エピローグ
――グラン・エドル。ここに眠る。
そんな文言が彫られた墓に向かって、喪服に身を包んだメリアは黙祷を捧げる。
その隣には、グランの盟友であるケインの姿があった。
「まったく……最後の最後まで勝手をしてくれたものだな」
「本当に、まったくですね」
メリアは申し訳なさそうな顔をしながらも、ケインに同意する。
メリアが処刑されるはずだったあの日から、すでに一月の時が過ぎていた。
グランがメリアとともに牢部屋で籠城し、多くの兵士を引きつけた上で混乱をもたらしてくれたおかげで、レジスタンスは容易に皇城を制圧することができた。
皇帝派の中核となる大臣たちも、あるいは捕縛し、あるいは斬り殺し、一人として取り逃がすことはなかった。
結果、ゲルーダ帝国はその歴史に幕を閉じ、大陸諸国の協力のもとに発足した民主政権によって、新たな国に生まれ変わろうとしていた。
「それではケインさん、私はこれで」
「貴方は貴方で、もう少しゆっくりしていってもいいと思うが」
「エルルカ聖教国への報告がありますので。それに……あまり長居しすぎると、担ぎ上げられる恐れもありますし」
「ああ……確かにそれはありそうだな」
げんなりとしながら、ケイン。
聖女の存在自体、大陸においても帝国においても、もとから人気を集めていたが、今回、自分の命を省みずに皇帝を討つという如何にも聖女らしいエピソードが加わったことにより、帝国内におけるメリアの人気は絶大なものになっていた。
それこそ、発足した民主政権の長に推されても不思議ではないほどに。
「私がやったことは、所詮は人殺しです。聖女でありながら人命を奪った私のことを、許せないという人も少なくないはず。それに加えて皇帝派の残党がまだ残っている以上、私という火種はいい加減退散した方が、これからできる新しい国にとっても都合が良いでしょうから」
メリアの決心が固いと見たのか、ケインは諦めたようにため息をつく。
「わかった。もうこれ以上、野暮なことは言わないでおこう」
「すみません」
苦笑交じりに謝ってから、ケインに向かって一礼する。
「それではケインさん。お元気で」
「貴方こそ。それから、
「はい。伝えておきます。もしかしたら、嫌そうな顔をするかもしれませんけど」
今度は、ケインの方が苦笑する番だった。
「かもな」
メリアはもう一度だけ一礼してから、グランの墓がある墓地から立ち去っていく。
墓地は町外れにあり、その足で帝国の首都を出たメリアは、一人街道から外れた草原を歩いていく。
しばらく歩き、草原の只中にある大きな木が見えてきたところで、嬉しげに楽しげに声を張り上げた。
「
だが、何の反応もかえってこず、メリアはちょっとだけムスッとした顔をする。
「
先よりも一際大きな声で呼ぶと、
「わりぃわりぃ。そっちの名前で呼ばれるの、まだ慣れてなくてな」
青年のもとまで辿り着いたメリアは、どこか挑発するような視線を向けながら言う。
「でしたら、こちらの名前で呼びましょうか?
グランは死んでいなかった。
メリアの魔力がギリギリのところで、治癒の奇跡が発動できるほどにまで回復し、多少ながらも傷を癒せたことで、グランは九死に一生を得たのだ。
にもかかわらずグランは、自分は死んだことにしてほしいと、ケインを含めたレジスタンスのごく一部の仲間にお願いした。
そんなお願いをしたのは、メリアが帝国を去ることと同じ理由だった。
グランがレジスタンスの決定を覆してまで聖女を助け、皇城に突入する隙をつくりだしたことを英雄視する者は少なくない。が、グランがレジスタンスの決定を覆したことを許せないと思う者も少なくなかった。
おまけに、兵士になって内偵をしていたせいもあって、皇帝派の残党に恨まれているという点においてはメリアの比ではない。
最悪、生きているだけで余計な血が流れる恐れがあったので、グランことエルドは、自分は死んだことにして、一緒にエルルカ聖教国に行くという約束どおり、メリアとともに行動する道を選んだのだ。
そうした経緯もあって、今さら名前を戻す気がなかったエルドは、ボリボリと頭を掻いてからかぶりを振る。
「いや、エルドでいい。追々慣れていけばいい話だしな」
「じゃあ、エルドさんで。といっても、こっちはこっちで物凄く安直な気がしますけど」
エルド・ラングとグラン・エドル。
確かにメリアの言うとおり、安直な改名ではあるが、
「いんだよ。あんまり元の名前からかけ離れすぎてっと、いつまで経っても慣れねぇ可能性がありそうだからな」
「それは……そうかもしれませんね」
先程名前を呼んだ時、一度だけでは反応しなかったことを思い出し、メリアは苦笑する。
「それから、ケインさんが『よろしく伝えておいてくれ』って言ってましたよ」
と伝えると、予想どおりエルドは露骨に嫌そうな顔をした。
「あいつによろしく言われるのも、なんか気色わりぃな」
「気色悪いだなんて失礼ですよ」
「いんだよ。向こうは向こうで、失礼なこと言いまくってやがるから」
「そういうものなのですか?」
「そういうもんなんだよ。つうか、そろそろ行くぞ。教皇様に怒られにな」
途端、メリアの顔が情けない案配になる。
「それは言わないでくださいよぁ」
「付き合わされる身としちゃ、あと一〇回や二〇回は言いたくなる」
「それはいくらなんでも多すぎませんっ!?」
などと、牢部屋にいた時と同じようにお喋りしながらも二人は歩き出す。
これから先、もしかしたら牢部屋での死闘以上の苦難が待ち受けているのかもしれないけれど。
二人一緒ならば、きっと乗り越えられる。
心の底から、そう思った。
メリアも。
不良牢番と処刑待ちの聖女 亜逸 @assyukushoot
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