符を上げる暇すらない。文字通りの意味で、人が変わったとしか言いようのない変貌だったが、首を絞めあげる彼女は間違いなくディアドラだった。絹のような髪も、宝石のような瞳も、全て余さず彼女のままだ。
ただその目つきは鋭く吊り上がり、全体的に粗雑な雰囲気に包まれている。片腕はポケットに突っ込んでいるし、片足は苛立ちを表すかのように貧乏揺すりすらしていた。それは例えるなら、人格がそのまま入れ替わったかのような、そんな唐突な変貌を見せつけられた。
……いや。俺はこのディアドラを、粗暴な雰囲気の彼女を知っている。いや、まさか。
「あの、ディアドラ、さん?」
「なンダよ、ビビってんのかオイ? ビビるくらいならふざけたこと抜かしてんじゃねぇぞ。
どうすれば力を制御できるかだぁ? 聞けばすぐ答えが出るとでも思ったか?
自分のケツは自分で拭け。テメェの処遇は俺の匙加減なンダって、忘れんじゃねぇぞッ!」
「あの、もしかして、夢の中でお会いしました、でしょう、か?」
「ハァ? 寝ぼけてんじゃねぇぞクソッタレ」
いや、間違いじゃない。この粗雑で乱暴な口調。それでいて、全く相反する美しい容姿。これは俺が、夢で見たディアドラの記憶そのままだった。これはどういう仕組みなんだ? ロゴス能力に比べればまだ現実的な光景ではあるが、それにしても戸惑いは隠せない。
そんな呆然とする俺を憐れんだのだろうか、ディアドラは突き放すように、俺の胸倉から手を離した。肉体は俺よりも年下だろう少女のままなのに、抵抗できないほどに凄まじい力を見せつけられた。恐らく、不意打ちだったら完全に押し負けるぐらいの腕力だろう。
「また調子こいてみろ。次は殺す。こっちも暇じゃねぇンダよ。ついてくんじゃねぇぞ」
「あ。ちょ、ちょっと待ってくれよ! いったい何が─────」
「ついてくんなっつったろうがボゲがぁ!」
その凄まじい怒号にも驚いたが、それ以上に彼女の変わりっぷりにとにかく驚いた。驚き過ぎて呆然とするしか出来ない俺を背に、彼女はずけずけと大股で去り往く。
どうにか引き留めようとしたが、凄まじい形相で凄まれたので俺は怯むしか出来なかった。
「怒らせちゃったかなぁ。やっぱ、俺には出過ぎた真似だったのかな」
独りごちながら俺は深い溜息をつく。いなくなったディアドラについて思考を走らせるが、どれだけ考えても答えなんて出てこない。結局俺は、ただ反省するしか出来なかった。
何が原因だったんだ? 冷静に考えれば、力を制御したいからと答えを急ぎ過ぎていたかもしれない。暴走を経験したせいで焦っていたんだ。もう少し、段階を踏むべき質問だったか。
にしても、人格が変わったとしか言いようがない急変だった。きっと相当怒らせてしまったのだろう。いつも俺はそうだ。反省するのが遅いし、そして反省し過ぎる。今回に限って言えば、短期間で二度も怒らせたという点が強い悔恨となって襲い掛かった。
「……家に帰るか」
そうだ。今こうして路地裏にいたら、いつまた襲われるか分かったものじゃない。ディアドラは言っていた。家で大人しくしていろと。ならばその通りにするのが、怒らせてしまった彼女への贖罪となるだろう。そう考え俺は、能力の暴走に注意しつつ帰路へついた。
◆
「──────おや? 始くん、かな? こんにちは」
「あ、白神館長。こんにちは。あーあの。美術館、大丈夫でしたか?」
家に帰ろうとする途中の路。俺は白神工芸資料館の館長、白神さんと偶然すれ違った。
「大丈夫だよ。突然局所的な地震があったのは少し災難だったけどね。
とはいえ、追加で増員された警備員たちが総出で展示品を戻してくれたから、滞りなく今日も開館できたよ。
せっかくの刀剣フェスだ。1人でも多くのお客さんに楽しんでもらう為には、この土曜日に閉館するわけにもいかないからね」
なるほど、そう言うカバーストーリーが出来ていたのか。R.S.E.L.機関が人員を紛れ込ませて警備を増強したり、俺達が暴れた後を片付けたとは聞いていたが、地震と来たか。これなら警備システムがロゴス能力で誤魔化された事の理由にもなる。ちょっと苦しい気もするが、まぁ自然災害なら誰も文句言えないだろう。
正直、少しは俺にも責任があるのが若干申し訳ないと思う。
「お姉さんは元気かな? こちらに滞在している上で休みと言うのも珍しいだろう。
たまの休み、兄弟水入らずで楽しんでいるのかな?」
「いやー、そうでもないですよ。俺はちょっとやる事が出来ちゃって、こうしてぶらついてますし。まぁ、それも終わって今から帰るところなんですけど」
「ふむ。──────では、少し時間良いかな?」
「? 何でしょう」
「何、少し見せたいものがあるだけだ。時間は取らない。うちの美術館まで来れるかね?」
意外な展開だった。白神館長から誘われるなんていつ振りだろうか。こういう時は決まって、何か面白い工芸品や歴史上の資料を見せてくれる時だ。
ただ今は追われている身でもある。下手に動くわけにもいかない。だが何度も世話になっている館長の頼みを無碍にするのも……。
俺は頭の中で天使と悪魔が言い争う様を幻視するほどの葛藤を覚えた。
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