第14話 敵を知り、理知れば、百戦危うからず
俺は許された。力を暴走させたのに、拘束も、処刑も無いままに、ただ"俺の意志は害にならない"とかいう、納得のいかない理由で放免となった。
「ただし! この一件で警戒レベルは跳ね上げさせていただきます。二度とこのような事態の無いように。次があれば終わりですからね!」
「でも実際に暴走させたのは、事実だし……。身柄の拘束とか、処刑とか待っているのかと」
「死人は出ていませんし、反省している感情に嘘も見受けられませんでした。ならば、信じるしかないでしょう? 我々には言葉があるのですから。言葉を通じて互いに意志を伝え合い、そして能力者と非能力者が共存し合う。それこそ、我々R.S.E.L.《ラジエル》機関の目指す未来です。
故に力の危険度以上に、貴方の精神性を安全性判断の際に優先させていただきました」
「ちょ、ちょっと待ってくれよ!」
いや、確かに結果としては大事に至ってはいないだろう。けれど俺は、世界を滅ぼせる力を暴走させたのだ。然るべき対処をされるのが自然のはず。なのに拘束も無いどころか全くのお咎めなしとは、あまりにも処分が軽すぎるんじゃないだろうか?
いくら何でも、俺の行動や言葉だけで大丈夫と太鼓判を押されるのは、いささか判断が急すぎると思う。やらかした俺自身の罪悪感が強い事もあり、気付けば処分が軽い理由を捲し立てるように質問していた。
「精神性ってだけでこんな、何も無くて良いのか!? いや、発信機を付けられたり、警戒されているから何もないわけじゃないんだけど!」
「そういえば、まだ話しておりませんでしたわね。ロゴスにおいて最も重要な要素を」
そう前置きするディアドラの口調は、無知な子供を諭すかのようであった。
どこか不服ではあるが、事実俺は確かにロゴス関係の知識については赤子並みだ。
大人しく俺は、彼女の説明を傾聴し知識を咀嚼することにした。
「重要な要素? もしかして、さっきから何度か言っている“意志”ってのがそれか?」
「察しが早く助かります。ロゴスは言葉を力とする異能と、以前説明しましたね?
その異能の根源となるのが、能力者の意志。即ち“こうしたい”という願いや欲望です」
「さっきの状態で言うのなら、街を守りたいっていう願いがその意志に当たるわけか」
そういえば謎の声も言っていたな。意志で力が形を成すって、そういう意味だったのか。
意志とは、言い換えればその当人の感情や精神性とも言い換えられる。なるほど。そう考えると、彼女らが精神性を重視するのもうなずけるかもしれない。
「元々ロゴスは、世界を創造した絶対主たる
能力者たちが扱うロゴスの源流もまた、各能力者の意志となります。破滅を望めば破壊を成し、平和を望めば人を癒す。それは扱う力が、
「じゃあ、俺がそんな危険視されていないのも、俺の意志とやらが理由なのか?」
「はい。まず、我々の目的は無辜の民と能力者、双方の保護にあります。その観点から鑑みて、敵対者に対してまで応急手当を行った判断と、普段から他者に施しを行う精神性。その他基本的な性格骨子。これらを総合的に判断した結果、“処分保留”と断定した次第となります」
「つまり、なんだ。持ってる能力はヤバいが、俺自身が優しいから許された……と?」
「そうなりますわね。誇っていいですわよ?」
「そりゃ、どうも」
“優しいから許された”。そう口に出して、俺は気恥ずかしくなった。そんなに面と向かって突き付けられると、凄い照れる。
ただ、あの強盗達を手当てした理由も、別に打算やそう言ったものではなく、本心からの衝動的行動だったのも確かだ。気が付いたら誰かを助けようとしている。これはもう本能と言ってもいいような、昔からやっている事なのだから。
そんな当たり前の行動が、まさかこんな形で役に立つだなんて、人生何が起こるか分からないものだ。俺は少し前まで全霊を支配していた恐怖も忘れて、そんな呑気な風に考えていた。
「貴方が思う以上に、ロゴスの世界は奥深いのですわよ?
ただ基本的に、意志が世界を変えるのは絶対のルールです。
ロゴスを扱う人々は皆、己の持つ意志を燃やし、力とし、世界を己の望む形に変えてゆくのです」
「へー。なんかこう、火を出したり風を吹いたりも、世界を改変している感じなのか?」
「ええ。術者の周囲の法則を、術者にとって有利なものに改変しているのです」
俺に対してロゴスを教授する彼女の姿は、どこか得意げに見えた。まぁ確かに、人にものを教えるのは気持ちがいいからな。ちょっとわかる。
「ん? 意志がそのままロゴス……世界を変える力になる?
確か今の世界には、大勢の人間が無意識でロゴスを否定する“常識”が存在するんだったよな。だからロゴスは消え去った。一人の意志による世界の改変は、多数決の原理で打ち消されるんじゃないのか?」
「多数決を覆すのも、また多数です。故に基本のロゴス能力者は、大勢の人が知っている言葉の力を借りるんですよ。
望む意志を形にするべく、それらを自分の意志に上乗せするのです」
「なんで言葉?」
「では、例を踏まえて説明していきます。────{“岩よあれ”}
ディアドラがそう唱えると、拳大の岩が出現した。
何の変哲もない、普通の岩である。質感や重さ、どれをとっても文句のつけようのない、岩だ。
「いきなり岩が出現する。これは当然、常識ではあり得ないでしょう。
ですが例えば、大勢の意志を借り受けて……例えば、"岩"という概念を知っている人々全員で、ここに岩があると強く願えばどうでしょうか?」
「……その、なんだっけ、常識? の妨害を撃ち破って、現実が改変されて、岩が出現する?」
「まぁ、大体こんな感じです。実際はもっと複雑なんですけどね? これが、言葉に宿る力を使うという事です」
ディアドラ曰く、本来ならば有り得ない現実の改変を、個人の意志に沿うように形にする。その補助輪とも言える存在が、『言葉の力』なのだという。
岩や風などの名詞、あるいは『拘束せよ』などの動詞。これらの"言葉"は、多くの人が知っていればいるほど、人々の"意志"の影響を受け力を持つらしい。
その意志とロゴス使い自身の意志を重ねる事で、現在世界を支配している常識を打ち破って世界を改変できるというのだ。
「つまり、言葉の力を使うと言っても、その本質は揃って"世界の改変"ってわけなのか」
「ええ。そもそもが世界を作った
ただ、世界を覆う常識は協力無比です。なので、こうして炎や岩を出現させるだけでもかなり大変ですけれどね」
そう笑いながら、ディアドラは立てた人差し指の先に炎を灯した。
「いや、そんな片手間みたいにやられても説得力ねぇよ」
「まぁ、炎や風などは誰でも知っているから、割と力を借りやすいですし」
「大勢の人間が知っている言葉なら、常識という壁を超えて、世界を改変できるのか。そっか、多数決だもんな」
「そんな感じですね。例えば、私の場合は四元素仮説という既存概念を使っています。世界は四元素から成り立ち、それぞれが相克・相乗し合うという言葉です。正確には概念ですが」
「ああ。よくゲームとかである、火・水・風・土とかいうあれだろ? 現実的じゃないって否定された言葉でも、常識みたいに大勢が知っているから、現実にしやすいってわけか」
「はい。19世紀末までヨーロッパ近辺では信じられていたというのも大きいですが。こういった大勢が知る、あるいは知っていた普遍的なイメージを使って、この現実を上書きする。これがロゴスの基本ですね」
「なるほど。多くの人が持つ"常識"という壁に対して、同じく多くの人が知っている"言葉"を使って抜け穴を作るみたいな感じか。
多数の意志には多数の意志で対抗するって訳か。分かりやすい説明だ」
「そうですか? ふふん、もっと褒めて良いのですわよ?」
ディアドラが嬉しそうに笑う。得意げに解説する彼女とは逆に、俺は何も知らない自分を恥じていた。同時に、ディアドラの分かりやすい説明が染み渡る。俺は理解を進める為に、彼女の言葉を咀嚼して理解した。
全人類が否定したからロゴス能力は消えた。なら、大勢が知る言葉の力を借りて、ロゴス能力を無理やり形にする。レイヴンは単純な多数決と言っていたが、こう考えると非常に分かりやすい。
「この、言葉が持つ力。大勢から受けた言葉のイメージの集合体を
多くの人が
「そうか。多数決なら、大勢が知ってた方が有利だよな」
「ですがその分、扱い難くもなってしまいます。大勢の意志が纏まっているわけですからね。
ならばそれを御しきる手綱が必要になります。それが──────」
「能力者個人が持つ、強い意志……ってわけか。
意志が強ければ強いほど、大勢の意志を自由にできる。つまり、強い言葉を扱えるわけか」
「よくわかりましたね。花丸です」
「ディアドラの教え方がうまいだけだよ」
「そ、そうですか? ふふ。あ、いえ! ありがとうございます」
割と褒めると、嬉しさがすぐ顔に出る子だな。整った顔立ちとは不釣り合いな子供っぽい笑顔は、思ったより破壊力がある。
最初に出会った頃と比べると、随分と親しい雰囲気になった気がする。……って、そんなことを考えている場合じゃない。
いまはロゴスについて知らなくては。
「この時、どのような
何故なら、あくまで能力の根幹は使い手の"意志"。その意志に合致した
「?
「言ったでしょう。あくまで言葉の力は、意志を形とする補助輪であると。つまり、言葉の力とは言うなれば道具なのです。使い手の意志に沿う道具でなければ、最良の結果は出せませんし非効率です。例えば木材を切りたい時に、ハサミではなく鋸を使うでしょう? そう言う感じです」
「ああ、分かりやすいわ。目的に沿った言葉を使えって事だな」
確かに『切る』という結果は同じでも、鋸と鋏じゃ役割が段違いだ。起こしたい結果……この場合は『意志』に沿った
そんな風に思っていると、ディアドラは具体例を見せたいと提案してきた。『本来はロゴスの深奥を見せるべきではない』と前置きし、誰にも話さないことを条件に披露してくれた。どうやら、随分と俺を信頼してくれたらしい。
{“汝、己が信仰を地と説くなれば、我は吹き荒ぶ疾風となりて、その地より生まれし富を風へと帰さん”}
「これ……確かあの強盗達に使った、ナイフとかを塵に帰す技か」
「これは四元素仮説の強弱関係を現実に再現したロゴスです。私には、"全ての物事には強弱がある"、"その強弱は流転する"という信念があります。即ち、意志です。
さて、岩や炎が突然出現する。これは確かに在り得ません。ですが、風が吹いた途端に金属が塵に帰る事と比べたら、どちらが非現実的ですか?」
「……塵のほう、だな。現実的じゃない。もっと言うなら、常識から外れている」
「そう。常識はロゴスを否定する。当然、その否定にも強弱があります。その強弱を覆す為に重要なのが、使用者との意志の合致なのです。
これが、効率的に
「自分に合う言葉を選べば、どこまでも常識を凌駕したロゴスを使えるってわけか」
「とは言っても、青天井ではありませんがね? 例えばドラゴンを出現させる、としたければ相応の意志を要求されます。ドラゴンなんて実在しないと、大部分の人が分かっていますしね。
他にも、強力すぎる言葉を使おうと思えば術者に帰るリスクとなります。例えば"死"などの言葉は、協力無比です。古来より恐れられてきましたからね。扱い切れれば、あらゆる命を抵抗なく奪うロゴスとなるでしょう。扱い切れれば、ですが」
「今までその言葉が受けた
「そうなりますわ」
ディアドラは軽く俺の言葉に応える。俺はというと、彼女の軽い言葉とは真逆の、相当なプレッシャーがのしかかっていた。
彼女のロゴスの説明は非常に分かりやすい。簡単に言うならば、大いなる力には相応の強い意志がいるというだけの話だ。つまり、さっきのように激情に身を任せるのは論外と納得がいく。
あの時の俺は、ただ『目の前の奴らを止めたい』という単純な事しか考えていなかった。
強い力を形にしようと思うのなら、その力の基になる
それも、嘘偽りの意志ではいけない。腹の底からしっかりと願ったうえで、それを力の基となる物に合わせなくちゃならないわけか。
恐らくそれは、力の源流が
…………そう考えると、ロゴス能力という物はなかなかどうして制御が難しい力だと思った。
何故なら俺は、自分の意志というものを、そもそも掴めていないのだから。
「俺の意志って、なんなんだ?
俺は、何がしたいんだ?」
ぼそりと、ディアドラに気付かれないように小さく俺は呟いた。
その問いかけは誰の元に届くでもなく、空へと舞い上がるように溶け入った。
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