第5話

 グランは、玄関広間エントランスにやってきた兵士を斬り殺した。

 ひたすらに、ただひたすらに、斬り殺した。



 戦闘開始から一時間が過ぎた頃――



「はぁ……はぁ……はぁ……」


 グランは床に突き立てた剣に体を預けながら、肩で息をしていた。

 全身は汗でぐっしょりと濡れており、兵服には剣で斬られた痕が無数に残されていた。

 メリアの治癒の奇跡がなければ、この一時間の間に何度死んでいたかわからないほどの斬痕だった。


 足の踏み場がないほどに玄関広間を埋め尽くす、兵士たちの死体を眺めながら思う。


(こいつは、メリアには見せらんねぇな)


 返り血で真っ赤になっている自分の姿を見られるのはこの際仕方がないが、屍山血河と呼ぶにふさわしいこの惨状は、一五歳の子供に見せていい光景では断じてない。


「にしても、静かになったな」


 鉄扉のない出入り口を見やり、独りごちる。

 つい先程まで、無限とも思えるほどに兵士が現れていたのに、今はその姿が見えないどころか、階段を下りてくる足音すら聞こえてこない。


 レジスタンスが皇城に攻め入り、その対応で手いっぱいになっているからだと思いたいところだが、どうにも嫌な予感がしてならなかった。


「……まぁいい」


 考えてもわからないことはその一言で放棄し、人を斬りすぎて脂塗れになり、なまくらと化した自身の剣を捨てて、死体が持っていた比較的綺麗な剣を拝借する。


「槍は……やっぱねぇか」


 わかりきっていたこととはいえ、思わず嘆息してしまう。

 階段を下りてくる敵の迎撃や、メリアのいる牢部屋まで押し込まれた際、一本道の廊下を渡ってくる敵の迎撃に有用なので、槍は是非とも欲しかったところだが、こんな閉所に持ってくるような馬鹿な兵士は、さすがに一人もいなかった。


「他に使えそうなもん、探すか」


 死体から物色するのは、正直気が引けるを通り越して気分が悪いくらいだった。

 しかし、その行為によって生き残る可能性が少しでも上がるのであれば、どれほど気が進まなくても死体から物色することに躊躇しなかった。


「とはいえ、そこまでして何の成果も得られなさそうなのは、さすがちょいとヘコ――」



「こちらまで下がってくださいっ!! グランさんっ!!」



 メリアの叫び声が聞こえてくる。

 その逼迫した響きから、理由を聞いている暇はないと判断したグランは、一も二もなく玄関広間を放棄し、廊下を駆け抜けてメリアと合流する。


「私の傍に来てくださいっ!!」


 言われたとおりに、鉄格子の隙間から顔を出している彼女のもとに滑り込む。

 直後、メリアは片掌を頭上に掲げ、結界の奇跡を発動。

 掲げた掌を起点に拡がった半球状の結界が、鉄格子の干渉を受けることなく二人を覆った。


「メリア。いったい何が――」

「来ますっ!!」


 その言葉どおり、鉄扉がなくなった出入り口から吹き抜けた業火が、玄関広間を、一本道の廊下を、グランとメリアがいる牢部屋を、灼熱で満たす。

 魔法に耐性がある鉱石を使っているのか、鉄格子は少し熱を持つ程度で済んでいるが、牢部屋内にあった椅子や毛布は瞬く間に焼き尽くされた。


 牢部屋を満たす業火は鎮まる気配はなく、祝福の奇跡で魔法耐性が付与されていようが、あれほどの灼熱の只中にいては幾許も耐えられないだろうとグランは思う。

 この調子だと、玄関広間を埋め尽くしていた死体は、ちり一つ残すことなく焼き尽くされることだろう。


(……むごいことをしやがる。同じ皇帝派の人間じゃねぇのかよ)


 つくづく、思い知らされる。

 あの皇帝を信奉する連中の非道さを。


「にしても、よく気づけたなメリア――って、大丈夫かよ!? 顔真っ青じゃねぇか!?」


 片掌を頭上に掲げたまま、メリアは答える。


「大丈夫です。まだしばらくは結界を張り続けられる程度には、魔力に余裕がありますから」

「馬鹿野郎。こっちの話だ」


 言いながら、自身の胸を親指で指し示す。

 

「それは……あまり、大丈夫じゃないかも……です」


 メリアは、青くなった顔で弱々しい笑みを浮かべながらも言葉をつぐ。


「グランさんにお話ししたとおり、聖女の力で生気を感じられるようになったから……その……見てなくてもわかるんです。人が死んでいっていることが……手に取るように……」


 最後に、申し訳なさそうに「すみません」と謝る。

 自分を助けるためにグランが命懸けで戦っているからこそ、出てきた言葉なのだろうが、


「謝んな。俺はあんたを助けるとてめぇで決断した。命を賭けてんのも好きこのんでのことだ。だから、謝るのはどっちかっつうと俺の方だ」

「そ、それこそ謝る必要のないことじゃないですかっ」

「ある。あんたを助けるって名目があるとはいえ、俺は、あんたが苦しむとわかった上でこんなやり方を選んだ。しかも、嫌がるあんたを無理矢理説得して、助力までさせてな。謝る必要がありすぎるくれぇだ」

「で、でも……それは他に方法がないからで……」


 メリアが困った顔をし始めたところで、グランは意地の悪い笑みを浮かべる。


「といった感じで、無理矢理謝られても困んだろ? だから今は、お互い言いっこなしでいこうや」


 途端、メリアが情けない顔になる。


「こんな時まで、イジワル言わなくてもいいじゃないですかぁ……」

「わりぃわりぃ」


 謝りながらも、グランは笑みを深める。

 メリア本人は気づいていないだろうが、会話をしている間に、青かった顔色が随分と良くなっていったものだから、なおさら笑みは深まるばかりだった。


「で、だ。話は戻すが、業火アレがくるのどうしてわかったんだ?」


 訊ねながらも、灼熱地獄と化した結界の外を横目で見やる。


「生気とは別に、複数の魔力が膨れ上がるのを感じたんです」

「それでか。にしても生気といい魔力といい、聖女様は色んなもんを感知できんだな」

「聖女として感知できるようになったのは生気だけですよ。魔力に関しては魔導師ならば大体の人は感知できますし、感知できる範囲もずっと広いです」


 後半の言葉に、グランは片眉を上げた。


「それってぇとアレか? 魔導師同士が戦った場合は、相手の魔力がどんくらい残ってるのかもわかっちまうってわけか?」

「はい。ただ、魔法を使った時のように表に出る魔力とは違い、その身に内包された魔力を感知するのは、熟練の魔導師でなければできませんけど。……実際、私もできませんし」


 最後の言葉は、ちょっとだけ申し訳なさそうな響きが入り混じっていた。


「相手の残り魔力とか知りたいわけじゃねぇから、別に気にしなくていいぞ。それより、聖女の奇跡も魔力を使って行使してるって話だったよな?」

「そうですけど……何か気になることもあるんですか?」

業火アレの狙いだよ」


 そう言って、結界の外で荒れ狂う業火を顎で示す。


「それは、私たちを焼き殺すためじゃ……」

「おいおいメリア、自分が公開処刑される身だってこと忘れてねぇか?」


 本当に忘れていたのか、彼女の口から「あ……」と声が漏れた。


「連中にとっちゃ、こんな誰も見てねぇ地下であんたを焼き殺しても何の意味もねぇ。なりふり構わず殺すことを優先したって線もなくはないが……」


 グランは懐中時計を取り出し、メリアに見せる。


「正午までまだ一時間弱ある。なりふり構わなくなるには、まだ早ぇだろ」

「確かに。だったら、向こうは何を狙って私たちに業火を浴びせ続けているんです?」

「レジスタンスが集めた情報によると、帝国は、あんたの言う熟練の魔導師ってやつをわんさか抱えてる。つうことは、向こうにはが、わんさかいるってことになる」

「それって、まさか!?」


 首肯を返し、断言する。


「敵の狙いは、この牢部屋を業火で満たして強制的に結界の奇跡を使わせることで、あんたの魔力を削りきるつもりだ。治癒の奇跡が重傷でもあっという間に治しちまうおかげで、あんたの魔力がある限り、俺は実質不死身みてぇなもんだからな」

「意外と言えば失礼かもしれませんが、冷静ですね。向こうは」

「失礼でもねぇし冷静でもねぇよ」


 鼻で笑った後、その言葉の根拠を述べる。


「考えてもみろ? あんたが業火の魔力に気づかずに結界の奇跡を展開してなかったら、連中はギロチンにかける前に聖女様を焼き殺すことになってたんだぞ? んな博打みてぇな真似してる時点で、冷静でもなんでもねぇよ」

「確かに」


 と、得心するメリアに、グランは訊ねる。


「ところで、今俺にかかってる祝福の奇跡は、これ以上はもう強化はできねぇのか?」

「すみません。今の状態で、最大限の強化を施してますので……」

「……そうか」


 残念そうに頭を掻くグランを見て、今度はメリアが訊ねてくる。


「もし強化ができた場合は、どうするつもりだったんです?」

「いやな、魔法耐性を上げりゃ、無理矢突っ切って業火の魔法を使ってる魔導師どもを倒せんじゃねぇかな~って考えてたんだが……」

「……すみません」

「だから、いちいち謝んなって。それより、結界の奇跡はどれくらい持つ?」

「おそらく、あと二〇分くらいは持つと思います」

「二〇分も持つのかよ!? それなら向こうの魔導師どもの方が、先に魔力が尽きる可能性もありそうだな」

「だといいのですが」


 不安をそのまま口にしながらも、メリアは手を掲げ、結界を維持し続ける。




 ◆ ◆ ◆




「はぁ!? あの不良兵士が聖女と一緒に籠城してるだと!?」


「城内にいる魔導師を、総動員してるって話らしいぞ!?」


「おいおい、処刑時刻に間に合うのかよ!?」


 そんな会話がそこかしこから聞こえ、混乱の坩堝るつぼと化しつつある皇城内で、ケインは、自分やグランと同様に兵士として皇城に潜入している、レジスタンスの仲間と密談していた。


「どうだった?」


 ケインの問いに、仲間の男はかぶりを振る。


「混乱はしていますが、警備が手薄になるほどではありません。今、突入部隊に合図を送っても、大臣どもを取り逃がす可能性が非常に高いです」

「……ッ。そうか。引き続き、監視にあたってくれ」

「わかりました。何かあったらすぐに報告します」


 男は一礼すると、足早にケインのもとから去っていった。


 グランの籠城は、最初の内は相当数の兵士が投入され続けたが、複数の魔導師が投入されて以降は膠着状態に陥っていたのか、ここ十数分の間は兵士の投入がピタリと止まっていた。


(今のままでは突入の合図は送れないぞ、グラン……!)


 役目とはいえ、状況の監視に徹しなければならないことに歯がゆさを覚えながらも、ケインは引き続き城内の兵士の動きに目を光らせた。




 ◇ ◇ ◇




 業火の魔法がグランたちを襲ってから、二〇分の時が経とうとしていた頃。


「どうやら、打ち止めのようですね」


 メリアは、ほうと息をつきながらも結界を解除し、額に滲む汗を拭う。

 牢部屋を蹂躙し続けていた業火はもう、完全に消え失せていた。


 業火といっても石を溶かすほどの熱量はなかったのかそれとも、鉄格子と同じく魔法耐性がある鉱石が使われているのか、床や壁、天井には焦げ目がついただけで、目立った損傷は見受けられなかった。


「メリア。残り魔力はどんなもんだ?」


 グランが訊ねると、メリアは数瞬、集中するように瞑目してから答えた。


「治癒の奇跡は、重い怪我ならば、あと一~二度治せるかどうかという程度。グランさんに施した祝福の奇跡は、一度施せば四半日は持ちますので、そこは気にしなくていいです。結界の奇跡に関しましては、もう使えないものと思ってください」

「そりゃぁ厳しいな……」


 言いながらも、廊下の向こうに見える玄関広間を見やる。

 業火の魔法を止めてすぐに階段を駆け下りてきたのか、そこにはもうすでに一〇人近い兵士が詰めかけていた。

 こうなってしまった以上はもう、玄関広間を放棄するしかない。


(さて、連中はどう攻めてくる?)


 最早説明の要もないが、グランたちがいる牢部屋と、兵士たちがいる玄関広間の間には、長くて狭い一本道の廊下がある。

 大人数の向こうにとっては、数の有利が活きない難所だった。


(まぁ、たいした装備がないこちらとしても、守りやすそうで守りづらい難所ではあるんだけどな)


 ともかく、迂闊な攻め方はしてこないはず――そんなグランの予想に反し、兵士たちは恐ろしく迂闊で、恐ろしく愚直な、正気を疑う手を躊躇なく打ってくる。


「皇帝陛下ばんざぁああぁあぁぁあいッ!!」


 兵士の一人が、狂気すら吐き出さんばかりの勢いで叫んだのも束の間、剣も持たずに真っ直ぐに廊下を駆け、こちらに突っ込んでくる。


 即応したグランは、ベルトに差し込んでいた手投げ矢ダートを抜き取り、特攻してくる兵士に向かって投擲する。

 ダートは見事兵士の左目に突き刺さるも、


「ばんざぁぁあぁぁぁああぁいッ!!」


 全く勢いを止めることなく突っ込んでくる兵士に、グランはいよいよ戦慄を覚えた。


(皇帝派の中には、狂信者並みに皇帝を信奉する野郎がいるとは聞いてたが、こんなとこで命張るなんて狂いすぎだろッ!?)


 内心毒づきながら次々とダートを投擲し、次々と兵士の頬に、耳に、喉に突き刺さるも止まる気配はない。


「クソ……!」


 ダート程度では止まらないと判断したグランは剣を抜き、切っ先を前方に突き出しながらも、迫り来る兵士に向かって突貫する。

 投身自殺にも似た勢いで特攻する兵士は、切っ先が迫っているにもかかわらず、微塵も臆することなくグランの剣に突っ込み……勢いをそのままに胸板を貫かれた。


 直後、


「皇帝陛下ばんざああぁぁぁぁああぁぁあぁいッ!!」


「皇帝陛下ばんざぁあぁぁぁあぁぁぁぁああいッ!!」


「皇帝陛下ばんざぁぁぁぁあああああぁぁぁいッ!!」


 狂った兵士どもが、次々と叫びながら一列になってグランに突っ込んでくる。


 絶命した兵士から剣を引き抜く暇もなかったグランは、切っ先を前に突き出し、死体を盾にする形で特攻を受け止めるも、


「ばんざああああああああああああああああいッ!!」


「ばんざぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁいッ!!」


「ばんざぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁあいッ!!」


 兵士たちは自ら剣に貫かれながらも、数の力で押し込んでいく。

 この勢いはもう止められない判断したグランは兵士たちを突き刺した剣を引き抜き、即座に飛び下がって牢部屋まで後退する。

 剣を振るえるだけの空間的余裕を得るや否や、牢部屋まで特攻してきた兵士たちの首を次々と刎ね飛ばした。


 メリアの方から「ひ……っ」と引きつるような悲鳴が聞こえてきたが、今は気にしている余裕はない。

 狂った兵士どもが命を捨てて切り開いた一本道の廊下を、後続の兵士たちが次々と抜けてくる。


「処刑の時間が迫っている! そこの不良兵士クズを五分で片づけ、聖女を愚民どもの前に引きずり出すぞ!」


 隊長と思しき男が叫ぶと、兵士たちが次々と応を返していく。


 そこから先は、玄関広間での戦いの繰り返しだった。

 グランは牢部屋にやってきた兵士を、ひたすらに、ただひたすらに、斬り殺した。



 だが、玄関広間との戦いとは、致命的に違うことがただ一つ。



 グランが兵士を斬り殺した直後の隙をつく形で、別の兵士がはすの斬撃を放ち、グランの胴を深々と斬り裂いていく。


「グランさんっ!!」


 メリアは悲鳴を上げながらも、すぐさまグランに治癒の奇跡を施す。

 通常ならばものの数秒で完治していたところだが、


(こいつは……!)


 まだ傷が治りきっていないにもかかわらず、傷口を包み癒していた青白い光が消え失せていく。


「そんな……っ」


 メリアの悲痛な声が耳朶じだに触れる。


 とうとう底をついてしまったのだ。

 彼女の魔力が。


「聖女の援護はもうないッ!! 一気に畳みかけろッ!!」


 隊長の号令のもと、兵士たちがここぞとばかりに攻め立ててくる。


「舐めんな……!」


 癒えきっていない胴の痛みに顔をしかめながらも、右側から迫りくる兵士の首筋を斬り裂く。


 その隙をついて、左側から襲い来る兵士がグランの腕を浅く斬り裂いていく。


 左側の兵士の心臓を刺し貫けば、右側の兵士がグランの脇腹を抉っていく。


 誰かを斬った隙を突かれて体を斬られ。


 誰かを貫いた隙を突かれて体を抉られる。


 血塗れになっていくにつれて、メリアの悲鳴に涙が混じっていく。


 それでもなお、グランはひたすらに、ただひたすらに、兵士たちを斬り殺した。


 足場の踏み場もないほどの死体が、床を埋め尽くしていく。



 そして――



「ば、馬鹿な……」


 一人残った隊長が、愕然としながらも剣を構えた。

 自身の血と返り血で、その身を真っ赤に染めたグランが、剣を携えながらも幽鬼のように隊長に近づいていく。


「くるな……くるなぁ……ッ!」


 半ば自棄やけになりながらも斬りかかってきた隊長の首を、グランは一閃のもとに刎ね飛ばした。


 先の業火のように、また何かを企んでいるのか。

 それとも単純に増援が間に合っていないだけなのか。

 先程までの死闘が嘘のような静寂が、牢部屋を満たす。


「グランさん……グランさん……!」


 メリアがポロポロと涙をこぼしながらも、こちらに向かって両の掌をかざす。

 おそらくは治癒の奇跡を施そうとしているのだろうが、底をついた魔力が一〇分やそこらで回復するわけがなく、奇跡の発動を示す青白い光は灯火ほどの輝きも発していない。


 そうこうしている内に、階段から複数の足音が聞こえてくる。


(増援……か)


 もうさすがに、戦う力は残ってなかった。

 それでもなお、グランは剣を握り締める。

 

「メリア……」


 今にも消え入りそうな声で、彼女の名前を呼ぶ。


「は、はい……!」


 応じる彼女の声は、やはり涙で濡れていた。


「絶対に……助けてやるからな……」

「もういいです……! もういいですから……!」


 そんな懇願を無視して、グランは剣を構える。


(メリアだけは……死んでも……助ける……)


 血を流しすぎて覚束なくなった思考で、それだけを思う。

 ほどなくして、階段を下りてきた集団が玄関広間に辿り着く。


 その集団の顔ぶれが、だとわかった瞬間、


 グランはその場でくずおれた。


 緊張の糸が切れてしまったのか。


 それとも命の糸が切れてしまったのか。


 奈落の底に落ちるように。


 意識は闇に沈んでいった。


 完全に意識がなくなる寸前。


 メリアに名前を呼ばれたような気がした……。

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